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157.停滞と転換
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マーティンの失言で緊迫した雰囲気になってしまったけれど、まだ話は終わっていない。
ルーカスがサミュエルに視線を向け、どちらが話を主導するか尋ねると、サミュエルが小さくため息をついて口を開いた。サミュエルが継続してマーティンから話を聞きとるらしい。
(ルーカス殿下がお話になられた方が、手っ取り早い気がするけど……距離感の問題かな?)
ノアは、ルーカスがマーティンの相手をサミュエルに任せようとする態度に少し違和感を覚えた。でも、おそらくノアには関知しえない事情があるのだろうと思い、努めて気づかなかったふりをする。
国の一大事になりうる話の輪に参加していようと、ノアは自身が一貴族の子息でしかないことを重々承知していた。サミュエルのように国政に関わっていない以上、身をわきまえるべきなのだ。
他の貴族子息ならば、興味津々で首を突っ込みかねないけれど、ノアはその点非常に慎ましい性格だった。だからこそ、この場への同席が許されているとも言える。
アダムやハミルトンは、縁戚であるサミュエルの部下という立ち位置でこの場にいるという意味合いが強いので、それに比べるとやはりノアという存在は特別だ。
「――ノアは貴国の王族で有名なようですね?」
唐突に放たれた問いに、マーティンが息を飲んで固まる。どうやらマーティンにとって聞かれたくない話だったらしい。
(たぶん、僕の昔の騒動の話をすることで、誤魔化したかった部分だったのかな……)
ノアは若干冷めた気分で、マーティンの様子を眺めた。自分に関する話をされていることは分かっているけれど、なんだか現実味を感じられないのだ。自身の話をされているように思えない、と言った方が正しいかもしれない。
(――う~ん……偶像崇拝に近い? 僕を見ている気がしない?)
自身の感覚にあてはまる表現を探していると、ふとカールトン国の初代国王の配偶者の話が思い出された。それと同時に納得する。
(そうだ。マーティン殿下は僕のことをその初代国王の配偶者と重ねて見ていて、僕自身を見ていないんだ)
それに気づいてしまうと、マーティンのちぐはぐな態度を理解できるように思えた。
マーティンはノア自身を見ていないから、ノアがマーティンの言動で傷つくという当たり前の常識さえ思考の外に放ってしまっている。マーティンにとっては、ノアという存在は神が擬人化したものに近いのかもしれない。
(そう考えると、はなはだ迷惑な話だなぁ……)
ノアに対してなんらかの感情を抱いた上での行動であるのなら、ノアなりに飲み下すこともできる。でも、全くの他人、しかも神のような存在と重ねて考えられていたのなら、ノアはどうすることもできないではないか。ノアがたとえ怒ろうとも、マーティンがその怒りを理解できない可能性が高い。神は人に怒るなんて感情を抱かないのだから。
(あ、そうなると、サミュエル様が代わりに怒ってくださるのが、一番マーティン殿下にとってこたえることなのか。マーティン殿下はサミュエル様に憧れていたとしても、神のように捉えているわけではない)
ノアはマーティンへの認識を改め、サミュエルに対応を任せてしまおうと決めた。元々、サミュエルの方はそのつもりだっただろうから、ノアがわざわざ頼む必要もないことである。
そうして、ノアが結論づけたところで、ようやくマーティンが口を開いた。顔は青いままで、未だに決心できていないようだけれど、黙っていたところで救いはないと悟ったのだろう。
「……それは、かつての騒動――」
「ああ、そうではありません。あなたの国の歴史に関しての話です」
懲りもせず、失言を繰り返そうとするマーティンに、サミュエルがすかさず釘を刺した。表情は冷静に見えるけれど、マーティンを見つめる眼差しは氷柱のように冷たい。
マーティンは再び黙り込んでしまった。
ノアはそろそろ諦めてもらいたいものだなぁと思いながら、部屋の中に視線を巡らせた。どうにも緊張感が途切れてしまった。というより、マーティンの言葉をまともに聞いていたくなくなったのかもしれない。
ルーカスから不思議そうな眼差しを向けられて、少し気を引き締める。でも、すぐにノアの後ろで気配が動いたことに気づき、そっと視線を向けた。
「……あの、お茶をお淹れしても、よろしいですか?」
アダムの控えめな声に、ルーカスとサミュエルが珍しくきょとんとした表情になる。ここでアダムが口を挟むとは思っていなかったのだろう。
ノアは振り返り、微笑み掛けた。
「よろしくお願いします」
「はい」
嬉しそうな笑みを見せるアダムに、ノアの心が少し軽くなる。
ノアはアダムが唐突に提案してきた理由を察していた。ノアの疲労感に気づいたがゆえの気遣いである、と。雰囲気の悪いサミュエルやルーカスへの心ばかりの癒しの提供という意味合いもあるのかもしれない。
なにはともあれ、気分転換にはピッタリであるし、マーティンが口を開くのをただ待つよりもよほど有意義な提案だ。
「……ふふ、そうだね。少しお茶でも飲んで休憩しようか。みんな疲れているようだし」
気が抜けたようにサミュエルが同意をしたのは、ノアやアダムの心をきちんと読み取ったからだろう。ルーカスも苦笑しつつ肩をすくめて受け入れる。
緊迫していた空気は一転して和やかなものになった。取り残されて迷子のような表情をしているマーティンを除いて――。
ルーカスがサミュエルに視線を向け、どちらが話を主導するか尋ねると、サミュエルが小さくため息をついて口を開いた。サミュエルが継続してマーティンから話を聞きとるらしい。
(ルーカス殿下がお話になられた方が、手っ取り早い気がするけど……距離感の問題かな?)
