179 / 277
179.お見通し
しおりを挟む
色々なことがあって、思った以上に疲れた衣装合わせの後、ノアは仕返しのようにサミュエルの服を選んでは着せ替えしていった。
有言実行したわけではあるけれど、どれだけ服を着せ替えようと、サミュエルは楽しそうにしているから、なんの仕返しにもなっていない気がする。試着というのは意外と気疲れするものなのに、サミュエルのバイタリティはもともとが高すぎるのかもしれない。
「――では、先ほど決めた十着を、グレイ公爵家に送ってください」
「かしこまりました」
ノアが気に入った服の発送手続きを済ませると、元の服に着替えてきたサミュエルが隣に座る。肩を抱き寄せられ、ノアのこめかみに唇が触れた。
「気は済んだかい?」
「……少し納得がいきませんが、それなりに」
ぽつりと呟いて返すと、サミュエルが軽く笑う息遣いを感じる。頬にチュッとキスされて、僅かに膨れていた頬が萎んだ。
サミュエルと共にいて、ノアの不機嫌が長続きするわけがないのだ。何があったとしても、ノアにとってサミュエルと共に時間を過ごすことは、幸せなことなのだから。
「ここでの用事は終わったのなら、カフェにでも行こう。他の買い物があるなら付き合うよ」
「特別、買いたい物はありませんが……一緒に街を歩くのもいいですね」
サミュエルに促され立ち上がりながら、ノアは店の外に向かった。見送りに出てきたオーナーたちに別れを告げ、馬車に乗り込む。
向かうのは様々な店が建ち並ぶ一画にあるオープンカフェだ。最近、そこのスイーツが人気だと聞いたことがあり、ノアは一度味わってみたいと思っていたのだ。
「……お時間は大丈夫なのですか?」
過ぎ行く景色をよそに、ノアはふと気づいた事実を口にする。
何も考えずに、サミュエルを着せ替えて遊んでいたけれど、サミュエルはだいぶ忙しい身である。もしかしたら、予定を崩してしまったかもしれない。
そんなノアの危惧は、サミュエルの笑みと共に軽やかに払しょくされる。
「大丈夫だよ。今日はノアを送り届けるまで、フリーだから」
「……それは、その……よく、お許しいただけましたね?」
最近のサミュエルの仕事を考えると、半日近くも身が空くとは、正直信じがたい。目を丸くするノアに、サミュエルは肩をすくめる。
「婚約者とデートする予定を許さない上司なんて、私は願い下げだよ」
「……つまり、そうおっしゃって、ルーカス殿下を脅されたのですか?」
「まさか。殿下は私が言う前に、快く休暇申請に判を押してくださったよ」
にこやかに微笑むサミュエルから視線を逸らす。どう考えても、サミュエルの意思は言葉にせずともルーカスに伝わっていて、ルーカスは判を押すしかない状況に追いやられていたとしか思えない。
何度目か分からない申し訳なさを覚えながら、ノアは『今度何か差し入れを送ろう』と心に決めた。
「――あぁ、そういえば、ランドロフ侯爵家の動向で気になったことがあったのだけど」
「うちの?」
世間話のように続けられた言葉に、ノアは首を傾げる。サミュエルが気にするような事柄に、まったく心当たりがなかった。
「そう。ミルトン伯爵家の周囲に、ランドロフ侯爵家が探りを入れているようでね。――何かあったのかい?」
「っ……」
ノアは息を飲み、咄嗟にサミュエルから視線を逸らした。
ミルトン伯爵家に探りを入れるよう指示したのはノアである。でも、それは昨日のことで、まだ本格的に動いてはいないと思っていたのだけれど、もしかすると緊急で調べが進んでいるのかもしれない。
その動向を昨日の今日で察しているのだとしたら、サミュエルはどこまで周囲の状況を把握しているのかと、少々驚嘆してしまう。ルーカスの執務の補佐で忙しいはずなのに、サミュエルのこの隙のなさはなんなのか。
ノアは今後一生、サミュエルに隠し事をできないのではないかと、真剣に考え込んでしまった。
「なにか、深刻なことだった?」
「あ、いえ……まだ、何も分かっていないので……」
ノアの顔を覗き込んでくるサミュエルは、嘘を見抜こうとするような強い眼差しだった。サミュエルの珍しい表情に、ノアはドギマギしながら、ぎこちなく首を横に振る。
「まだ?」
サミュエルは曖昧な返答を許さず、僅かに目を細めながら追究してくる。誤魔化すべきか、それとも相談すべきか、ノアが迷ったのはほんの数秒だった。
「……その……単なる、僕の気のせいかと思うのですが――」
「うん」
話し始めるノアを、サミュエルが満足そうな表情で見つめる。まるで褒められているように感じて、ノアの心が軽くなった。
これが、サミュエルの社交術の一つであることは重々承知しているけれど、それに乗せられることに不満はない。
「領地での最近の犯罪率の多さの陰に、なにかしらの意図があるように感じるのです。それで、捕らえた者と関わりの深い領地の家に関して、調べてもらっています」
「そうか……」
報告したノアに、サミュエルはスッと目を伏せて考え込む。その表情に僅かに苦い感情が滲んでいるように見えた。
「――分かった。私の方でも探りを入れてみるよ」
「よろしいのですか?」
グレイ公爵家と縁戚であるミルトン伯爵家のことを考えると、関係に亀裂が入りかねない行動は避けるべきだと思う。でも、サミュエルが手を貸してくれるのは正直ありがたいことだった。それに、ノアのなんとなくの不審感を信じてもらえたことが嬉しい。
