内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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177.見惚れる

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 サミュエルと話をしているうちに、馬車は服飾店に着いていた。サミュエルにエスコートされて馬車を降りたところを、馴染みの服飾店のオーナーが笑顔で出迎える。

「わざわざご足労いただきまして、ありがとうございます」
「いえ、こちらが気になっただけですから」

 微笑みを返すと、早速店内に招かれた。通されたのは、豪奢な応接間だ。この隣は試着室にもなっていて、ノアは何度か利用したことがある。
 応接間のソファに腰を下ろしたところで、香りのよい紅茶が運ばれてきた。

「本日は結婚式のご衣裳のご確認ということで――」

 オーナーはノアたちと話し合って作られたデザインをテーブルに広げながら、応接セット横にあるトルソーを示す。白い布が掛かっていたけれど、店員がすぐに取り払った。

 白い正装が二着並んでいる。
 かっちりとしたシルエットの方は、サミュエルのもの。装飾に使われている金糸が、サミュエルの髪とよく調和する色合いだ。
 これを着たサミュエルを想像して、ノアは思わずうっとりと目を細めた。

「……あぁ、素敵だね。ノアによく合いそうだ」

 サミュエルの甘い声が聞こえて、ノアはハッとして、状況を忘れて想像に浸ってしまっていたのを自戒した。
 慌てて隣に目を移すと、柔らかなシルエットの正装が目に入る。サミュエルのものと比べると、明らかに華奢なスタイルだ。装飾は控えめだけれど、よく見ると、生地には光沢のある白糸で細やかな刺繡が施されていた。光を受けて白い花の模様が浮かび上がるのが、なんとも美しくて雅やかである。

「綺麗……」

 思わず見惚れて呟くと、サミュエルに抱き寄せられた。

「禁欲的な美しさだね。控えめで、奥ゆかしく、それでいて凛とした輝きがある。ノアが身に纏ったら、さらに素晴らしいものになるよ」
「……そうでしょうか」

 サミュエルの肩に頭を預け、ノアはぽつりと呟いた。衣装は素晴らしいけれど、それを着るのが自分だと思うと、少し気後れした。この美しい服に自分が相応しいのか、自信がない。

「当然だろう。……これでは、私の方が完全に負けてしまうな。ノアの美しさの引き立て役になるのは光栄だけど、そのせいで私がノアに相応しくないと思われるのは駄目だ」

 真剣な声音で冗談を言うサミュエルに、ノアは思わず笑ってしまった。ノアに自信をつけさせようとしているのだろうけれど、あまりにお世辞がすぎる。

「そんなことを思う人はいませんよ」
「いや、真剣に悩んでいるんだけどね。――君はどう思う?」

 笑いながら冗談を咎めるノアに、サミュエルはあくまでも本気の声音で、オーナーに問いかけた。
 微笑ましげにノアたちのやり取りを眺めていたオーナーは、自信ありげな様子で胸を張る。

「グレイ様の危惧されていることは、わたくしもよく分かります。ノア様はこの上なくお美しい方ですから。……グレイ様の装飾を、もう少し増やしますか?」
「白じゃなくて、金の服になりそうだな」
「それはいけませんね」

 真剣な表情で冗談を言い合う二人は、なんとも楽しそうである。ノアは金綺羅の服を纏っているサミュエルを想像して、思わず吹きだして笑いそうになるのを堪えた。
 さすがのサミュエルであっても、似合わないものがある。というか、そんな服が似合う人は嫌だ。

「ふふっ、サミュエル様は、十分に格好いい方ですよ。この服を纏っている姿は、絶対に素敵です」
「そうかい? ちょっと、ノアの横に立つには、見合っていない気がするんだけど」

 あくまでも主張を曲げないサミュエルを、ノアはまじまじと見上げた。どうも冗談の様子がない。
 少し困って、ノアは目を伏せる。あまりサミュエルが素敵すぎると、隣に立つのを恥じてしまう気がするのだけれど。

「……婚約披露のパーティーでは、お互いの色を取り入れました。この正装にも、そうしましょうか?」
「お互いの色?」
「ええ。僕のカフスを翠玉で、サミュエル様のカフスを紫玉で作らせるのはどうです?」

 ちらりと様子を窺いつつ提案すると、サミュエルの表情が一気に明るくなるのが分かった。まるで光を放っているような輝かしさで、喜んでいるのが伝わってくる。

「それはいいね! とっておきの宝石で作らせよう」
「かしこまりました」

 オーナーがすぐさま反応し、控えていた従業員に目配せする。すぐに、いくつかの宝石箱が運ばれてきた。

「こちらはこの店で取り扱っている宝石です。時間をいただけましたら、他にも探してきます」

 開かれた宝石箱の中では、翠と紫の宝石が眩しい光を放っていた。どれもカフスにちょうどよい大きさである。

「ここは品ぞろえがいいね」

 早速品定めを始めるサミュエルに、ノアは苦笑した。展開が早すぎて、少しついていけないけれど、サミュエルが楽しそうでノアも嬉しい。

「デザインはお二人の衣装に合わせたものを、いくつか考えておきます。ご希望はございますか?」
「希望……」

 ノアは何も考えていなかったので、暫く考え込む。でも、この店のデザイナーを信頼しているし、ひとまず任せることにした。

「普段使いできるデザインも考えておいてくれるかい?」
「サミュエル様?」

 突然言い出したサミュエルを、ノアは目を丸くして見つめる。サミュエルの横では、指示を受けた従業員がいくつかの宝石を取り出していた。正装用のカフスにしては、あまりにも数が多い。というか、紫色の宝石が多すぎる。

「城で務めている時の服にも、ノアの色を取り入れたい。カフスもいいし、他の装飾品でも構わないよ。作れるかい?」
「もちろんです。いくつでも、ご用意いたします」

 オーナーがホクホクした顔で請け負った。その表情の理由は明確である。
 サミュエルが選んでいる宝石の価格だけで、既に小さな領地の収益を軽く超える。どれも驚くほどの高品質揃いなのだから、当然ではあるけれど――。

(……大貴族の金銭感覚、凄い……)

 ノア自身だって、十分このくらいの買い物は可能だ。でも、改めてサミュエルが国内一の貴族の子息なのだと実感して、少し顔が引き攣ってしまった。

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