ノアは、ルーカスがマーティンの相手をサミュエルに任せようとする態度に少し違和感を覚えた。でも、おそらくノアには関知しえない事情があるのだろうと思い、努めて気づかなかったふりをする。
国の一大事になりうる話の輪に参加していようと、ノアは自身が一貴族の子息でしかないことを重々承知していた。サミュエルのように国政に関わっていない以上、身をわきまえるべきなのだ。
他の貴族子息ならば、興味津々で首を突っ込みかねないけれど、ノアはその点非常に慎ましい性格だった。だからこそ、この場への同席が許されているとも言える。
アダムやハミルトンは、縁戚であるサミュエルの部下という立ち位置でこの場にいるという意味合いが強いので、それに比べるとやはりノアという存在は特別だ。
「――ノアは貴国の王族で有名なようですね?」
唐突に放たれた問いに、マーティンが息を飲んで固まる。どうやらマーティンにとって聞かれたくない話だったらしい。
(たぶん、僕の昔の騒動の話をすることで、誤魔化したかった部分だったのかな……)
ノアは若干冷めた気分で、マーティンの様子を眺めた。自分に関する話をされていることは分かっているけれど、なんだか現実味を感じられないのだ。自身の話をされているように思えない、と言った方が正しいかもしれない。
(――う~ん……偶像崇拝に近い? 僕を見ている気がしない?)
自身の感覚にあてはまる表現を探していると、ふとカールトン国の初代国王の配偶者の話が思い出された。それと同時に納得する。
(そうだ。マーティン殿下は僕のことをその初代国王の配偶者と重ねて見ていて、僕自身を見ていないんだ)
それに気づいてしまうと、マーティンのちぐはぐな態度を理解できるように思えた。
マーティンはノア自身を見ていないから、ノアがマーティンの言動で傷つくという当たり前の常識さえ思考の外に放ってしまっている。マーティンにとっては、ノアという存在は神が擬人化したものに近いのかもしれない。
(そう考えると、はなはだ迷惑な話だなぁ……)
ノアに対してなんらかの感情を抱いた上での行動であるのなら、ノアなりに飲み下すこともできる。でも、全くの他人、しかも神のような存在と重ねて考えられていたのなら、ノアはどうすることもできないではないか。ノアがたとえ怒ろうとも、マーティンがその怒りを理解できない可能性が高い。神は人に怒るなんて感情を抱かないのだから。
(あ、そうなると、サミュエル様が代わりに怒ってくださるのが、一番マーティン殿下にとってこたえることなのか。マーティン殿下はサミュエル様に憧れていたとしても、神のように捉えているわけではない)
ノアはマーティンへの認識を改め、サミュエルに対応を任せてしまおうと決めた。元々、サミュエルの方はそのつもりだっただろうから、ノアがわざわざ頼む必要もないことである。
そうして、ノアが結論づけたところで、ようやくマーティンが口を開いた。顔は青いままで、未だに決心できていないようだけれど、黙っていたところで救いはないと悟ったのだろう。
「……それは、かつての騒動――」
「ああ、そうではありません。あなたの国の歴史に関しての話です」
懲りもせず、失言を繰り返そうとするマーティンに、サミュエルがすかさず釘を刺した。表情は冷静に見えるけれど、マーティンを見つめる眼差しは氷柱のように冷たい。
マーティンは再び黙り込んでしまった。
ノアはそろそろ諦めてもらいたいものだなぁと思いながら、部屋の中に視線を巡らせた。どうにも緊張感が途切れてしまった。というより、マーティンの言葉をまともに聞いていたくなくなったのかもしれない。
ルーカスから不思議そうな眼差しを向けられて、少し気を引き締める。でも、すぐにノアの後ろで気配が動いたことに気づき、そっと視線を向けた。
「……あの、お茶をお淹れしても、よろしいですか?」
アダムの控えめな声に、ルーカスとサミュエルが珍しくきょとんとした表情になる。ここでアダムが口を挟むとは思っていなかったのだろう。
ノアは振り返り、微笑み掛けた。
「よろしくお願いします」
「はい」
嬉しそうな笑みを見せるアダムに、ノアの心が少し軽くなる。
ノアはアダムが唐突に提案してきた理由を察していた。ノアの疲労感に気づいたがゆえの気遣いである、と。雰囲気の悪いサミュエルやルーカスへの心ばかりの癒しの提供という意味合いもあるのかもしれない。
なにはともあれ、気分転換にはピッタリであるし、マーティンが口を開くのをただ待つよりもよほど有意義な提案だ。
「……ふふ、そうだね。少しお茶でも飲んで休憩しようか。みんな疲れているようだし」
気が抜けたようにサミュエルが同意をしたのは、ノアやアダムの心をきちんと読み取ったからだろう。ルーカスも苦笑しつつ肩をすくめて受け入れる。
緊迫していた空気は一転して和やかなものになった。取り残されて迷子のような表情をしているマーティンを除いて――。
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◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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