内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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181.予想外の訪問者

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 ロウとの話し合いの後、父親とも話し、ミルトン伯爵家との交流を制限することが決定された。詳しく言うと、ミルトン伯爵領と関わりがある者たちの、ランドロフ侯爵領への立ち入りを制限することにしたのだ。

 今後、ミルトン伯爵領と関わりがある者たちは、ランドロフ侯爵領への立ち入り許可が下りにくくなる。身元や、訪問の目的、滞在期間など、関所での長時間の取り調べが必須になる上に、厳しい基準をクリアすることが求められる。

 なんの悪意も抱いていない者にとっては、困惑しきりの迷惑な施策であろう。でも、批判する者はいないはずだ。ランドロフ侯爵家がミルトン伯爵領を名指しで監視対象としているということは、ミルトン伯爵家になんらかの過失があったことの証左であるからだ。

 ランドロフ侯爵家がミルトン伯爵家に喧嘩を売ったようにも見えるけれど、なんの根拠もなくそのようなことはしないと判断されるくらいには、ランドロフ侯爵家は信頼されている。

「……ミルトン伯爵家は、ますます苦境に立たされることになるなぁ」

 ノアは報告書を眺めながら呟く。
 現在、領内での犯罪率は下降傾向にあり、実に喜ばしい。警備兵の増員の効果が出ているのだろう。ミルトン伯爵家からの影響が除かれれば、さらに犯罪は減る可能性が高い。

 一方で、ミルトン伯爵家はランドロフ侯爵家から信頼に値しない貴族であると烙印を押されてしまったようなもので、それによる負の影響は計り知れない。

 ランドロフ侯爵家は、現在の国内において、グレイ公爵家に次ぐレベルの貴族なのだ。しかも、次代であるノアの伴侶の立場に、グレイ公爵家の子息サミュエルが就くことは既に確実であり、貴族としての地位は確固としたものになっている。

 グレイ公爵家と縁戚であるということしか取り柄がないミルトン伯爵家が、ランドロフ侯爵家に睨まれて、ただで済むはずがないのだ。

 それが分かっていて、決定を下したのはノアの父であり、それを支持したのはノアである。ノアたちにとって優先すべきは、他の貴族の体面ではなく、領の健やかなる発展なのだから。

「――でも、可哀想に思ってしまうのは、僕が貴族として駄目な部分なんだろうな……」

 ノアはポツリと呟き、ため息をついた。
 理性では必要な対処だったと理解している。でも、感情の部分で、ミルトン伯爵家を憐れんで、後悔してしまう。上に立つ者は冷酷な取捨選択をする覚悟が必要だと分かっていたけれど、それを全うするには、ノアは未熟だった。

「何かしてあげられたらいいけど……。でも、こんなことを考えていると知られたら、ロウにまた叱られてしまうな……」

 思わず苦笑してしまった。ロウに「自身の価値をもっと理解すべき」と言われたことは、深く心に残っている。

 ノアの父のように、立派な貴族として領を率いていくならば、自身の価値をより効果的に利用することが必要だ。誰と付き合い、重視するのか、取捨選択すべきなのだ。
 そのためにも、ノアは自身をもっと知らなければならない。外部の者たちからどのように思われているのか、そろそろきちんと把握した方がいいのだ。

「――サミュエル様にお尋ねすべき、かな……?」

 ノアは首を傾げながら呟く。折々に、サミュエルはノアが他の者からどのように思われているか伝えてくれていた。
 とりあえず、信奉者だとか過激派だとかいわれる人たちについて、調べてみるべきだろうか。

 考え込んでいたノアの耳に、ドアをノックする音がする。ノアの応えで開かれたドアから顔を覗かせたのは、ロウだった。

「ノア様、サミュエル様がお越しです」
「え? 予定が入っていたかな?」
「いえ、先触れもなくいらっしゃったので」

 ロウは憮然とした表情だった。ノアは苦笑しながら立ち上がり、ロウの肩を叩いて廊下を歩き出す。何はともあれ、サミュエルをきちんと出迎えなければならない。

 ロウが不満そうな理由は分かっている。婚約者であっても、貴族としてのマナーはきちんと守られるべきであり、サミュエルが先触れなく訪れたことで、ノアが振り回されるのを厭っているのだ。

「きっと、お急ぎの用事があったんだよ。確か、今日は王城に出仕されていたはずだけど……?」
「そうですね。不審者もお連れのようでしたが」
「……不審者?」

 変な単語が聞こえて、ノアは耳を疑った。思わず立ち止まり、ロウの顔をまじまじと見つめる。

「――サミュエル様が、不審者を、お連れになっているの?」
「はい。マントを羽織って、顔を隠したお方です。……不審者でしょう?」
「不審者だね」

 想像してみて、ロウの言葉に間違いがないのを再確認する。でも、それでなおさら、ノアは疑わしい気が強まった。

「――その不審者を、家に入れたの? 誰も止めなかった?」
「サミュエル様が責任を負われるそうなので」
「そう……いったい、誰をお連れに……?」

 サミュエルが連れて来たならば、信頼のできる人なのだろう。でも、なぜそのような不審者な姿をさせているのか、まるで分からない。
 再び歩を進めたノアの背に、ロウから声が掛かる。

「一言、声を発していましたが、聞き覚えがある声でしたよ。――ライアン大公閣下は、いつから不審者になられたのでしょうね?」
「……は?」

 衝撃の言葉に、ノアは言葉を失って、動きを止めることになった。

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