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165.それぞれの意見
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「マーティン殿下にはどうなさるのですか? ギロチンにかけます?」
ノアが気づかなかったふりをしたかった事実を明示したのは、ハミルトンだった。長く沈黙を強いられた鬱憤が口調に滲んでいる。
アダムがギョッとした様子で、恐ろしいことを口にしたハミルトンを見つめた。
「それができたら良かったけど……残念なことにわが国でも、カールトン国でも、ギロチンによる処刑は禁じられている」
「サミュエル様、いけません」
本気で残念そうなサミュエルを、ノアは思わず咎めた。
サミュエルが怒りを溜めていることは分かっていたけれど、いたずらに悪態をつくのは良くない。言葉に感情が引きずられて、制御がきかなくなる可能性があるからだ。
それに、ノア自身があまりそういう言葉を聞きたくなかった。
「……悪かったね、冗談だよ」
「失礼しました。殿下とサミュエル様のお話に悪乗りしてしまいました」
サミュエルに続いて、ハミルトンも謝罪を口にする。ノアは頷いて受け入れ、アダムに微笑みかけた。
「皆さん、気が立っている様子です。アダムさんは聞き流して大丈夫ですよ」
「……はい、そういたします」
アダムは強張っていた表情を和らげ、ノアに微笑み返した。本心ではまだ戸惑っていたとしても、それを窺わせない振る舞いはさすがの如才なさだ。
アダムが咎めるようにハミルトンの腕を抓っている光景に、ノアは気づかなかったふりをした。それで悪乗りを許されるのだから、ハミルトンにとってはありがたいことだろう。
「コホン……冗談はともかく。俺もあのバカ王子にどう対処するか、気になる。国との関係を断つだけに留めるつもりはないんだろう?」
悪乗りの発端になったルーカスは、少し気まずそうに笑いながら、話を本筋に戻す。
マーティンをバカ王子と呼んでいるが、それを咎める声は上がらなかった。ノアが苦笑して聞き流すのだから、アダムが口を挟めるわけがないし、他の二人についてはルーカスと同意の様子だから当然だ。
「そうですね。殿下はどうしたいですか?」
「ん? 俺の意見を聞く気があったのか」
「参考までに」
「……まぁ、いい。そうだなぁ。正直、国交がなくなるなら、俺はもうどうでもいいんだが。国に乗り込んできて、乱すことはなくなるだろ?」
ルーカスは軽い口調で言い放つ。言葉通りどうでもよさそうな雰囲気だけれど、サミュエルを見据える目には僅かばかりの警戒心が浮かんでいた。
(たぶんサミュエル様がやりすぎないか、警戒してらっしゃるんだな……)
天罰騒動はこの国の仕業とバレなければいいと許可を出したようだけれど、あまりやりすぎるとカールトン国から反撃される可能性がある。ルーカスの警戒は、国の次期統治者として尤もだった。
「私の心は、その程度で休まることはありませんが」
「口を挟んでもよろしければ、私も」
サミュエルに続いて、ハミルトンが怒りの滲んだ声を上げる。ハミルトンはマーティンに散々振り回されてきたのだから、怒りがおさまらないのは当然だ。
ルーカスはハミルトンの境遇に引け目があるのか、サミュエルを相手にしているときほど強気に出られない様子で、困った表情を浮かべた。
「……アダムさんは?」
ノアが尋ねると、困惑した様子だったアダムが、ハッと息を飲み固まる。ノア以外から一斉に視線を向けられて緊張したのだろう。
この状況で尋ねることは、申し訳ないけれど、マーティンに最も迷惑を掛けられた一人がアダムなのは間違いないのだから、ノアは彼の意見を捨て置くことはできなかった。
「……僕は――」
躊躇いがちに開いた口は、すぐに閉じる。アダムは何を言うべきか考えがまとまらない様子で、視線を床に落とした。
「アダム、素直に思っていることを言っていいと思うよ。ここに、それを咎める方はいない」
ハミルトンがアダムを促す。サミュエルとルーカスが軽く肩をすくめたのが、ノアの視界の端に映った。ハミルトンの言葉は二人に対する牽制だったからだろう。
