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178.意外な提案
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サミュエルが満足するまで宝石を選んだ後は、正装を試着して細かな修正をしてもらう。結婚式直前にも確かめるけれど、この段階での調整の方が、全体的なバランスを綺麗にしやすいのだ。
「――やっぱり、綺麗だね」
「ありがとうございます……」
正装を纏ったノアを、サミュエルが目を細めて見つめる。
上から下まで、じっと凝視されたノアは、少し気恥しさを感じた。ノアをうっとりと眺めているサミュエルの方こそ、物語の中から出てきた王子様のように麗しいのだ。その前に立たされて堂々としていられるほど、ノアは自信を持っていない。
目を伏せると、現在着ている服の刺繍が、光に煌めいて見える。近くで見ても、精緻で美しい。
思わず見惚れていると、頭に何かがふわりとかぶせられ、僅かに視界が陰った。
「サミュエル様、これは……?」
「ベールだよ。なんだか、ノアのこの姿を私以外に見せるのは、勿体ない気がして」
「……それは、ちょっと……」
いつの間にか近くに来ていたサミュエルとの間を遮る、白いシースルーの布。確かにノアの顔が見えにくくなるから、サミュエルの望みには合っているのかもしれない。
でも、ノアはいまだかつて、男性がベールをつけている姿は見たことがなかった。ベールとは基本的に女性が着けるものなのだから、それは当然のことだ。
苦笑しながらサミュエルを見上げると、白く霞んでも美しい翠の瞳が眩しげに瞬いていた。
正装に合わせて、軽く髪をセットしたサミュエルは、秀でた額が見えていて、なんだか新鮮だ。近くで見ていても、驚嘆するほど美しく、思わず陶然と見つめてしまう。
「……誓いのキスをねだっている?」
「いいえ、まったく」
ベールに掛けられたサミュエルの手を咄嗟に押さえる。家でキスされるのは多少慣れてきたけれど、こんな場所でされるのは駄目だ。人目がありすぎる。
見惚れていたことも忘れて、真剣に止めるノアに、サミュエルは「残念」と呟きつつ楽しそうだった。
「今キスをしない代わりに、ノアの衣装にベールを加えてもいいかい?」
「どんな交換条件なんですか……」
サミュエルらしくない、無理やりすぎるねだり方に、ノアは思わずクスリと笑ってしまった。
「似合っているから、いいと思うんだけどね」
「ですが、僕は女性ではありませんよ? 着ているのもドレスではありませんし」
なおも言い募るサミュエルに、ノアは軽く両腕を広げ、着ている服を示す。サミュエルのような格好いいシルエットではないものの、女性ものには見えない。これにベールは合わないだろう。
サミュエルは、「うーん……」と声を漏らしながら、一歩後ろに下がり、ノアを凝視しながら首を傾げる。きっとこれで違和感を覚えてくれるだろうと、ノアがベールを外そうとすると、今度はサミュエルの方に押さえられた。
「今外したら、キスするよ」
「……サミュエル様」
少々呆れながら、ノアはサミュエルを見つめる。でも、珍しいことに視線が合わず、サミュエルはしきりにベールと正装を見比べていた。
「……うん、やはり違和感がない。ベールがシンプル過ぎて少し浮いている気がする程度だな。――君はどう思う?」
サミュエルが話しかけたのは、背後に控えていたオーナーだった。
オーナーはサミュエルの突然の問い掛けに動揺することもなく、すぐに頷く。
「大変お似合いだと思います。グレイ様がおっしゃられます通り、式でお付けになるのでしたら、ベールの端にも刺繡を施して、服の方と一体感を出すとよろしいかと。もっと華やかにしたいのでしたら、頭部に生花や宝石をあしらうのもいいと思いますが……ノア様は清楚な雰囲気の方がお似合いになりそうだと思います」
「なるほど。……刺繍と一緒に、金剛石や真珠を混ぜると、華やかすぎなくてよさそうだね」
「確かに……! 素晴らしいご意見ありがとうございます」
ノアが何も言えないでいるうちに、何故だかベールを衣装に取り入れる方向で話が進んでいた。
