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184.サミュエルの暗躍

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 今最も注目度の高いディーガー伯爵家を紹介してもらえると分かり、ライアンは満足げに帰っていった。
 突然領を空けることになったため、ライアンはあまり長居できないらしい。そのまま馬を駆って領に戻ると聞いて、ノアは心底『ご苦労様です』と密かに呟いた。

 そうしてお客様を送りだしたら、サミュエルとのお話の時間である。ディーガー伯爵家に話を通すためにも、サミュエルの考えはきちんと知っておかなければならない。

 応接室ではなく、ノアの私室に腰を落ち着けた二人は、お茶を飲みながら話を再開した。

「一石二鳥とは、どういうことなのですか?」

 話を切り出したノアの頬に、サミュエルの手が伸びる。楽しそうに遊ぶ手に手を重ね、ノアは咎めるようにサミュエルを見据えた。

「ライアン様の助けになり、かつ、ハミルトンにとっても良い結果となるってことだよ」

 手とは反対の頬にキスを落としたサミュエルが、当然のように告げる。でも、ノアは理解が追いつかなかった。

「ハミルトン殿にとっても……?」
「そう」

 首を傾げるノアに、サミュエルが微笑み頷く。

「――ノアは、ハミルトンとアダム殿の今後を気にしていただろう?」
「え……あぁ、まぁ、そうですが……。それとなんの関係が……?」

 二人の今後とは、ずばり恋の成就から結婚まで至れるかどうか、という話である。
 アダムからはまだ何も聞けていないけれど、二人の仲が進展していることはハミルトンから聞いていた。そして、ノアは二人がこのまま問題なく結ばれたら良いと願っている。

 どうやらサミュエルの提案は、そんなノアの願いを汲んだものだったらしい。ノアはまだ、ライアンの助けになることとの繫がりが分からないけれど。

「ライアン大公領に隣接した領地に、マノクリフ子爵領がある。マノクリフ子爵家はディーガー伯爵家の遠縁にあたる家なんだけど、現在マノクリフ子爵がハミルトンを養子にしようかと考えているんだ」
「え!? そのようなお話があったのですね」

 ノアは目を丸くして驚きつつ、喜んだ。

 アダムとハミルトンの結婚の妨げになるのは、現状で二人が戸籍上の兄弟であることだ。血の繋がりはないとはいえ、それでは結婚なんてできない。

 そこで、ハミルトンがどこかの貴族に養子入りするのが一番良い手だったけれど、そう簡単に養子先が見つかるはずもなかったので、ノアは心配していたのだ。

 でも、ここに来て、その養子先が見つかったということは、間違いなく二人にとって朗報であるはずだ。

 喜ぶノアを見て、サミュエルも嬉しそうに顔を綻ばせる。
 サミュエルの場合、ハミルトンとアダムの結婚がどうなろうとどうでもいいけれど、ノアが喜ぶならば嬉しいと思っているのは間違いなかった。

「マノクリフ子爵家はとても良い家なんだけど、女の子一人しか子どもがいない上に、その子も既に婚約者を得ていて、相手も貴族の後継者なものだから、近い内に結婚して家を出ることになっているんだ」
「では、ハミルトン殿は、後継ぎとして望まれているということですか。ますます良いお話ですね」

 ノアはそう答えつつも、少し不安になっていた。あまりに良い話すぎて、どこかに落とし穴がある気がしたのだ。

 落ち着いて考えてみると、マノクリフ子爵家の後継ぎとしての養子なんて好条件、そう簡単に見つけられるはずがない。あったとしても、たくさんの貴族がその座を狙うはずで、空いたままであるのは不自然だった。

「――サミュエル様、何か暗躍されました?」
「人聞きが悪いことを言うね」

 サミュエルが楽しそうに笑い、ノアの頬をつついた。ノアがなおもじっと顔を窺っていると、軽く肩をすくめて観念したように口を開く。

「――マノクリフ子爵令嬢に、理想の男性を紹介したけど」
「……なるほど?」

 ノアの想定を超えるところから、サミュエルは関わっていたらしい。頷くノアに促されるように、サミュエルは言葉を続ける。

「あと、『娘の恋心は尊重したいけど、後継ぎをどうするか』と悩んでいるマノクリフ子爵に、『とても優秀な男がいますよ』と紹介したくらいかな」

 くらいというか、ほぼ全てサミュエルが考えた通りに事態を動かしている。きっと上手くマノクリフ子爵を懐柔したのだろう。
 ずっと忙しかったはずなのに、いつそんなことをしていたのかと、ノアは心底不思議に思う。そして、自分たちの親世代ともいえる貴族さえ、手の平の上で転がしてしまうサミュエルの凄さを改めて感じた。

「……ちなみにお聞きしますと、ご令嬢に紹介した方はどのような方なのですか?」
「とても素晴らしい方だよ。優秀で、優しい男だ。なんでも、ご令嬢に一目惚れしていたけど、共に一人っ子ということで踏ん切りがつかなかったようでね。私が協力すると言ったら、とても感謝していた。彼が私を裏切ることはありえないから、ご令嬢の幸せは保証するよ」
「……それは、良かったです」

 どうやら、サミュエルは都合よく恩を売りつけることまでしていたらしい。誰にとっても不幸ではないのだから、ノアは何も指摘しないことにした。人脈が増えるのはいいことである。

「ただ一つ問題があってね?」
「問題?」
「うん。それこそが、ライアン様にディーガー伯爵家を紹介すると提案した理由なんだけど」

 ノアは気を引き締めて、サミュエルに向かい合った。ここが本題だと感じたのだ。

「――マノクリフ子爵は、私の言葉だけでは、ハミルトンが優秀だと信じはしなかった。当然だよね。大事な領を任せることになるんだから、念入りに確認してしかるべきだ。血筋はこだわらないけど、領への愛情が強い方なんだよ」
「そうですね。……ということは――」

 そこまで聞いて、ノアはサミュエルが言わんとしていることを察した。

「――ディーガー伯爵家の名代として、ハミルトン殿がライアン大公領の運営に協力し、その手腕をマノクリフ子爵に証明する必要がある、ということですか?」

 ノアの言葉にサミュエルが会心の笑みを見せる。

「さすがノア。理解が早いね」

 ちゅっと唇を重ねてきたサミュエルを、ノアは軽く睨んだ。

「……ハミルトン殿はそのことを承知されているのですか?」
「いや、まったく」

 あっけらかんと答えられて、ノアはハミルトンが今後苦難を味わうことになると理解し、なんだか申し訳なくなった。でも、それがアダムとの良い未来に繫がるのだとしたら、ハミルトンはきっと頑張ってくれるだろう。
 ノアは遠くから応援するしかない。

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