154 / 277
154.違和感②
しおりを挟む
「初めの違和感とおっしゃったのですから、他にも何か引っかかっておられることがあるのでしょう。とりあえず、話していただけますか?」
ノアと同様に、サミュエルも状況の把握を優先したのか、押し黙ったマーティンに話の続きを促す。依頼の体をとりながらも、ほぼ強制するような言い方だった。
マーティンはそんなサミュエルの居丈高とも称せる態度に複雑な眼差しを向ける。でも、既に反抗することも諦めたのか、ため息混じりに話し始めた。
「……そうだな。と言っても、次に違和感を覚えたのは、随分間が空いてからだ」
「いつですか」
「うーん……明確な日付は分からない。だが、俺がはっきりと違和感を意識したのは、サミュエルとライアン王子に関する騒動を聞いた時だ」
「……へぇ、なるほど。貴国にはどのように伝わったのですか?」
サミュエルは少し興味が湧いた様子で問いかける。でも、その口調は皮肉混じりで、あまり好意的な印象は受けない。
ノアはその態度を、何度も騒動の話を蒸し返されてきたことによる苛立ちだと受け取った。でも、すぐにそれは間違いだと悟る。サミュエルがその程度のことで苛立ちを露わにすることはないのだ。
「……サミュエルは愛妾を許容する度量がないようだ、と聞いたな」
「っ……それは、事実からかけ離れて――」
ノアは咄嗟に口を開いた。マーティンが言うのを躊躇った理由がよく分かるくらい、悪意を持って伝えられた情報だと思ったのだ。まるでサミュエルが悪いかのように言われて、ノアが嫌な気分になるのは仕方ない。
「分かっている。俺も自分で情報を集めて、サミュエルの方を咎めるのはおかしな話だと思ったし、憤りを抱いた。その情報を伝えてきた叔母上にも、な」
「……王妃、か」
マーティンが苦笑しながらもらした情報源に、ルーカスが苦々しい表情でため息をつく。ルーカスは自身の母親である王妃を敬称すら付けずに、蔑んだように呼び、頭が痛そうに額を押さえた。
「予想通りではありますね」
マーティンやルーカスと対照的に、サミュエルはあっさりとした態度で聞き流した。僅かに抱いたはずの苛立ちすら消し去り、思案気に首を傾げている。
(そういえば、グレイ公爵も王妃殿下には色々な思いがありそうだったな……。王妃殿下がカールトン国へ誤った情報を流している事実さえ分かれば、サミュエル様的には、それ以上関心を向ける必要のないことだったのかな……)
元々サミュエルは自他に対する関心が薄い。例外はノアだけである。だから、サミュエル自身の悪評となりうる情報があろうと、サミュエルにとっては今後手を打つべき対象を見定めるための判断基準の一つにしかなりえないのだろう。
その行動を起こす理由は、国や家の利益のためであり、貴族としての務めに則ったものでしかない。サミュエル自身の感情が、行動に反映されることはないのだ。
そんなサミュエルの在り方が、ノアは少し悲しい。もっと利己的に行動してもいいと思うのだ。
でも、そう思うのはノアだけで、他から見るとサミュエルは十分に我儘で利己的だと言われるのかもしれない。ノアに関することに対しては、サミュエルは非常に感情に忠実に行動することがあるから。
(――それも、サミュエル様の感情の一つではあるんだろうし、慈しんでもらえているのは嬉しいけど。でも、そうじゃなくて、もっと自分を大切にするって方向で、感情を優先してもらいたい。……結局はそれが僕を守ることに行きつくのだと言われそうだけど)
なんとも難しい問題である。サミュエルが唯一感情的になる相手がノアならば、ノアを守ることがサミュエルを守ることにも繋がっているとも言える。それはノアが真に望む状態ではないけれど、それがサミュエルの望みならば、ノアが否定することもできない。
(――うーん……まぁ、いいや。地道にサミュエル様に意識改革をしてもらう、のはなんだか本当に遠い道程な気がするけど、とりあえず当面は僕がサミュエル様を大切にすればいいということで。僕の力の限りでサミュエル様を守ればいいんだよね)
ある種の開き直りではあったけれど、とりあえず結論づけたノアは、話に意識を戻す。
完全に思考が寄り道していたことは自覚していたけれど、正直ノアにとってサミュエル以上に大切な存在はいないし、現在の話自体はノアが関与する必要もなさそうなものである。
「――王妃殿下についてはとりあえず置いておきましょう」
マーティンとルーカスの間でひたすら王妃に対しての愚痴が吐き出される状況は、サミュエルの声掛けでピタリと止まる。
その息の合い具合は、共通の敵を見出したからこそのように思えて、ノアは苦笑してしまった。王妃は今頃、あまりの悪口の多さにくしゃみでもしているのではないだろうか。
「それで、私とライアン大公の騒動について知って、マーティン殿下はどのような違和感を覚えたのですか?」
話を戻したサミュエルに、マーティンは難しい表情で腕を組む。
「違和感だから、明確な言葉にするのは難しい。だが、なんというか……『これで正しい』という思いと、『間違っている』という思いがせめぎ合っていて……頭がおかしくなりそうだった。……いや、既に頭がおかしかったのかもしれないが」
マーティンは口元に自嘲を滲ませ、大きくため息をついた。
ノアと同様に、サミュエルも状況の把握を優先したのか、押し黙ったマーティンに話の続きを促す。依頼の体をとりながらも、ほぼ強制するような言い方だった。
マーティンはそんなサミュエルの居丈高とも称せる態度に複雑な眼差しを向ける。でも、既に反抗することも諦めたのか、ため息混じりに話し始めた。
「……そうだな。と言っても、次に違和感を覚えたのは、随分間が空いてからだ」
「いつですか」
