内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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179.お見通し

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 色々なことがあって、思った以上に疲れた衣装合わせの後、ノアは仕返しのようにサミュエルの服を選んでは着せ替えしていった。
 有言実行したわけではあるけれど、どれだけ服を着せ替えようと、サミュエルは楽しそうにしているから、なんの仕返しにもなっていない気がする。試着というのは意外と気疲れするものなのに、サミュエルのバイタリティはもともとが高すぎるのかもしれない。

「――では、先ほど決めた十着を、グレイ公爵家に送ってください」
「かしこまりました」

 ノアが気に入った服の発送手続きを済ませると、元の服に着替えてきたサミュエルが隣に座る。肩を抱き寄せられ、ノアのこめかみに唇が触れた。

「気は済んだかい?」
「……少し納得がいきませんが、それなりに」

 ぽつりと呟いて返すと、サミュエルが軽く笑う息遣いを感じる。頬にチュッとキスされて、僅かに膨れていた頬が萎んだ。
 サミュエルと共にいて、ノアの不機嫌が長続きするわけがないのだ。何があったとしても、ノアにとってサミュエルと共に時間を過ごすことは、幸せなことなのだから。

「ここでの用事は終わったのなら、カフェにでも行こう。他の買い物があるなら付き合うよ」
「特別、買いたい物はありませんが……一緒に街を歩くのもいいですね」

 サミュエルに促され立ち上がりながら、ノアは店の外に向かった。見送りに出てきたオーナーたちに別れを告げ、馬車に乗り込む。
 向かうのは様々な店が建ち並ぶ一画にあるオープンカフェだ。最近、そこのスイーツが人気だと聞いたことがあり、ノアは一度味わってみたいと思っていたのだ。

「……お時間は大丈夫なのですか?」

 過ぎ行く景色をよそに、ノアはふと気づいた事実を口にする。
 何も考えずに、サミュエルを着せ替えて遊んでいたけれど、サミュエルはだいぶ忙しい身である。もしかしたら、予定を崩してしまったかもしれない。
 そんなノアの危惧は、サミュエルの笑みと共に軽やかに払しょくされる。

「大丈夫だよ。今日はノアを送り届けるまで、フリーだから」
「……それは、その……よく、お許しいただけましたね?」

 最近のサミュエルの仕事を考えると、半日近くも身が空くとは、正直信じがたい。目を丸くするノアに、サミュエルは肩をすくめる。

「婚約者とデートする予定を許さない上司なんて、私は願い下げだよ」
「……つまり、そうおっしゃって、ルーカス殿下を脅されたのですか?」
「まさか。殿下は私が言う前に、快く休暇申請に判を押してくださったよ」

 にこやかに微笑むサミュエルから視線を逸らす。どう考えても、サミュエルの意思は言葉にせずともルーカスに伝わっていて、ルーカスは判を押すしかない状況に追いやられていたとしか思えない。
 何度目か分からない申し訳なさを覚えながら、ノアは『今度何か差し入れを送ろう』と心に決めた。

「――あぁ、そういえば、ランドロフ侯爵家の動向で気になったことがあったのだけど」
「うちの?」

 世間話のように続けられた言葉に、ノアは首を傾げる。サミュエルが気にするような事柄に、まったく心当たりがなかった。

「そう。ミルトン伯爵家の周囲に、ランドロフ侯爵家が探りを入れているようでね。――何かあったのかい?」
「っ……」

 ノアは息を飲み、咄嗟にサミュエルから視線を逸らした。
 ミルトン伯爵家に探りを入れるよう指示したのはノアである。でも、それは昨日のことで、まだ本格的に動いてはいないと思っていたのだけれど、もしかすると緊急で調べが進んでいるのかもしれない。

 その動向を昨日の今日で察しているのだとしたら、サミュエルはどこまで周囲の状況を把握しているのかと、少々驚嘆してしまう。ルーカスの執務の補佐で忙しいはずなのに、サミュエルのこの隙のなさはなんなのか。
 ノアは今後一生、サミュエルに隠し事をできないのではないかと、真剣に考え込んでしまった。

「なにか、深刻なことだった?」
「あ、いえ……まだ、何も分かっていないので……」

 ノアの顔を覗き込んでくるサミュエルは、嘘を見抜こうとするような強い眼差しだった。サミュエルの珍しい表情に、ノアはドギマギしながら、ぎこちなく首を横に振る。

「まだ?」

 サミュエルは曖昧な返答を許さず、僅かに目を細めながら追究してくる。誤魔化すべきか、それとも相談すべきか、ノアが迷ったのはほんの数秒だった。

「……その……単なる、僕の気のせいかと思うのですが――」
「うん」

 話し始めるノアを、サミュエルが満足そうな表情で見つめる。まるで褒められているように感じて、ノアの心が軽くなった。
 これが、サミュエルの社交術の一つであることは重々承知しているけれど、それに乗せられることに不満はない。

「領地での最近の犯罪率の多さの陰に、なにかしらの意図があるように感じるのです。それで、捕らえた者と関わりの深い領地の家に関して、調べてもらっています」
「そうか……」

 報告したノアに、サミュエルはスッと目を伏せて考え込む。その表情に僅かに苦い感情が滲んでいるように見えた。

「――分かった。私の方でも探りを入れてみるよ」
「よろしいのですか?」

 グレイ公爵家と縁戚であるミルトン伯爵家のことを考えると、関係に亀裂が入りかねない行動は避けるべきだと思う。でも、サミュエルが手を貸してくれるのは正直ありがたいことだった。それに、ノアのなんとなくの不審感を信じてもらえたことが嬉しい。
 結局、ノアは躊躇いつつも、サミュエルにも頼むことにした。

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