内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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174.報告書と手紙

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 自室に着いて、領地からの報告書を確認する。
 最近の領地は、次期侯爵ノアの婚約を祝うために、毎日が祭りのような賑わいになっているようだ。

 領民が明るい雰囲気であるのは良いことだけれど、その騒ぎに乗じるように、罪を犯す者たちも後を絶たないらしく、困りものである。
 現時点では領内の警備兵を増員して対応しているものの、今後実際に成婚となる頃には、さらに騒ぎが大きくなることが予想されており、新たな対策が必要だろう。

(警備兵以外での対応か……。関所での確認をあまり厳重にすると、流通への影響が出てしまうし――)

 グレイ公爵家と縁が繫がったことによる経済への好影響を、停滞させてしまうのも惜しい。既に領内の収益は、前年度の倍にのぼる予定となっていて、それはそのまま、領民の生活の豊かさに繫がるのだ。

 思案しつつ報告書に隅々まで目を通すと、ふと気になる言葉があった。

「……ミルトン伯爵領、出身……?」

 それは、領内で強盗を働いた者の調書の内容。その他の者も確認してみると、何人かミルトン伯爵領の出身であったり、縁戚がその領地にいたりと、関わりがあることが分かった。

 ミルトン伯爵と言えば、マーティンがアダムに近づくために利用した伯爵子息の姿が思い浮かぶ。
 ミルトン伯爵領はランドロフ侯爵領から遠く、そこの出身者がわざわざやって来て罪を犯すということに、少し違和感があった。

「……まぁ、僕の考えすぎかも――」

 苦笑しつつも、気になるのはしかたないので、捕らえた者の背後関係をさらに調べるよう指示書を用意しておく。
 そして、警備兵増員とそれに伴う人件費予算増額申請に承認印を押し、一旦仕事を終わらせた。

「休憩なさいますか」

 お茶の用意をしてくれたロウに頷き、片づけた仕事を渡す。
 ノアが書いた指示書にちらりと目を落としたロウは、一瞬眉を顰めて思案した様子だった。
 お茶が入ったカップを受け取り、ノアはロウの様子を眺めながら一口飲む。

「――ミルトン伯爵といえば、サミュエル様のご親戚ですね。婚約披露パーティーにもいらしていました。マーティン殿下にご子息が利用されたとの話は聞いていますが」
「うん、そうだね」
「……サミュエル様に報告はなさらないのですか?」
「今の段階で?」
「……そうですね。私どもの方でも調べを進めておきます」

 頷くと、指示書を他の書類と共にまとめ、ロウは部屋の外に向かう。休憩を邪魔しないよう、ノアを一人にしてくれるようだ。
 ノアは半分ほど飲んだカップをテーブルに戻し、横にあった手紙を手に取る。アシェルの名を指先で辿り、ペーパーナイフで開封した。

「……ふふっ、元気そうでなにより」

 アシェルの手紙は『親愛なるノア様』という言葉で始まり、ライアンとの生活の日々を、楽しく書き綴っていた。ようやく落ち着いて食事ができるほどに安定してきたようで、それはとりもなおさずランドロフ侯爵家からの援助によるものだと、感謝の念が紙いっぱいに記されている。
 この調子ならば、少しくらいライアンの傍を離れて、結婚式に参列してもらえるかもしれないと期待が生まれた。

「……え……?」

 でも、二枚目に書かれていたのは、招待への感謝と、断ることへの謝罪だった。そうなるかもしれないと、覚悟もあったけれど、やはり断られたことは残念だ。特にロウの反対を押し切ってまで決めたことだったので、落胆は大きく、ノアは力なく文字を目で追った。

「……あぁ、でも、アシェルさんの気遣いなのか」

 アシェルは自身が参列することで、ノアに不利益があってはいけないと書き綴っていた。サミュエルがどうにかしてくれると、ノアは招待状と共に書き送っていたのだけれど、アシェルは手を煩わせることになるのも心苦しい、とのことだ。

「う~ん……やっぱり駄目かぁ」

 久しぶりに会えるかと期待していたけれど、アシェルに無理をさせるのも忍びないし、諦めるしかない。

「うん……? 新婚旅行……?」

 最後の方に書かれて見慣れない言葉に、ノアは首を傾げる。アシェルは新婚旅行でライアン大公領に来るなら、大歓迎すると力強く書いていたけれど、ノアはそもそも新婚旅行というものがよく分からない。
 言葉をそのまま考えるなら、結婚したばかりの者が旅行することなのだろう。でも、そんな忙しい時期に旅行をするとは、ノアの常識では考えられない。

「もしかすると、アシェルさんの前世での知識によるものかな?」

 苦笑しつつ、ノアは『落ち着いた頃なら、訪ねてもいいかもしれない』と真剣に考えた。ライアンもサミュエルに挑戦的に誘っていたような気もするし、面白いことになりそうだ。

「まぁ、何年後になるかは分からないけど……」

 アシェルと会うのは、将来の楽しみにとっておこうと、ノアは気分を切り替えて微笑む。
 手紙を片づけたところで視界に入ったのは、結婚式の招待客候補のリストだった。現在、誰を招待するか思案していて、これがなかなか難しい。婚約披露パーティーでは縁戚を多く招いたけれど、結婚式では友人や仕事の関係者を多く招くことが通例だ。

 ノアの友人はアシェルくらいで、正直招きたいと思う相手は少ない。領地で親しい者を招待することで友人枠を埋めるか、学園で適当な相手に声を掛けるか。
 おそらく、ノアの支持者と目される者たちに声を掛けたら、喜んで参列してくれるだろうけれど――。

「明日、サミュエル様にご相談してみよう」

 友人が少ないなんて、情けないことだけれど、そんなことはサミュエルも承知のことだろう。
 ノアはため息をついて、リストをテーブルに放った。

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