内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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160.認識の齟齬

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 意味深な言葉を呟いたと思ったら、マーティンは深刻そうな表情で黙り込む。
 その様子を見て、ノアはサミュエルたちと顔を見合わせた。どうにも、これまでの黙秘のような頑迷さとは違った雰囲気に思えたのだ。
 もちろん、ノアたちで顔を見合わせたところで答えが生まれるわけはなく、マーティンが話し出すのを待つしかないけれど。

(マーティン殿下が感じておられた違和と初代国王との共通点、か……)

 ノアは目を伏せ、聞いたばかりの情報を反芻する。マーティンは一体何を見出したというのか――。

(――いや、初代国王というよりも、その配偶者の方かな。予知のような力……それはつまり、アシェルさんのように、この世界のことを前世の知識で知っていたがゆえ、という可能性もある……? マーティン殿下の方も、気づいておられなくても前世の知識があったなら、その知識との齟齬で違和感を覚えることがあっても不思議ではないし)

 気づいた事実をノアの口から告げるべきかと迷いながら上げた視線が、サミュエルの視線とぶつかった。
 咄嗟に口を開こうとすると、唇にひたりと指先が触れる。翠の瞳を僅かに眇め、サミュエルがノアの思いの全てを受け止めるように頷いた。ノアも導かれるように頷きを返して、口を閉ざす。

(僕が気づいたことを、サミュエル様が気づいていないはずがないものね。どうして言葉にしないかは分からないけど……おそらくマーティン殿下の口から聞くことが重要なんだろう)

 サミュエルの意図をノアなりに解釈して、ノアは沈黙を選んだ。マーティンは変わらず黙り込んでいるから、部屋がシンと静まり返る。

(……なんというか……もっと有意義な時間を過ごしたいものだなぁ……)

 ノアは密かにため息をついて嘆いてしまう。ただでさえ、サミュエルと過ごす時間は限られていて、ノアにとって何よりも幸せで、貴重なひと時であるのに、このように浪費されていくのは悲しい。

(これから結婚式の準備で忙しくなるし、結婚してからは僕がいくらか領地の仕事を引き継ぐのに加えて、サミュエル様はルーカス殿下の側近として本格的にお仕事をされるだろうし、ゆっくり二人で過ごす時間は貴重だというのに……)

 考えていると、ムクムクと不満が湧き上がってくる。何故これほどまでに、ノアたちにとって利益になりえない問題にかかずらわらなければならないのだろうか。
 もっとも、この問題を解決してこそ、大手を振ってこれからを謳歌できるということは理解していて、ノアの不満はすぐにしぼんでいった。

「――みなが信じるかどうかは分からないが」

 不意にマーティンが話し始めて、ノアの物思いが打ち切られる。
 マーティンは躊躇いがちに視線をうろつかせた後、サミュエルを見据えた。

「信じるかどうかなんて今さらですね。知っていることをきびきびと吐いてください」
「……お前、俺が王族だと忘れていないか」
「そうですか? 最低限の礼儀は保っているつもりですが。これでもだいぶ温情をかけていると思います」

 目を眇めて不満そうにするマーティンに対し、サミュエルは冷え切った表情だ。普段ノアに対して向けられる優しさの一欠片すら、その顔に浮かんでいない。
 これはだいぶお怒りのようだ。今更認識すべきことでもないけれど、ノアは改め感じて苦笑を零す。

「……あぁ……なんだ……その……狭量な男は嫌われるぞ?」
「余計なお世話です」

 言葉を選んだ風だったくせに、最悪な選択を示したマーティンを、ノアはまじまじと見つめてしまった。サミュエルのナイフのような鋭い声音に首をすくめて怯えるマーティンは、被虐趣味でもあるのだろうかと疑ってしまう。
 絶対にサミュエルを怒らせると分かるだろう言葉を選んだのは、わざとか否か――。

(なんか、前にも被虐趣味を疑ったことがあるような気がする……。もしかして、享楽主義者は得てして被虐趣味を持ち得る……?)

 世の享楽主義者から一斉に抗議が来そうなことを頭の隅で考えながら、ノアはマーティンたちの会話に耳を傾けた。

「いや……まぁ、とりあえず、色々なことは脇に置いておいてもらって――俺が話したいのは予知の力について、だ」

 サミュエルは「あなたがそれを言いますか?」と文句を言いそうな顔をしていたけれど、マーティンが本題に切り込むことを感じたのか、ピタリと口を閉ざす。

「先ほど言ったように、俺はこの国に関する事象に対して、常々違和感を覚えていた。それはサミュエルやこの国の王族に関わるときに最も大きくなり、反対に有象無象の相手には一切そのような感覚がない」

 マーティンの何気ない語りに、ノアは王族の傲慢さと選民思想を感じ取り、密かに眉を寄せた。やはりどうにもマーティンのことを受け入れられないと思うのは、フランクな態度の裏にいつだって王族の嫌な側面が窺えるからだ。

(有象無象の中にはこの場にいる者以外の、貴族の多くが含まれているんだろうなぁ……)

 ノアの思いをよそに、マーティンの話は流れるように続く。ルーカスやサミュエルも口を挟むつもりはないようだ。

「――そこで、俺はこう考えた。初代国王の配偶者は予知の力を持っていて、その力は我が国の王族に連綿と継がれているのではないか、と」

 ノアはぱちりと目を瞬かせる。予想していたのとは違う切り口の話だと思ったのだ。でも、言われてみれば確かに、マーティンが言うことが事実である可能性はある。

「つまり、俺は無意識の内にこの国の事象について予知していて、その事実と相反した出来事が起きる度に、違和感を覚えていたということだ」

 どこか誇らしげに放たれた言葉。ノアは何故マーティンがそこまで嬉々とした態度なのか分からず、首を傾げてしまう。
 そんなノアの隣では、サミュエルがルーカスと視線を交わし、肩をすくめていた。

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