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153.違和感①
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「――初めに違和感を覚えたのは、サミュエルと顔を合わせた時だ」
「私ですか」
マーティンに見つめられたサミュエルは、違和感の心当たりがない様子で首を傾げる。
「ああ。あれは……叔母上が蟄居された後のことだったな。その事件の後処理のために、俺の国にグレイ公爵が来た時だからな」
「……そうですね。私は外交の勉強の一環として、父と共に貴国に赴きました。そこで殿下にお会いしたのは間違いありませんよ」
サミュエルの応えに間が開いたのは、ノアの様子を窺っていたからだ。ノアが被害にあった騒動を示唆されたことで、心的負担がないか心配になったのだろう。
ノアはその気遣いが嬉しくて、僅かに微笑んで頷く。かつての騒動はノアの心に傷を残しているけれど、この程度の話であれば問題はない。
サミュエルはノアの様子に安心したように微笑みを返し、視線をマーティンへ戻した。
二人の様子を見ていたマーティンの表情には、少し後悔の色が滲んでいる。ノアの前で出す話題ではなかったと、今更気づいたのだろう。謝罪の言葉を探すように視線を彷徨わせるも、相応しい言葉が見つからない様子だ。
ノアとしては、「すまなかった」の一言でも十分だと思うけれど、王族として生きてきたマーティンにとっては難しいことなのだろうか。同じ王族であるルーカスが人としてノアの常識から外れていないことを思うと、国や文化の違い、あるいは育ちの問題なのかもしれない。
今は追及するような話ではないけれど、完全に無視できるものでもなかった。なにせ、カールトン国とこれまで通りに親しい交流が続くとすれば、価値観の違いは今後国家間の関係にひびを入れる原因になりかねないのだから。
「……その時、サミュエルを一目見た瞬間に、俺は『違う』と思ったんだ」
結局、何事もなかったかのように、マーティンは話を進めた。サミュエルやルーカスは少し不満そうだけれど、ノア同様場をわきまえて静聴の構えだ。
「――俺が知っているサミュエルではない。そう思った。……おかしな話だろう?」
マーティンは自嘲するような表情で言葉を吐き捨てる。
ノアは話の意味が分からず困惑したけれど、サミュエルとルーカスは何かに思い至った様子で、一瞬視線を合わせて硬い表情だった。
「……そうですね。初対面なわけですから。それとも、殿下は私と対面する以前に、私のことを知っていただけていたのでしょうか?」
「いや、知らなかった。正直、その頃は興味がなかったからな。俺は王家のいらない子だったし、俺自身がサミュエルと縁づく可能性もなかったし」
サミュエルが尋ねると、マーティンは思いがけない返答をした。『王家のいらない子』という言葉は、ノアは初耳である。でも、マーティンは幼少期、第四王子にいじめられても何もやりかえせなかったくらい立場の弱かった第三王子だ。そのような言葉で自称してもおかしくないのかもしれない。
それよりも今気にすべきなのは、マーティンがサミュエルのことを知らなかったにも関わらず、初対面のサミュエルに違和感を覚えた理由である。
ノアは突如として湧いてきたある疑惑に、マーティンを凝視してしまった。おそらくサミュエルやルーカス、それに加えてもしかしたらハミルトンも、ノアと同じ疑惑を抱いているだろう。
「――だから、本当に、何故違和感を覚えたのか分からないんだ。まぁ、ただ単に猫をかぶっている態度が気に掛っただけだったのかもしれないが」
「そうおっしゃられるほど、猫をかぶっていた記憶はありませんが」
「そうか? だいぶカールトン国に対して憤りを抱いていただろうに、それを隠して愛想よく対応していただろう?」
「それは私に限らず、ですよ。他の者たちにも同じような違和感を覚えたのですか?」
「……いや、違うな。サミュエルだけだ」
一度揶揄するようにサミュエルを見やったマーティンは、素気無く返されてすぐに表情を改める。今がふざける状況ではないと分かったようだ。
「――まぁ、それが、俺が抱いた最初の違和感だ。ちなみに、さっきも言った通り、その理由は今も分からない」
どこか困惑した表情でマーティンはため息をつく。少なくとも、その発言に嘘はなさそうに見えた。
ノアはサミュエルに視線を向ける。その表情はいつも通り穏やかで冷静に見えるけれど、サミュエルもマーティンの有り様を測りかねている様子だった。
再びマーティンの方に視線を戻し、ノアは首を傾げる。ノアが抱いた疑惑は半分否定されたようなもので、マーティンと同様にノアも密かに困惑していた。
(アシェルさんやルーカス殿下たちのように、マーティン殿下も前世の記憶があって、ゲーム知識との齟齬を感じているのかと思ったけれど、なんだか違う感じ……? うーん、どういうことなんだろう……)
頭を悩ませたところで答えは見つからず、ノアはため息をついて思考を切り替える。
分からないならば仕方ない。今はもう少しマーティンの話を聞く必要があるのだろう。