結局、ノアは躊躇いつつも、サミュエルにも頼むことにした。
有言実行したわけではあるけれど、どれだけ服を着せ替えようと、サミュエルは楽しそうにしているから、なんの仕返しにもなっていない気がする。試着というのは意外と気疲れするものなのに、サミュエルのバイタリティはもともとが高すぎるのかもしれない。
「――では、先ほど決めた十着を、グレイ公爵家に送ってください」
「かしこまりました」
ノアが気に入った服の発送手続きを済ませると、元の服に着替えてきたサミュエルが隣に座る。肩を抱き寄せられ、ノアのこめかみに唇が触れた。
「気は済んだかい?」
「……少し納得がいきませんが、それなりに」
ぽつりと呟いて返すと、サミュエルが軽く笑う息遣いを感じる。頬にチュッとキスされて、僅かに膨れていた頬が萎んだ。
サミュエルと共にいて、ノアの不機嫌が長続きするわけがないのだ。何があったとしても、ノアにとってサミュエルと共に時間を過ごすことは、幸せなことなのだから。
「ここでの用事は終わったのなら、カフェにでも行こう。他の買い物があるなら付き合うよ」
「特別、買いたい物はありませんが……一緒に街を歩くのもいいですね」
サミュエルに促され立ち上がりながら、ノアは店の外に向かった。見送りに出てきたオーナーたちに別れを告げ、馬車に乗り込む。
向かうのは様々な店が建ち並ぶ一画にあるオープンカフェだ。最近、そこのスイーツが人気だと聞いたことがあり、ノアは一度味わってみたいと思っていたのだ。
「……お時間は大丈夫なのですか?」
過ぎ行く景色をよそに、ノアはふと気づいた事実を口にする。
何も考えずに、サミュエルを着せ替えて遊んでいたけれど、サミュエルはだいぶ忙しい身である。もしかしたら、予定を崩してしまったかもしれない。
そんなノアの危惧は、サミュエルの笑みと共に軽やかに払しょくされる。
「大丈夫だよ。今日はノアを送り届けるまで、フリーだから」
「……それは、その……よく、お許しいただけましたね?」
最近のサミュエルの仕事を考えると、半日近くも身が空くとは、正直信じがたい。目を丸くするノアに、サミュエルは肩をすくめる。
「婚約者とデートする予定を許さない上司なんて、私は願い下げだよ」
「……つまり、そうおっしゃって、ルーカス殿下を脅されたのですか?」
「まさか。殿下は私が言う前に、快く休暇申請に判を押してくださったよ」
にこやかに微笑むサミュエルから視線を逸らす。どう考えても、サミュエルの意思は言葉にせずともルーカスに伝わっていて、ルーカスは判を押すしかない状況に追いやられていたとしか思えない。
何度目か分からない申し訳なさを覚えながら、ノアは『今度何か差し入れを送ろう』と心に決めた。
「――あぁ、そういえば、ランドロフ侯爵家の動向で気になったことがあったのだけど」
「うちの?」
世間話のように続けられた言葉に、ノアは首を傾げる。サミュエルが気にするような事柄に、まったく心当たりがなかった。
「そう。ミルトン伯爵家の周囲に、ランドロフ侯爵家が探りを入れているようでね。――何かあったのかい?」
「っ……」
ノアは息を飲み、咄嗟にサミュエルから視線を逸らした。
ミルトン伯爵家に探りを入れるよう指示したのはノアである。でも、それは昨日のことで、まだ本格的に動いてはいないと思っていたのだけれど、もしかすると緊急で調べが進んでいるのかもしれない。
その動向を昨日の今日で察しているのだとしたら、サミュエルはどこまで周囲の状況を把握しているのかと、少々驚嘆してしまう。ルーカスの執務の補佐で忙しいはずなのに、サミュエルのこの隙のなさはなんなのか。
ノアは今後一生、サミュエルに隠し事をできないのではないかと、真剣に考え込んでしまった。
「なにか、深刻なことだった?」
「あ、いえ……まだ、何も分かっていないので……」
ノアの顔を覗き込んでくるサミュエルは、嘘を見抜こうとするような強い眼差しだった。サミュエルの珍しい表情に、ノアはドギマギしながら、ぎこちなく首を横に振る。
「まだ?」
サミュエルは曖昧な返答を許さず、僅かに目を細めながら追究してくる。誤魔化すべきか、それとも相談すべきか、ノアが迷ったのはほんの数秒だった。
「……その……単なる、僕の気のせいかと思うのですが――」
「うん」
話し始めるノアを、サミュエルが満足そうな表情で見つめる。まるで褒められているように感じて、ノアの心が軽くなった。
これが、サミュエルの社交術の一つであることは重々承知しているけれど、それに乗せられることに不満はない。
「領地での最近の犯罪率の多さの陰に、なにかしらの意図があるように感じるのです。それで、捕らえた者と関わりの深い領地の家に関して、調べてもらっています」
「そうか……」
報告したノアに、サミュエルはスッと目を伏せて考え込む。その表情に僅かに苦い感情が滲んでいるように見えた。
「――分かった。私の方でも探りを入れてみるよ」
「よろしいのですか?」
グレイ公爵家と縁戚であるミルトン伯爵家のことを考えると、関係に亀裂が入りかねない行動は避けるべきだと思う。でも、サミュエルが手を貸してくれるのは正直ありがたいことだった。それに、ノアのなんとなくの不審感を信じてもらえたことが嬉しい。
結局、ノアは躊躇いつつも、サミュエルにも頼むことにした。
84
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる