内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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180.ノアの価値

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 サミュエルがデートと称した休日から数日して、ノアが抱えていた問題の多くは解決していた。悩んでいた招待客についても、サミュエルが選んだ人々に招待状を送ることを決めているし、その他の式の準備はつつがなく進んでいる。

 そんな中で、ノアの頭の片隅に常に存在し続けた懸念についても、明らかになってこようとしていた。
 まず、報告を上げてきたのはロウだ。

「ノア様。ご指示を頂いていた、ミルトン伯爵家に関して、ご報告がございます」
「……続けて」

 書類を片づける手を止めて、ノアは話に集中する。ロウも真剣な表情で言葉を続けた。

「捕らえた者を問い質したところ、幾人かがミルトン伯爵家の者に指示されていたことを証言しました」
「なんてこと……。どういう指示を……?」

 ノアは思わず顔を顰める。最悪の想像が当たってしまった。これからのグレイ公爵家との関係を考えても、それだけはあってほしくないと思っていたのに。

「ランドロフ侯爵領内で騒ぎを起こし、祝いのムードに水をさすように、と」
「……そんなこと?」

 ロウのなんとも言い難い表情で放たれた言葉に、ノアはパチリと目を瞬かせた。
 まるで子どもの癇癪のような指示だと思ったのだ。領内でのお祝いムードにより、好景気が続いているとはいえ、それを多少妨げても、ミルトン伯爵家に利はない。何を目的とした指示なのか、ノアにはまるで分からなかった。

 首を傾げるノアから目を逸らし、ロウが手元の書類を見下ろしてため息をつく。馬鹿馬鹿しいと言いたげな表情だ。

「その指示を行ったのは、ミルトン伯爵ご令息のようです。理由は……八つ当たり、ですね」
「八つ当たり?」
「はい。最近は、ノア様がアダム様方と親しくされて、ディーガー伯爵家の評価が急上昇している一方で、ミルトン伯爵家は評価を落としていますので。――どうやら、マーティン殿下は火種を残して行かれたようです」
「……あぁ……マーティン殿下、ね……」

 珍しく皮肉っぽい口調でロウが放った言葉に、ノアは苦い表情でため息をついた。

 ノアがミルトン伯爵令息を意識したのも、マーティンが関わる騒動の時である。マーティンはアダムに近づくために、ミルトン伯爵令息の敵愾心を利用した。
 サミュエルたちはマーティンに関する騒動を治める対処の中で、ミルトン伯爵令息に対する悪評も最小限に抑えてくれたらしい。でも、ミルトン伯爵令息の軽率な行動が原因の一つでもあるため、あまり本腰を入れて対処したわけではないようだ。

 その結果、ミルトン伯爵令息、ひいては伯爵家自体の評価が下降気味であることは、ノアの耳にも届いていた。
 ノアがアダムと時々話していることで、ディーガー伯爵家の評価が上がっているのと対照的な状況であり、ミルトン伯爵家が忸怩たる思いであるのは想像に難くない。

 そうなった原因として、ミルトン伯爵令息がノアを意識したのは、少し困惑してしまう事態だけれど。マーティンに対して何かをすることを難しいからかもしれない。

「――……彼の方に、僕から話しかけてみるべきだっただろうか」

 ノアはぽつりと呟く。それに対し、ロウは片眉を上げて僅かに口籠もった。でも、すぐに表情を戻して、真剣な表情でノアを見据える。

「誰に対してもお優しいお心を向けられますのは、ノア様の美徳ではございます。ですが、ノア様は聖人ではないのです。彼の今の評価は、彼自身の行動によるものであり、ノア様が干渉すべきことではないでしょう」
「でも、僕がアダムさんたちと同じようにミルトン伯爵令息を重んじていれば、八つ当たりなんて馬鹿げたことを考えることはなかったかも――」

 後悔を口にするノアに、ロウははっきりと首を横に振る。

「彼は元々そのようなことをしでかす心根の持ち主だったのです。ノア様が手を差し伸べていらしたなら、確かに領内での騒ぎは多少減っていたかもしれません。ですが、その代わりに、アダム様方になんらかの負担が出ていた可能性が高いでしょう」

 静かな声で語り掛けられて、ノアも冷静さを取り戻してきた。失態を繰り返しているミルトン伯爵令息を憐れむばかりに、少し想像力が欠けていたのを自覚する。

「……ミルトン伯爵令息は、もともとアダムさんたちに敵愾心を抱いていたんだものね。僕が仲裁したところで、効果はなさそう」
「むしろ、アダム様方を蹴落とし、ノア様の関心を得ようと、行動が激化したでしょうね。グレイ公爵家との繫がりを深めるだけでなく、ランドロフ侯爵家とも関係を構築できましたら、ミルトン伯爵家にとってこれ以上なく喜ばしいことですから」

 あり得ない未来を告げ、ロウが肩をすくめる。

「――それ以前に、ノア様はアダム様方よりミルトン伯爵令息と語らいたいとお思いなのですか?」
「え?」
「そうでなければ、無理をして話をしていればよかったなどと、お考えにならない方がよろしいでしょう。ノア様自身の価値を、どうぞご自覚くださいませ」

 少しばかり厳しい口調だった。ノアはロウに言われたことをじっくりと考え、躊躇いがちに口を開く。

「……僕は、付き合う人を選ぶべきだということ?」
「僭越ながら、私はそうすべきだと思っております。サミュエル様と違い、ノア様が積極的に社交に励まなくとも受け入れられているのは、多くの方がノア様に選ばれることを特別視しているからです。いつかノア様から声を掛けられることを夢見て憧れるからこそ、ノア様は一種の不可侵の存在であり続けることができるのです」

 ノアはあまりに過大評価されているようにしか思えなかったけれど、これまでのことを考えると、あながちロウの言葉は間違っていないのだろうと理解する。
 そして、ノアが周囲から一定の距離を取られていることにありがたさを感じている現状、ロウの言う通りにするのが良いのだと分かった。

「……覚えておくよ」
「はい、ありがとうございます。……それでは、ミルトン伯爵家への対応の話に移りますが――」

 ノアは続く話に静かに耳を傾けた。

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