「はい……。――あの、色々と事情があったことは理解しています。たぶん、僕が知っていること以上に、マーティン殿下は良くない振る舞いをしていたのでしょう。ですが……あまり過激な報復はよろしくないと思うのです」
「ふぅん……どうして?」
ルーカスが柔らかな声で尋ねた。アダムを味方と捉えたのかもしれない。
過激派といえるサミュエルとハミルトンの表情は揺らがず、静かにアダムの言葉に耳を傾けていた。
「……カールトン国との国交を断つことは、僕たち貴族に少なからず衝撃を与えることになります。その中で、少なからず交流のあったマーティン殿下に大きな被害があれば、貴族内の動揺は相応に大きなものになるでしょう。……まだ、ライアン大公閣下が起こした騒動から一年も経っていません。貴族を揺らがす事態は極力避けるべきかと思います」
誰よりも公的な視点で語るアダムに対し、ルーカスが意外そうに片眉を上げる。
「君個人として、マーティン殿下に思うことはないのか?」
「僕は、別に……。兄さまやいろんな方に、守っていただきましたから」
アダムは本心を話しているように見えた。その隣で、ハミルトンが仕方なさそうにため息をつく。
「……なるほど。私に協調する者はいなくなったかな?」
サミュエルが状況を読んで、嫌そうに呟いた。アダムの意を受けて、ハミルトンが怒りをおさめることにしたのだから、サミュエルの味方はいなくなったのだと思っても仕方ない。でも――。
「――サミュエル様が、本気で望んでいるのでしたら、僕はサミュエル様がなさりたいことを応援しますよ?」
「え?」
サミュエルが意外そうにノアを見下ろす。驚いているのは他の三人も同じだった。控えめな性格のノアが攻撃的とも思える言葉を放つとは予想していなかったのだろう。
ノアは肩をすくめながら苦笑する。サミュエルの味方であり続けることを、ノアは心に決めている。もちろん、サミュエルへの信頼があるからこその決心だ。
「――そうか……参ったな……」
サミュエルが珍しく困りきった様子で呟く。でも、その表情には僅かに嬉しさが滲んでいた。
ノアが気づかなかったふりをしたかった事実を明示したのは、ハミルトンだった。長く沈黙を強いられた鬱憤が口調に滲んでいる。
アダムがギョッとした様子で、恐ろしいことを口にしたハミルトンを見つめた。
「それができたら良かったけど……残念なことにわが国でも、カールトン国でも、ギロチンによる処刑は禁じられている」
「サミュエル様、いけません」
本気で残念そうなサミュエルを、ノアは思わず咎めた。
サミュエルが怒りを溜めていることは分かっていたけれど、いたずらに悪態をつくのは良くない。言葉に感情が引きずられて、制御がきかなくなる可能性があるからだ。
それに、ノア自身があまりそういう言葉を聞きたくなかった。
「……悪かったね、冗談だよ」
「失礼しました。殿下とサミュエル様のお話に悪乗りしてしまいました」
サミュエルに続いて、ハミルトンも謝罪を口にする。ノアは頷いて受け入れ、アダムに微笑みかけた。
「皆さん、気が立っている様子です。アダムさんは聞き流して大丈夫ですよ」
「……はい、そういたします」
アダムは強張っていた表情を和らげ、ノアに微笑み返した。本心ではまだ戸惑っていたとしても、それを窺わせない振る舞いはさすがの如才なさだ。
アダムが咎めるようにハミルトンの腕を抓っている光景に、ノアは気づかなかったふりをした。それで悪乗りを許されるのだから、ハミルトンにとってはありがたいことだろう。
「コホン……冗談はともかく。俺もあのバカ王子にどう対処するか、気になる。国との関係を断つだけに留めるつもりはないんだろう?」
悪乗りの発端になったルーカスは、少し気まずそうに笑いながら、話を本筋に戻す。
マーティンをバカ王子と呼んでいるが、それを咎める声は上がらなかった。ノアが苦笑して聞き流すのだから、アダムが口を挟めるわけがないし、他の二人についてはルーカスと同意の様子だから当然だ。
「そうですね。殿下はどうしたいですか?」
「ん? 俺の意見を聞く気があったのか」
「参考までに」
「……まぁ、いい。そうだなぁ。正直、国交がなくなるなら、俺はもうどうでもいいんだが。国に乗り込んできて、乱すことはなくなるだろ?」