「私ですか」
マーティンに見つめられたサミュエルは、違和感の心当たりがない様子で首を傾げる。
「ああ。あれは……叔母上が蟄居された後のことだったな。その事件の後処理のために、俺の国にグレイ公爵が来た時だからな」
「……そうですね。私は外交の勉強の一環として、父と共に貴国に赴きました。そこで殿下にお会いしたのは間違いありませんよ」
サミュエルの応えに間が開いたのは、ノアの様子を窺っていたからだ。ノアが被害にあった騒動を示唆されたことで、心的負担がないか心配になったのだろう。
ノアはその気遣いが嬉しくて、僅かに微笑んで頷く。かつての騒動はノアの心に傷を残しているけれど、この程度の話であれば問題はない。
サミュエルはノアの様子に安心したように微笑みを返し、視線をマーティンへ戻した。
二人の様子を見ていたマーティンの表情には、少し後悔の色が滲んでいる。ノアの前で出す話題ではなかったと、今更気づいたのだろう。謝罪の言葉を探すように視線を彷徨わせるも、相応しい言葉が見つからない様子だ。
ノアとしては、「すまなかった」の一言でも十分だと思うけれど、王族として生きてきたマーティンにとっては難しいことなのだろうか。同じ王族であるルーカスが人としてノアの常識から外れていないことを思うと、国や文化の違い、あるいは育ちの問題なのかもしれない。
今は追及するような話ではないけれど、完全に無視できるものでもなかった。なにせ、カールトン国とこれまで通りに親しい交流が続くとすれば、価値観の違いは今後国家間の関係にひびを入れる原因になりかねないのだから。
「……その時、サミュエルを一目見た瞬間に、俺は『違う』と思ったんだ」
結局、何事もなかったかのように、マーティンは話を進めた。サミュエルやルーカスは少し不満そうだけれど、ノア同様場をわきまえて静聴の構えだ。
「――俺が知っているサミュエルではない。そう思った。……おかしな話だろう?」
マーティンは自嘲するような表情で言葉を吐き捨てる。
ノアは話の意味が分からず困惑したけれど、サミュエルとルーカスは何かに思い至った様子で、一瞬視線を合わせて硬い表情だった。
「……そうですね。初対面なわけですから。それとも、殿下は私と対面する以前に、私のことを知っていただけていたのでしょうか?」
「いや、知らなかった。正直、その頃は興味がなかったからな。俺は王家のいらない子だったし、俺自身がサミュエルと縁づく可能性もなかったし」
サミュエルが尋ねると、マーティンは思いがけない返答をした。『王家のいらない子』という言葉は、ノアは初耳である。でも、マーティンは幼少期、第四王子にいじめられても何もやりかえせなかったくらい立場の弱かった第三王子だ。そのような言葉で自称してもおかしくないのかもしれない。
それよりも今気にすべきなのは、マーティンがサミュエルのことを知らなかったにも関わらず、初対面のサミュエルに違和感を覚えた理由である。
ノアは突如として湧いてきたある疑惑に、マーティンを凝視してしまった。おそらくサミュエルやルーカス、それに加えてもしかしたらハミルトンも、ノアと同じ疑惑を抱いているだろう。
「――だから、本当に、何故違和感を覚えたのか分からないんだ。まぁ、ただ単に猫をかぶっている態度が気に掛っただけだったのかもしれないが」
「そうおっしゃられるほど、猫をかぶっていた記憶はありませんが」
「そうか? だいぶカールトン国に対して憤りを抱いていただろうに、それを隠して愛想よく対応していただろう?」
「それは私に限らず、ですよ。他の者たちにも同じような違和感を覚えたのですか?」
「……いや、違うな。サミュエルだけだ」
一度揶揄するようにサミュエルを見やったマーティンは、素気無く返されてすぐに表情を改める。今がふざける状況ではないと分かったようだ。
「――まぁ、それが、俺が抱いた最初の違和感だ。ちなみに、さっきも言った通り、その理由は今も分からない」
どこか困惑した表情でマーティンはため息をつく。少なくとも、その発言に嘘はなさそうに見えた。
ノアはサミュエルに視線を向ける。その表情はいつも通り穏やかで冷静に見えるけれど、サミュエルもマーティンの有り様を測りかねている様子だった。
再びマーティンの方に視線を戻し、ノアは首を傾げる。ノアが抱いた疑惑は半分否定されたようなもので、マーティンと同様にノアも密かに困惑していた。
(アシェルさんやルーカス殿下たちのように、マーティン殿下も前世の記憶があって、ゲーム知識との齟齬を感じているのかと思ったけれど、なんだか違う感じ……? うーん、どういうことなんだろう……)
頭を悩ませたところで答えは見つからず、ノアはため息をついて思考を切り替える。
分からないならば仕方ない。今はもう少しマーティンの話を聞く必要があるのだろう。
104
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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