内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
上 下
173 / 277

173.ノアと使用人

しおりを挟む
 ノアを屋敷に送り届けたサミュエルが王城に向かう。その馬車を見送ったノアが自室に向かっている途中で、屋敷の執事長に声を掛けられた。

「ノア様、アシェル様よりお手紙が届いております」
「えっ……ありがとう」

 手渡された封筒には、確かにアシェルの名が書かれていた。久しぶりの手紙に心が躍る。
 顔を綻ばせるノアに、執事長が微笑ましげな眼差しを向けた。

「お顔色が良いご様子でなによりです」
「……もしかして、心配してくれていた?」

 父が小さい頃から、この執事長はこの屋敷で務めている。ノアにとっては祖父のような感覚があった。執事長の方も、ノアをただ仕えるべき相手ではなく、愛情を注ぐ相手として見ているだろう。
 そんな執事長に心配を掛けていたということに初めて気づき、ノアは窺うように見上げる。

「たくさんの方に愛されているノア様でしたら、私が出しゃばる必要はないと思っておりましたが、最近大きな問題もありましたので……」
「そうだね。心配してくれてありがとう。まぁ、大体はサミュエル様が解決してくれたのだけど」
「さすがサミュエル様でございますね。そうでなくては、ノア様の相手として、みなが受け入れることはないでしょうが」
「みんな……?」

 誰を指しての言葉か分からずに、ノアは首を傾げる。
 執事長は微笑み、自分を指さした後、ノアの背後にいるロウを指し、ついで廊下や庭にいる使用人たちを示す。

「みんなです」
「……サミュエル様が、僕の大好きな人たちに受け入れられていると、喜んでいいんだよね?」
「もちろん。ノア様に相応しくない方でしたら、とっくの昔に、闇夜に乗じて――」

 微笑みながらであっても、恐ろしいことを示唆されて、ノアはギョッと目を見開く。完璧な笑みを浮かべる執事長が、心の中で何を考えているか読み取れない。冗談だろうと思うし、そうであってほしいと全力で望んでいるけれど――。

「冗談だよね?」
「どうでしょうね」

 全く否定しない執事長を見て、ノアは『ランドロフ侯爵家に裏の顔が……?』と真剣に考え込んでしまった。
 途端に背後で、吹き出して笑うのを堪える音がする。堪えきれていないから、なんだか苦しそうだ。

「……ロウ」
「いえ……ノア様は、生まれた時から今日に至るまで、相変わらず素直でお可愛らしい方だと、惚れ惚れしただけですので」
「褒めていないよね?」

 ノアがジトリと睨んでも、ロウは「賛美していますとも」と答える。その頬がぴくぴくと動き、笑いを噛み殺していることが伝わってくるので、なんとも信ぴょう性がない。

「戯言はともかく、ノア様のお顔色が曇るなんて、人類の絶望、耐え難き苦難でありますれば、何かお悩みのことがありましたら、遠慮なくお声がけくださいませ。わたくし共が、全力でその憂いを払ってみせます」
「……ありがとう」

 ノアの気分が優れないことに対しての感情表現が、あまりに規模が大きすぎて笑いを狙っているとしか思えない。でも、ノアを心から思いやっていることは伝わってきたので、ノアは複雑な表情で礼を告げた。

 正直、悩み事を告げたら、使用人たちはサミュエル以上に力技で、解決に導こうとする気がして、あまり頼る気になれない。

 そんなノアの気持ちを察したのか、執事長は「それこそサミュエル様がすぐに手を打たれるでしょうが」と言って微笑んだ。
 それに苦笑と頷きを返して、ノアが歩を進めようとすると、執事長が再び声を掛ける。

「――明日は結婚式のご衣裳の確認に赴かれるご予定ですが、変更はございませんか?」
「ああ……サミュエル様もご一緒していただけることになったよ。たぶん、後で予定を確認する連絡がくると思う」
「承知いたしました。では、先方にも伝えておきます」
「うん、頼んだよ」

 執事長と別れ、ノアは封筒に視線を落とす。
 アシェルからの手紙は心から嬉しい。でも、これにはノアたちの結婚式への参加可否も書かれているはずだ。アシェルがどのような選択をしたのか考えると、僅かに気が塞ぐ。

「……アシェルを結婚式に招待されたのですよね」
「うん、そうだけど……」

 ロウの囁きに頷く。ロウはアシェルの教育係を務めていた関係で、呼び捨てをする仲になっていた。
 ノアはロウをちらりと見て、目を逸らす。ロウがノアの決定をあまり歓迎していないことは知っていた。

「――分かっているよ。アシェルさんは、ライアン大公閣下と領地に籠ることと引き換えに、恩赦を得たようなものだ。結婚式に呼ぶことで、王家と軋轢を生む可能性がある」
「そうですね。それでも、呼びたいのですね?」
「……うん、初めての友達だから――」

 子どもっぽい言い訳に聞こえて、ノアの声は自信なさげに途切れた。

「ノア様とサミュエル様のご結婚は、王家が率先してお祝いになるでしょう。王家が貴族との関係改善を求めるために。式に参加されるのはルーカス王太子殿下でしょうし、例えライアン大公閣下がお越しになろうと、見て見ぬふりをする度量はおありでしょう。ですが、そのような事態が起こること自体が、決して褒められることではありません。晴れの日に影を落とすことになりかねないのですよ?」
「そうだね……」

 ロウがノアを真剣に思いやって言ってくれていることは分かっている。だからといって、ノアはその意見をすんなり受け入れられないのだけれど。

「……サミュエル様はなんとおっしゃっておられるのですか?」
「君が望むならいいよ、って。どうとでもなるからね、と言われたけど、どうするつもりだろう?」
「さぁ……平凡なる私と違い、サミュエル様なら本当にどうとでもできるのでしょう。そうならば、私がこうして口うるさく言うのは、ノア様を虐めているようなもので――」
「そんな風には思わないよ!」

 自虐的な口調になるロウを慌てて振り返り、ノアはその手を掴んで訴えた。

「――ロウが僕の味方であることは知っている。こうして厳しいことでも言ってくれる人がいることは、僕は凄く恵まれていると思っているよ。いつもありがとう」

 じっと見つめていると、ロウの頬が次第に赤くなっていく。

「……こちらこそ、ありがとうございます。素晴らしい主人を持てて、幸せです。ただ、従者をたぶらかすのもほどほどにしていただけませんと、サミュエル様に打ち首にされることになりそうです」
「ロウの中の、サミュエル様像が極悪人すぎる……」

 とんでもないことを言うロウに、最近はギロチンやら打ち首やらを冗談に混ぜるのが流行っているのだろうかと、ノアは真剣に考え込んでしまった。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...