「……いえ、まず、ベールを僕がつけるのは、おかしいのでは――」
「別に女性がかぶるものと決まっているわけではないのだからいいだろう。さすがに、ロングベールはやりすぎだから、上着の丈に合わせた長さがちょうどいいかな」
「さようでございますね。後ろ姿をより美しくするために、白や透明の宝石を散りばめましょう」
「うん、そうしてほしい。デザインができたら、私の方に送って」
「かしこまりました」
ノアの意見は完全に聞き流されていて、思わず恨めしげな視線をサミュエルに送る。その視線に気づいたサミュエルが、楽しそうに笑うので、ノアは重ねられたままだった手を外して、軽く叩いて咎めた。
「僕の話を聞いてくださいませ」
「聞いているよ。受け入れていないだけで」
「それは聞いていないのと同じです」
「でもねぇ――」
軽く肩をすくめたサミュエルが、ノアの肩に腕を回し、そっと押す。促されてノアが向かったのは、大きな姿見だった。白い正装を纏い、その上から薄いベールをかぶったノアの姿が映っている。
「綺麗だと思わないかい? ここに刺繍や宝石を散りばめて……この辺りに小さな花をあしらっても良さそうだ」
ベールの端に添えられたサミュエルの指先が、ノアの輪郭を辿って耳の上を擽る。言われた通りに想像してみると、不思議なほど違和感がなかった。そのせいで、サミュエルの望みを拒み続けるのに躊躇いが生まれてしまう。
ノアの迷いに気づいたように、サミュエルが鏡越しに微笑み掛けてきた。ベールの下に潜り込んだ手がノアの首筋をなぞる。じわりと熱が生まれる接触に、ノアはビクッと身体を震わせた。
「――それに、ベールがあると、いくら恥ずかしがっていても、外からは見えにくいよ」
悪戯気な笑みを浮かべたサミュエルが、ノアの熱くなった耳たぶをつまみ、指先で遊ぶ。
その一部始終が鏡でノアにも見えていて、なんともいたたまれない気持ちになる。でも、確かにベールのおかげで幾分か恥ずかしさが軽減しているのは間違いなかった。
「サミュエル様っ……お戯れがすぎますよ……!」
「失礼。――でも、ベールの利点は理解したよね?」
「……ええ、まぁ……」
ここでノアが明確に拒否できなかった時点で、ベールを衣装に取り入れるのは決まったようなものだった。
「――やっぱり、綺麗だね」
「ありがとうございます……」
正装を纏ったノアを、サミュエルが目を細めて見つめる。
上から下まで、じっと凝視されたノアは、少し気恥しさを感じた。ノアをうっとりと眺めているサミュエルの方こそ、物語の中から出てきた王子様のように麗しいのだ。その前に立たされて堂々としていられるほど、ノアは自信を持っていない。
目を伏せると、現在着ている服の刺繍が、光に煌めいて見える。近くで見ても、精緻で美しい。
思わず見惚れていると、頭に何かがふわりとかぶせられ、僅かに視界が陰った。
「サミュエル様、これは……?」
「ベールだよ。なんだか、ノアのこの姿を私以外に見せるのは、勿体ない気がして」
「……それは、ちょっと……」
いつの間にか近くに来ていたサミュエルとの間を遮る、白いシースルーの布。確かにノアの顔が見えにくくなるから、サミュエルの望みには合っているのかもしれない。
でも、ノアはいまだかつて、男性がベールをつけている姿は見たことがなかった。ベールとは基本的に女性が着けるものなのだから、それは当然のことだ。
苦笑しながらサミュエルを見上げると、白く霞んでも美しい翠の瞳が眩しげに瞬いていた。
正装に合わせて、軽く髪をセットしたサミュエルは、秀でた額が見えていて、なんだか新鮮だ。近くで見ていても、驚嘆するほど美しく、思わず陶然と見つめてしまう。
「……誓いのキスをねだっている?」
「いいえ、まったく」
ベールに掛けられたサミュエルの手を咄嗟に押さえる。家でキスされるのは多少慣れてきたけれど、こんな場所でされるのは駄目だ。人目がありすぎる。
見惚れていたことも忘れて、真剣に止めるノアに、サミュエルは「残念」と呟きつつ楽しそうだった。
「今キスをしない代わりに、ノアの衣装にベールを加えてもいいかい?」
「どんな交換条件なんですか……」
