内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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183.サミュエルの腹案

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「――つまり、なんだ……ミルトン伯爵令息の馬鹿な行いのせいで、たくさんの民が慌てふためき、俺は夜通し馬を駆ることになった、と……?」

 ライアンの声は地を這うように低く、なんだかおどろおどろしい雰囲気を漂わせていた。
 ノアはその様子に少し困っていたけれど、ライアンの言葉を理解して目を見開く。

「夜通し、馬を……? もしかして、単身でいらっしゃったのですか?」
「いや、従者も一緒だ。……アシェルではないぞ? あいつにそこまで無理はさせられない」

 アシェルの名を呟く時だけ、ライアンの雰囲気が和らいだ。ノアはその変化にも驚く。
 手紙ではその辺の報告はなかったけれど、アシェルとライアンの仲は順調のようだと分かり、嬉しくなった。

「ご苦労様でしたね」
「嘘でもいたわりの心を持って言え。夜通し駆けてきた俺を、そのまま追い返そうとしたのは、一生忘れないぞ」

 サミュエルがにこやかに言うと、ライアンはじろりと睨んだ。確かにサミュエルはどうでもよさそうな口調だったので、ライアンが苛立つのも無理はないと、ノアも思った。

「あなたの用件は分かりきっていましたから。私はミルトン伯爵令息を許すつもりがないので、あなたに何を言われようと、ノアへ対応の変更を頼むつもりはありませんでしたし」
「あ……そうですよね。ライアン大公閣下のご用件は、ミルトン伯爵家への対応について、ということでいいんですか?」

 サミュエルに言われて、ノアはハッと気づいた。
 ライアンは雑談をしに来たわけではない。話の流れから考えて、領地運営に手を貸してくれているミルトン伯爵家への、制裁緩和を頼みに来たのだろう。

 でも、一度発動した制裁を変更するのは、なかなか大変なことだ。特に今回は、領内に実際に被害が生じている現状、簡単に許してしまっては貴族としての沽券にかかわる。
 思わず渋い表情をするノアに、ライアンは少し眉尻を下げた。

「……まぁ、来た目的は、制裁解除を願うことだったんだが……どう考えてもミルトン伯爵令息が悪すぎる。はぁ……どうするか……」

 頭を抱えそうな勢いで落胆しているライアンを見ていると、なんだかノアの方が申し訳なくなってくる。
 サミュエルを窺うと、白けた表情でライアンを見ていた。心底どうでもいいと言いたげである。

「サミュエル様……」

 ツンツンと袖を引っ張ると、すぐにサミュエルがノアを見つめる。それまでの冷淡な表情はどこへやら、愛しげな眼差しを向けられて、ノアは状況にそぐわない笑みを浮かべてしまった。

「一応言っておくと、私は制裁の継続をすべきだと思っているからね?」

 ノアが口を開く前に念押しされた。ノアとしても、その決定の変更は考えていないので頷く。

「でも、ライアン大公閣下をここにお連れになったということは、他の対応を考えていらっしゃるのですよね?」
「……ああ、まぁ、ね」

 ノアはサミュエルの考えを先回りして尋ねる。すると、少し間をおいた後、頷かれたので、にこりと微笑んだ。
 サミュエルがノアやランドロフ侯爵家にとって不利益となる存在を連れてくるはずがない。それならば、他に腹案があるのだろうという考えは、見事に当たっていた。

「他の対応、だと? どういうことだ?」

 顔を上げたライアンが、ノアとサミュエルを見比べる。ノアはまだ分かっていないから、サミュエルを見つめるしかない。
 サミュエルは面倒くさそうな顔をしながら口を開いた。

「別に、ライアン様はミルトン伯爵家にこだわっているわけではないでしょう? でしたら、他の家に代えればいいだけです」
「いいだけって……俺が、協力を取りつけるのに、どれだけ苦労したと思っているんだ」

 ライアンがムッとした表情で言い返すも、サミュエルは軽く肩をすくめるだけだ。ライアンがいくら苦労していようと、サミュエルにとっては関係ないことなのだろう。

「ですから、紹介して差し上げようと言っているのです。もちろん、私が直接紹介するのは外聞が良くないので、ノアを通してという形にしますが」
「……婚約者なんだから、ノア殿を通したところで変わらん気がする」
「変わりますよ。あなたと私は長く直接の関係がありましたが、ノアとはほんの少しの付き合いしかありません。それに、そちらの領地には、ランドロフ侯爵家の手の者がいるでしょう? 新たな協力者を得られたことは、彼らの功績とすればいいのです」
「……俺は蚊帳の外か」

 サミュエルの提案に、ライアンが渋い表情をする。領主たる自分をおいて、領内のことを動かされる形になるのが気に食わないようだ。
 でも、それが一番良い対応だというのは、ライアンにも分かっていたようで、暫くして大きくため息をついた。

「僕が、ライアン大公領に出向している部下に、ミルトン伯爵家の代わりになる貴族を紹介すればいいんですね?」

 ノアは改めて確かめる。サミュエルは軽く頷き、「ノアに迷惑を掛けることになって悪いね」と申し訳なさそうに呟いた。
 でも、迷惑というほどのことではない。ノアは微笑んで首を振り、「問題ありません」と答える。

「――で、誰を紹介してくれるんだ?」

 ノアとサミュエルのほのぼのとしたやり取りを遮ったのはライアンだ。胡散くさそうにサミュエルを見ている。
 ノアと一緒にいる時のサミュエルは、普段とは全く違うらしいので、ライアンは『こいつ偽物じゃないか?』と思っているようだ。

「グレイ公爵家と関わりがある家がいいんですよね? パーティーではたくさんの方とお会いしましたけど、僕が紹介できる方というと……?」

 首を傾げるノアに、サミュエルが苦笑した。

「ノア、忘れたのかい。ハミルトンたちディーガー伯爵家も、うちの縁戚だよ」
「え、忘れてはいませんが……ディーガー伯爵家を勧めるのですか?」
「うん。というか、それ以外にないよね」

 それ以外にない、と言われても、ノアとしてはどう答えるべきか分からない。確かに一番親しいから頼みやすいけれど、サミュエルの言い方では、ディーガー伯爵家であるべき別の理由があるように感じた。

「――一石二鳥を狙いたいから、ノアも協力してくれる?」
「え……まぁ、サミュエル様がおっしゃるのでしたら……」

 よく分からないながらも頷くノアに、サミュエルはニコリと魅力的な笑みを見せた。

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