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152.続く追及
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いかんともしがたい問題点を突き付けられた気分で沈黙してしまった空気を、サミュエルが破る。
「王族の影響力の問題はさておき」
「おい、簡単に脇に退けるな」
サミュエルは微笑み、ジトッとした目でルーカスに睨まれても意に介した様子を見せない。
「今話すことではないでしょう?」
「……そうだが、少しは殊勝な態度で、王族を立てるつもりはないのか?」
呆れた様子でルーカスが呟くも、本気で咎めるつもりはなさそうだ。それはグレイ公爵家の力に尻込みしているというわけではなく、サミュエルを信頼しているが故の態度に思えた。
「そんな不遜なことはしませんよ。私がそのようなことをしなくとも、王族が王族であることに変わりはありません」
王族は代わりの効く存在であるというマーティンの言葉を真っ向から否定する言葉だった。
ノアはサミュエルを見上げて、目を瞬かせる。サミュエルの表情に、少し怒りが滲んでいるように思えるのは見間違いではないだろう。
(……あぁ、そうか。サミュエル様は、王族を形ばかりで敬っているわけではなくて、元からきちんと尊重しているんだ。だから、ルーカス殿下もサミュエル様を信頼しているんだ)
グレイ公爵家は王族の存在意義をきちんと認めている。多くの貴族や他国の王族が、グレイ公爵家こそ国を率いるに相応しい存在として見なしていたとしても、グレイ公爵家自身がそれを認めない。
不思議な関係性だと思う。この国の貴族であるノアがそう思うくらいなのだから、他国の王族であるマーティンはなおさら理解できないのだろう。顔を顰めつつ、不可解そうに首を傾げるマーティンを見て、ノアは少し共感した。
「――話を戻します。カールトン国の思惑は理解しました。我が国を混乱に陥れ、国力を落とし、カールトン国からの介入をしやすくしようとした、ということですね。確かに国内が荒れれば、カールトン国に旨味もあるでしょうが……浅はかですね」
「そうだな」
「その手段にアダム殿やハミルトン殿を利用しようとするところが、さらに愚かです。そう簡単に利用できると思ったのでしょうか」
「……あぁ、まぁ、サミュエルの怒りは分かるから、言葉の棘は控えてくれないか?」
冷たい声音で断じるサミュエルを、マーティンが困りきった表情で見つめた。でも、自国が打ち出した方針をこき下ろされても否定しないくらいには、マーティンも嫌気がさしているらしい。
「分かりました。その行動の責任はきっちりと、カールトン国に負ってもらいますが」
「……友好関係にひびを入れてほしくはないんだが」
「それを望める立場だと思っているのですか?」
心底不思議そうに問われて、マーティンは口ごもる。マーティンだって、自覚はあるのだろう。既に友好関係なんてものは風前の灯火に等しく、その原因となったのは、カールトン国の思惑なのだと。
「……それでも、頼みたい。できる限り、国交を続けてもらいたいんだ。断絶となれば、困るのは民なのだと分かるだろう?」
民を盾にして自分たちの行動を棚に上げようとしているとしか思えない発言だった。
ノアは眉を寄せて、密かにため息をつく。マーティンはカールトン国の思惑がどうこうと話し、自身はそれにできるだけ抗っていたのだと弁明して、サミュエルたちから同情をかおうとしているのだろう。それにより、自国や自身に対する被害を軽減させるために。
マーティンは、実際に騒動に振り回されたノアたちの感情を置き去りにして、自分たちのことしか考えていない。
(……なんともまぁ、傲慢な方だな。その自覚もないというのが、どうしようもない……)
ルーカスやサミュエルが、ノアと同じように感じたかは分からない。でも、マーティンに対して拒絶するような笑みを向けているのが、二人の答えだと思った。
「最終的な判断にはまだ早いですね。まずは全ての事実を明らかにしなくては」
「……まだ、何か聞くことがあるのか?」
本気なのか、はぐらかしているのか。首を傾げるマーティンから、ノアは視線を逸らした。
「ええ。先ほどの話は、マーティン殿下がアダム殿に接触した直接的な理由でしょう? 殿下ご自身には、他に理由があるのではないですか?」
サミュエルが尋ねると、マーティンは表情を凍り付かせた。聞かれたくないことを聞かれたかのように。
「……いや、そんなものは――」
「全て誠実にお話いただけるのですよね?」
口先で誤魔化そうとするマーティンを許さず、サミュエルが念を押す。マーティンはグッと唇を噛んで、迷った様子で口を閉ざした。
「――少し不思議に思っていたことがあります」
沈黙を破って再び話を切り出したのはサミュエルで、マーティンは警戒心が強く窺える眼差しをサミュエルに向ける。
「カールトン国の思惑に反するためとはいえ、マーティン殿下の行動には矛盾が多すぎます。アダム殿に執着しすぎているのですよ。ノアに対しての行動も、理解しがたいものが多い。一体何を考えてそのような行動をしていたのですか?」
「それは――」
静かな眼差しを向けるサミュエルに対し、マーティンは苦しそうに顔を歪め俯く。
再び沈黙が流れる。今度は誰も口を開くことはなく、マーティンが答える時を待っていた。
暫くして、マーティンは大きくため息をついて、顔を上げる。
「……どうにも違和感がつきまとうんだ。この世界はどこかで正しい道から外れてしまったと感じる……」