「うーん……明確な日付は分からない。だが、俺がはっきりと違和感を意識したのは、サミュエルとライアン王子に関する騒動を聞いた時だ」
「……へぇ、なるほど。貴国にはどのように伝わったのですか?」
サミュエルは少し興味が湧いた様子で問いかける。でも、その口調は皮肉混じりで、あまり好意的な印象は受けない。
ノアはその態度を、何度も騒動の話を蒸し返されてきたことによる苛立ちだと受け取った。でも、すぐにそれは間違いだと悟る。サミュエルがその程度のことで苛立ちを露わにすることはないのだ。
「……サミュエルは愛妾を許容する度量がないようだ、と聞いたな」
「っ……それは、事実からかけ離れて――」
ノアは咄嗟に口を開いた。マーティンが言うのを躊躇った理由がよく分かるくらい、悪意を持って伝えられた情報だと思ったのだ。まるでサミュエルが悪いかのように言われて、ノアが嫌な気分になるのは仕方ない。
「分かっている。俺も自分で情報を集めて、サミュエルの方を咎めるのはおかしな話だと思ったし、憤りを抱いた。その情報を伝えてきた叔母上にも、な」
「……王妃、か」
マーティンが苦笑しながらもらした情報源に、ルーカスが苦々しい表情でため息をつく。ルーカスは自身の母親である王妃を敬称すら付けずに、蔑んだように呼び、頭が痛そうに額を押さえた。
「予想通りではありますね」
マーティンやルーカスと対照的に、サミュエルはあっさりとした態度で聞き流した。僅かに抱いたはずの苛立ちすら消し去り、思案気に首を傾げている。
(そういえば、グレイ公爵も王妃殿下には色々な思いがありそうだったな……。王妃殿下がカールトン国へ誤った情報を流している事実さえ分かれば、サミュエル様的には、それ以上関心を向ける必要のないことだったのかな……)
元々サミュエルは自他に対する関心が薄い。例外はノアだけである。だから、サミュエル自身の悪評となりうる情報があろうと、サミュエルにとっては今後手を打つべき対象を見定めるための判断基準の一つにしかなりえないのだろう。
その行動を起こす理由は、国や家の利益のためであり、貴族としての務めに則ったものでしかない。サミュエル自身の感情が、行動に反映されることはないのだ。
そんなサミュエルの在り方が、ノアは少し悲しい。もっと利己的に行動してもいいと思うのだ。
でも、そう思うのはノアだけで、他から見るとサミュエルは十分に我儘で利己的だと言われるのかもしれない。ノアに関することに対しては、サミュエルは非常に感情に忠実に行動することがあるから。
(――それも、サミュエル様の感情の一つではあるんだろうし、慈しんでもらえているのは嬉しいけど。でも、そうじゃなくて、もっと自分を大切にするって方向で、感情を優先してもらいたい。……結局はそれが僕を守ることに行きつくのだと言われそうだけど)
なんとも難しい問題である。サミュエルが唯一感情的になる相手がノアならば、ノアを守ることがサミュエルを守ることにも繋がっているとも言える。それはノアが真に望む状態ではないけれど、それがサミュエルの望みならば、ノアが否定することもできない。
(――うーん……まぁ、いいや。地道にサミュエル様に意識改革をしてもらう、のはなんだか本当に遠い道程な気がするけど、とりあえず当面は僕がサミュエル様を大切にすればいいということで。僕の力の限りでサミュエル様を守ればいいんだよね)
ある種の開き直りではあったけれど、とりあえず結論づけたノアは、話に意識を戻す。
完全に思考が寄り道していたことは自覚していたけれど、正直ノアにとってサミュエル以上に大切な存在はいないし、現在の話自体はノアが関与する必要もなさそうなものである。
「――王妃殿下についてはとりあえず置いておきましょう」
マーティンとルーカスの間でひたすら王妃に対しての愚痴が吐き出される状況は、サミュエルの声掛けでピタリと止まる。
その息の合い具合は、共通の敵を見出したからこそのように思えて、ノアは苦笑してしまった。王妃は今頃、あまりの悪口の多さにくしゃみでもしているのではないだろうか。
「それで、私とライアン大公の騒動について知って、マーティン殿下はどのような違和感を覚えたのですか?」
話を戻したサミュエルに、マーティンは難しい表情で腕を組む。
「違和感だから、明確な言葉にするのは難しい。だが、なんというか……『これで正しい』という思いと、『間違っている』という思いがせめぎ合っていて……頭がおかしくなりそうだった。……いや、既に頭がおかしかったのかもしれないが」
マーティンは口元に自嘲を滲ませ、大きくため息をついた。
104
お気に入りに追加
4,641
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。
とうや
BL
【6/10最終話です】
「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」
王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。
あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?!
自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。
***********************
ATTENTION
***********************
※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。
※朝6時くらいに更新です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる