内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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161.起死回生の一手は――

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「無意識の内で予知、ですか――」

 サミュエルがマーティンの言葉を反芻する。マーティンは楽しげに笑み、言葉を続けた。テンションが上がり、口が軽くなっているようだ。それならそれで、話が早く進むからいいと判断して、ノアたちはマーティンの気が向くままに話させることにする。

「そうだ。凄いだろう。初代国王の執着の呪縛は厄介だが、その配偶者の力が継がれていたならば、我が国は再び繁栄の時を迎えるのも不可能じゃない」

 その言葉で、ノアはマーティンが何に興奮しているのか悟った。自身、あるいは他の王族が、初代国王再来のように、賢王となる未来を脳裏に描いているのだろう。

(……少し楽観主義が過ぎるし、夢のような話だと思うけど)

 ノアは珍しく皮肉っぽい感想を抱き、視線をテーブルに落とす。マーティンの話は、少しずつ真実から遠ざかっているように思えてならなかった。
 そう感じるのは、ノアが前世の知識を持った転生者の存在を知っているからだろうか。彼らの特殊な記憶を考えると、無意識の内の予知なんて言葉はなんとも嘘っぽく感じる。

「今はまだ無意識で予知しているから、違和感という形でしか把握できないが、もっと訓練すれば、力を自由自在に使うことも可能なはずだ。初代国王の配偶者の記録を紐解いてみれば、その手がかりがある可能性がある。これは我が国にとっての大きな力になるだろう」

 そこまで興奮気味に話したかと思うと、マーティンがピタリと口を閉ざした。その突然の沈黙に、ノアは思わず視線を上げてマーティンを見つめる。
 熱っぽい目がノアを捉えたかと思うと、すぐに隣のサミュエルに移り、挑戦的な色を浮かべた。

(……なんというか……情緒不安定?)

 ノアはマーティンの態度がやけに気に掛かり、ジッと観察する。これまで何度となくサミュエルに打ちのめされて、マーティンはおかしくなってしまっているのではないかと疑った。それくらい、普通と違う態度に思えたのだ。

(……あるいは、これもまた、初代国王の呪縛……?)

 ふと心に浮かんだ言葉が腑に落ちた。
 愛する者を手に入れるために内乱を起こすほどの執着心。それだけが、王族に引き継がれていくものだろうか。
 賢王と称されても、その功績が自身の能力によるものではないことを、初代国王は誰よりも知っていたはずだ。ならば、その能力に対する羨望や執着もまた、血と共に王族に継がれていても不思議ではない。

(そうだとすると、初代国王って何者なんだろう。影響力が大きすぎる……)

 まさに物語の中にありそうな展開だと、ノアは苦笑と共に自分の思考を戯言として片づけた。今、ここにあるのは物語ではなく、現実である。

「――サミュエルたちは、我が国との友好関係の終わりを示唆したが……本当にそれでいいのか? 予知の力を持つ者を、みすみす敵に回すことになるかもしれないんだぞ」
「おや……」

 強気な発言を受けたサミュエルは、泰然とした雰囲気である。それもそのはずで、マーティンの言葉には一切の根拠がなく、空手形を自信満々に振りかざしているようなものなのだ。
 ノアは少し呆れつつも、別の部分でふと納得していた。

(予知の力は分からないけれど、この国にはルーカス殿下を始め、前世の知識を持つ方々がいるわけで……彼らが本気でその知識を有効利用しようと思ったら、実はとんでもない影響力を持つんじゃないかな……?)

 この場にいるルーカスは王太子という立場で、知識を有効活用するに十分な立場にあるはずだ。ハミルトンは一司書とはいえ、サミュエルと距離が近く、血筋を考えなくとも国に影響を及ぼすに足る手段を持っている。
 アシェルやライアンは領地に引き籠っているとはいえ、交流が遮断されたわけではない。何かことを為そうと思えば、それを妨げる障害は少ない。

 彼らが持つ知識がどれほど有効利用できるものかノアは知らないけれど、決して無視できるほど些末なものではないと感じている。それはサミュエルも同じ思いだろう。

(――よくよく考えると、とんでもない人たちがこの国に集っているものだな)

 少々おののく気持ちはあるけれど、それよりも頼もしいという思いが強い。ノアは彼らが前世の知識によって、国を乱すような行いをすることはないと信じていた。
 アシェルやライアンは一時国を乱しかけたけれど、それは自身らによって幕引きさせた。今後彼らが同じような失敗を犯すことはないだろう。

 この国には予知の力に匹敵する能力者がたくさんいる。
 つまり、実際にあるかどうかも分からない予知の力によって、カールトン国との関係性を考え直す必要性はどこにも存在していないということだ。

「――殿下がおっしゃりたいことは分かりました。カールトン国の大体の事情は把握しましたし、そろそろ幕引きを考えることにしましょうか」

 サミュエルがニコリと笑む。美しい笑みとは対照的に、翠の瞳は冷えた光を宿し、マーティンを貫くようだった。
 興奮して強気に出ていたマーティンが、気圧された様子で息を飲む。浮かせていた腰をソファに下ろし、瞳が怯えたように揺らいでいた。

(マーティン殿下から聞ける話は全部聞いたということかな……?)

 ノアはこの会合の終わりを悟り、気合いを入れ直した。

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