サミュエルらしくない、無理やりすぎるねだり方に、ノアは思わずクスリと笑ってしまった。
「似合っているから、いいと思うんだけどね」
「ですが、僕は女性ではありませんよ? 着ているのもドレスではありませんし」
なおも言い募るサミュエルに、ノアは軽く両腕を広げ、着ている服を示す。サミュエルのような格好いいシルエットではないものの、女性ものには見えない。これにベールは合わないだろう。
サミュエルは、「うーん……」と声を漏らしながら、一歩後ろに下がり、ノアを凝視しながら首を傾げる。きっとこれで違和感を覚えてくれるだろうと、ノアがベールを外そうとすると、今度はサミュエルの方に押さえられた。
「今外したら、キスするよ」
「……サミュエル様」
少々呆れながら、ノアはサミュエルを見つめる。でも、珍しいことに視線が合わず、サミュエルはしきりにベールと正装を見比べていた。
「……うん、やはり違和感がない。ベールがシンプル過ぎて少し浮いている気がする程度だな。――君はどう思う?」
サミュエルが話しかけたのは、背後に控えていたオーナーだった。
オーナーはサミュエルの突然の問い掛けに動揺することもなく、すぐに頷く。
「大変お似合いだと思います。グレイ様がおっしゃられます通り、式でお付けになるのでしたら、ベールの端にも刺繡を施して、服の方と一体感を出すとよろしいかと。もっと華やかにしたいのでしたら、頭部に生花や宝石をあしらうのもいいと思いますが……ノア様は清楚な雰囲気の方がお似合いになりそうだと思います」
「なるほど。……刺繍と一緒に、金剛石や真珠を混ぜると、華やかすぎなくてよさそうだね」
「確かに……! 素晴らしいご意見ありがとうございます」
ノアが何も言えないでいるうちに、何故だかベールを衣装に取り入れる方向で話が進んでいた。
「……いえ、まず、ベールを僕がつけるのは、おかしいのでは――」
「別に女性がかぶるものと決まっているわけではないのだからいいだろう。さすがに、ロングベールはやりすぎだから、上着の丈に合わせた長さがちょうどいいかな」
「さようでございますね。後ろ姿をより美しくするために、白や透明の宝石を散りばめましょう」
「うん、そうしてほしい。デザインができたら、私の方に送って」
「かしこまりました」
ノアの意見は完全に聞き流されていて、思わず恨めしげな視線をサミュエルに送る。その視線に気づいたサミュエルが、楽しそうに笑うので、ノアは重ねられたままだった手を外して、軽く叩いて咎めた。
「僕の話を聞いてくださいませ」
「聞いているよ。受け入れていないだけで」
「それは聞いていないのと同じです」
「でもねぇ――」
軽く肩をすくめたサミュエルが、ノアの肩に腕を回し、そっと押す。促されてノアが向かったのは、大きな姿見だった。白い正装を纏い、その上から薄いベールをかぶったノアの姿が映っている。
「綺麗だと思わないかい? ここに刺繍や宝石を散りばめて……この辺りに小さな花をあしらっても良さそうだ」
ベールの端に添えられたサミュエルの指先が、ノアの輪郭を辿って耳の上を擽る。言われた通りに想像してみると、不思議なほど違和感がなかった。そのせいで、サミュエルの望みを拒み続けるのに躊躇いが生まれてしまう。
ノアの迷いに気づいたように、サミュエルが鏡越しに微笑み掛けてきた。ベールの下に潜り込んだ手がノアの首筋をなぞる。じわりと熱が生まれる接触に、ノアはビクッと身体を震わせた。
「――それに、ベールがあると、いくら恥ずかしがっていても、外からは見えにくいよ」
悪戯気な笑みを浮かべたサミュエルが、ノアの熱くなった耳たぶをつまみ、指先で遊ぶ。
その一部始終が鏡でノアにも見えていて、なんともいたたまれない気持ちになる。でも、確かにベールのおかげで幾分か恥ずかしさが軽減しているのは間違いなかった。
「サミュエル様っ……お戯れがすぎますよ……!」
「失礼。――でも、ベールの利点は理解したよね?」
「……ええ、まぁ……」
ここでノアが明確に拒否できなかった時点で、ベールを衣装に取り入れるのは決まったようなものだった。
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