あまりに理解ができない言葉に、ノアは首を傾げる。サミュエルは静かに手を翻して説明の続きを促した。
「王族の影響力の問題はさておき」
「おい、簡単に脇に退けるな」
サミュエルは微笑み、ジトッとした目でルーカスに睨まれても意に介した様子を見せない。
「今話すことではないでしょう?」
「……そうだが、少しは殊勝な態度で、王族を立てるつもりはないのか?」
呆れた様子でルーカスが呟くも、本気で咎めるつもりはなさそうだ。それはグレイ公爵家の力に尻込みしているというわけではなく、サミュエルを信頼しているが故の態度に思えた。
「そんな不遜なことはしませんよ。私がそのようなことをしなくとも、王族が王族であることに変わりはありません」
王族は代わりの効く存在であるというマーティンの言葉を真っ向から否定する言葉だった。
ノアはサミュエルを見上げて、目を瞬かせる。サミュエルの表情に、少し怒りが滲んでいるように思えるのは見間違いではないだろう。
(……あぁ、そうか。サミュエル様は、王族を形ばかりで敬っているわけではなくて、元からきちんと尊重しているんだ。だから、ルーカス殿下もサミュエル様を信頼しているんだ)
グレイ公爵家は王族の存在意義をきちんと認めている。多くの貴族や他国の王族が、グレイ公爵家こそ国を率いるに相応しい存在として見なしていたとしても、グレイ公爵家自身がそれを認めない。
不思議な関係性だと思う。この国の貴族であるノアがそう思うくらいなのだから、他国の王族であるマーティンはなおさら理解できないのだろう。顔を顰めつつ、不可解そうに首を傾げるマーティンを見て、ノアは少し共感した。
「――話を戻します。カールトン国の思惑は理解しました。我が国を混乱に陥れ、国力を落とし、カールトン国からの介入をしやすくしようとした、ということですね。確かに国内が荒れれば、カールトン国に旨味もあるでしょうが……浅はかですね」
「そうだな」
「その手段にアダム殿やハミルトン殿を利用しようとするところが、さらに愚かです。そう簡単に利用できると思ったのでしょうか」
「……あぁ、まぁ、サミュエルの怒りは分かるから、言葉の棘は控えてくれないか?」
冷たい声音で断じるサミュエルを、マーティンが困りきった表情で見つめた。でも、自国が打ち出した方針をこき下ろされても否定しないくらいには、マーティンも嫌気がさしているらしい。
「分かりました。その行動の責任はきっちりと、カールトン国に負ってもらいますが」
「……友好関係にひびを入れてほしくはないんだが」
「それを望める立場だと思っているのですか?」
心底不思議そうに問われて、マーティンは口ごもる。マーティンだって、自覚はあるのだろう。既に友好関係なんてものは風前の灯火に等しく、その原因となったのは、カールトン国の思惑なのだと。
「……それでも、頼みたい。できる限り、国交を続けてもらいたいんだ。断絶となれば、困るのは民なのだと分かるだろう?」
民を盾にして自分たちの行動を棚に上げようとしているとしか思えない発言だった。
ノアは眉を寄せて、密かにため息をつく。マーティンはカールトン国の思惑がどうこうと話し、自身はそれにできるだけ抗っていたのだと弁明して、サミュエルたちから同情をかおうとしているのだろう。それにより、自国や自身に対する被害を軽減させるために。
マーティンは、実際に騒動に振り回されたノアたちの感情を置き去りにして、自分たちのことしか考えていない。
(……なんともまぁ、傲慢な方だな。その自覚もないというのが、どうしようもない……)
ルーカスやサミュエルが、ノアと同じように感じたかは分からない。でも、マーティンに対して拒絶するような笑みを向けているのが、二人の答えだと思った。
「最終的な判断にはまだ早いですね。まずは全ての事実を明らかにしなくては」
「……まだ、何か聞くことがあるのか?」
本気なのか、はぐらかしているのか。首を傾げるマーティンから、ノアは視線を逸らした。
「ええ。先ほどの話は、マーティン殿下がアダム殿に接触した直接的な理由でしょう? 殿下ご自身には、他に理由があるのではないですか?」
サミュエルが尋ねると、マーティンは表情を凍り付かせた。聞かれたくないことを聞かれたかのように。
「……いや、そんなものは――」
「全て誠実にお話いただけるのですよね?」
口先で誤魔化そうとするマーティンを許さず、サミュエルが念を押す。マーティンはグッと唇を噛んで、迷った様子で口を閉ざした。
「――少し不思議に思っていたことがあります」
沈黙を破って再び話を切り出したのはサミュエルで、マーティンは警戒心が強く窺える眼差しをサミュエルに向ける。
「カールトン国の思惑に反するためとはいえ、マーティン殿下の行動には矛盾が多すぎます。アダム殿に執着しすぎているのですよ。ノアに対しての行動も、理解しがたいものが多い。一体何を考えてそのような行動をしていたのですか?」
「それは――」
静かな眼差しを向けるサミュエルに対し、マーティンは苦しそうに顔を歪め俯く。
再び沈黙が流れる。今度は誰も口を開くことはなく、マーティンが答える時を待っていた。
暫くして、マーティンは大きくため息をついて、顔を上げる。
「……どうにも違和感がつきまとうんだ。この世界はどこかで正しい道から外れてしまったと感じる……」
あまりに理解ができない言葉に、ノアは首を傾げる。サミュエルは静かに手を翻して説明の続きを促した。
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