ルーカスは軽い口調で言い放つ。言葉通りどうでもよさそうな雰囲気だけれど、サミュエルを見据える目には僅かばかりの警戒心が浮かんでいた。
(たぶんサミュエル様がやりすぎないか、警戒してらっしゃるんだな……)
天罰騒動はこの国の仕業とバレなければいいと許可を出したようだけれど、あまりやりすぎるとカールトン国から反撃される可能性がある。ルーカスの警戒は、国の次期統治者として尤もだった。
「私の心は、その程度で休まることはありませんが」
「口を挟んでもよろしければ、私も」
サミュエルに続いて、ハミルトンが怒りの滲んだ声を上げる。ハミルトンはマーティンに散々振り回されてきたのだから、怒りがおさまらないのは当然だ。
ルーカスはハミルトンの境遇に引け目があるのか、サミュエルを相手にしているときほど強気に出られない様子で、困った表情を浮かべた。
「……アダムさんは?」
ノアが尋ねると、困惑した様子だったアダムが、ハッと息を飲み固まる。ノア以外から一斉に視線を向けられて緊張したのだろう。
この状況で尋ねることは、申し訳ないけれど、マーティンに最も迷惑を掛けられた一人がアダムなのは間違いないのだから、ノアは彼の意見を捨て置くことはできなかった。
「……僕は――」
躊躇いがちに開いた口は、すぐに閉じる。アダムは何を言うべきか考えがまとまらない様子で、視線を床に落とした。
「アダム、素直に思っていることを言っていいと思うよ。ここに、それを咎める方はいない」
ハミルトンがアダムを促す。サミュエルとルーカスが軽く肩をすくめたのが、ノアの視界の端に映った。ハミルトンの言葉は二人に対する牽制だったからだろう。
「はい……。――あの、色々と事情があったことは理解しています。たぶん、僕が知っていること以上に、マーティン殿下は良くない振る舞いをしていたのでしょう。ですが……あまり過激な報復はよろしくないと思うのです」
「ふぅん……どうして?」
ルーカスが柔らかな声で尋ねた。アダムを味方と捉えたのかもしれない。
過激派といえるサミュエルとハミルトンの表情は揺らがず、静かにアダムの言葉に耳を傾けていた。
「……カールトン国との国交を断つことは、僕たち貴族に少なからず衝撃を与えることになります。その中で、少なからず交流のあったマーティン殿下に大きな被害があれば、貴族内の動揺は相応に大きなものになるでしょう。……まだ、ライアン大公閣下が起こした騒動から一年も経っていません。貴族を揺らがす事態は極力避けるべきかと思います」
誰よりも公的な視点で語るアダムに対し、ルーカスが意外そうに片眉を上げる。
「君個人として、マーティン殿下に思うことはないのか?」
「僕は、別に……。兄さまやいろんな方に、守っていただきましたから」
アダムは本心を話しているように見えた。その隣で、ハミルトンが仕方なさそうにため息をつく。
「……なるほど。私に協調する者はいなくなったかな?」
サミュエルが状況を読んで、嫌そうに呟いた。アダムの意を受けて、ハミルトンが怒りをおさめることにしたのだから、サミュエルの味方はいなくなったのだと思っても仕方ない。でも――。
「――サミュエル様が、本気で望んでいるのでしたら、僕はサミュエル様がなさりたいことを応援しますよ?」
「え?」
サミュエルが意外そうにノアを見下ろす。驚いているのは他の三人も同じだった。控えめな性格のノアが攻撃的とも思える言葉を放つとは予想していなかったのだろう。
ノアは肩をすくめながら苦笑する。サミュエルの味方であり続けることを、ノアは心に決めている。もちろん、サミュエルへの信頼があるからこその決心だ。
「――そうか……参ったな……」
サミュエルが珍しく困りきった様子で呟く。でも、その表情には僅かに嬉しさが滲んでいた。
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◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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