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171.久しぶりに甘々

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 暫く歩いていると、馬車止めが見えてきた。ノアを待つロウの姿もある。
 今日はここで話は終わりだろうかと、ノアは少し残念に思ったけれど、サミュエルの方はそのつもりはなかったようだ。

「馬車に同乗してもいいかい?」
「え……それは構いませんが、サミュエル様はお忙しくないのですか?」

 サミュエルは、もっと話をしたいというノアの望みを早速叶えようとしているのだろう。でも、ノアとしては無理をしてほしいわけではない。
 無理をしたせいでサミュエルが体調を崩しでもしたら、ノアは望みを告げたことを後悔するだろう。それならば、寂しさを我慢する方がよほどいい。

 サミュエルはノアを見て微笑みながら、軽く肩をすくめた。

「この後、王城にあがって、ルーカス殿下の執務の補佐をすることになっているね」
「それなら、早く行かないといけないですよね。あ、僕の馬車で王城に向かいますか?」

 ノアはサミュエルの意図が読めた気がして、何度か頷いた。王城経由で家に帰るとなると、遠回りになるけれど、ノアはあまり急ぐ用事がないから構わない。ただ、例え貴族であっても、用のない者が気軽に王城に立ち寄ることは推奨されないので、少し気になる。

「いや、ノアの家に寄ってから、自分の馬車に乗り換えて王城に向かうよ」
「余計な手間がかかっていませんか?」

 さらりと言ったサミュエルを、ノアは真剣な表情で見上げた。
 正直、王城に向かうのをノアの家経由にするのは、時間の無駄極まりない。ルーカスを待たせていいものだろうか。

「余計な手間ではないね。ノアと話をする大事な時間だから。ノアの家に寄るルートの方が、話す時間を長くとれるだろう?」
「……ルーカス殿下を待たせてまで、そうしてくださると?」
「もちろん。どうせ執務室に積み上がっているのは、至急案件ではないし、最終的にルーカス殿下が処理すべきものだからね。私の仕事はルーカス殿下の執務を多少円滑にすることと、相談相手になることくらいで、さほど重要じゃない」

 当然のようにサミュエルは言うけれど、実際はそんなわけがない。王太子の唯一の側近という立場にある者が担っている仕事は、国の根幹に関わるものだ。

 でも、サミュエルがあまりにもどうでも良さそうに言うので、ノアは『そんなものなのだろうか……?』と思ってしまった。
 少なくとも、現在サミュエルが把握している仕事は、恐らく片手間でこなせてしまうようなものなのだろう。ルーカス殿下にとっては、そうでなくとも。

「……ルーカス殿下は、お困りになりませんか?」
「さてね。まぁ、そろそろ殿下も執務に慣れてきたようだし、一人でこなす練習になっていいと思うよ」

 どう考えても、ノアのわがままにルーカスが巻き込まれているとしか思えないけれど、サミュエルが言うことにも一理ある。いずれ王になるルーカスは、サミュエルに頼ってばかりではいけないのだ。

 恨めしげな表情をするルーカスの顔が脳裏に浮かぶも、ノアはそっと目を逸らした。
 最近のサミュエルが忙しいのは、ルーカスの側近としての仕事が多いからで、つまりはノアが寂しくなっている遠因はルーカスにあるとも言える。多少迷惑をかけても、許してもらえる気がした。

「……サミュエル様がそれでよろしいなら、僕は嬉しいだけですけど」
「ああ、私も嬉しいよ」

 ニコリと微笑んだサミュエルがノアの頬にキスを落とす。そして、自身の馬車の御者に後からついてくるよう指示を出すと、ノアをエスコートして馬車に乗り込んだ。

 サミュエルがノアと共に馬車に乗り込むのはよくあることなので、ロウやサミュエルの従者ザクも、呆れ気味の表情ながら、何も言わずに受け入れる。
 その際、ザクはサミュエルの馬車の方に乗り込んだので、ロウが『裏切り者!』と言いたげな目で睨みつけていた。

「……ああ、また砂糖を吐きそうな時間が……」
「お砂糖?」
「いえ、なんでもありません」

 向かい側に座るロウの呟きを聞き、ノアは首を傾げる。隣でサミュエルが楽しそうに小さな笑い声を上げた。

「サミュエル様?」
「いや、なんでもないよ」

 ロウと同じ言葉を返すサミュエルを見つめている間に、馬車は動き出した。
 頬をサミュエルの手が撫でる。ついでにキスまで降ってくるので、ノアは顔を赤くしてサミュエルの胸板に手をついた。押し返すほどの力はなく、添えるだけなので、サミュエルがとまる気配はない。

 ロウがげっそりとした顔で車窓に顔を向けるのが視界の端に映る。なんとなく、ロウがザクに抗議したがった気持ちが分かった気がして、申し訳なくなった。

「サミュエル様、お話を、んっ――」

 話している途中で唇を塞がれ、さすがにノアは少し拗ねて睨んでみるも、サミュエルは甘い眼差しで微笑むばかり。

「んぅ……ちょっと、話を」
「うん、聞くよ。ただ、最近ノア不足だったから。少しだけ、ね?」

 サミュエルの声がとんでもなく甘くて、ノアはぎゅっと目を閉じて、指先を握りしめた。身の内からじわじわと込み上げてくるものを、必死で抑え込む。
 そうしていても、耳に注ぎ込まれる甘い愛の言葉も、唇や頬、耳に触れるキスも止まらないのだから、身体の熱は上がるばかりだ。

「サミュエル様っ……もう、だめ、です……!」

 暫くしてノアが涙目で告げ、サミュエルの口を手の平で塞いだことで、甘い攻めは終わりを迎えた。

 サミュエルは少し不満そうにしていたけれど、ノアがじとりと睨むと、軽く両手を挙げてひらひらと振る。ノアはそれを見て、もう手は出してこないだろうと安心するも、サミュエルはこりなかった。
 口を塞いでいた手を下ろした途端に、唇が軽く啄まれる。

「っ……サミュエル様!」
「これで一旦終わりにするから」
「もう……」

 悪びれないサミュエルを見て、ノアは唇を尖らせて拗ねたけれど、たくさん愛を注がれたことで心が満たされて、悪い気はしないというのが正直な気持ちだった。

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