内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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151.根底にある問題

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「――次の質問に移ります」
「……ああ、もう、なんでも聞いてくれ」

 マーティンはサミュエルの様子を窺いながらも、諦めたように答える。内心で、どういう対応をされるのかと、怯えているようにも見えた。

「そもそも、殿下がアダム殿にこだわる理由はなんなのですか?」

 問題の核心に迫る問いに、全員の視線がマーティンに集まる。
 マーティンは少したじろいだ様子で、視線をテーブルに落とした。

「理由。……理由、かぁ……。さて、なんと言うべきか……」

 口籠もる様子に、すぐさま前言撤回するつもりかと疑うも、どうやらそうではなさそうだ。
 マーティンはひたすら困惑した表情を浮かべている。

(もしかして、明確な理由とか目的はなかった、とか……? いや、そんなはずは……)

 これだけの状態にまでなっておきながら、ただ享楽の一環であったなんてことは、さすがのマーティンでもありえないはずだ。ノアはそう信じて、静かに答えを待った。

「――……直接的な理由は、国からの指示だ」

 長い沈黙の末に放たれた言葉には何の意外性もなく、ノアはすんなりと受け入れられた。

「カールトン国が何を目的として、アダム殿に近づくよう指示を出したというのですか?」

 サミュエルも知っている事実を確認するように尋ねる。それに対してマーティンが「サミュエルは知っているのだろう?」と言って苦笑しつつも、説明を続けた。

「この国への影響力を強めるためだ。ライアン王子が王族から除籍されたことで、カールトン国は危機感を覚えた。ライアン王子はカールトン国に縁深い血筋だったからな」

 ノアはその説明を聞いて疑問が浮かんだ。
 ライアンはカールトン国の王族の血をひいている。でも、それは第二王子であるルーカスも同じだ。ライアンが王族から除籍されたところで、次の王になるのはルーカスなのだから、カールトン国との縁の深さは変わらないはず。それなのに、なぜ両国間で諍いが生じかねないような行動をとる必要があるのか。

(……あれ? ライアン大公閣下の母親は王妃殿下で間違いないけど、じゃあ、父親は誰……?)

 王妃の不貞の末に生まれたと噂されるライアン。では、その不貞の相手は誰だったのか。それが今、問題となっている気がした。マーティンの説明を信じれば、ライアンはルーカスよりもカールトン国の血が濃い、ということになる。

 顔を顰めて考え込むノアをよそに、マーティンはぽつりと結論を口にする。

「――アダム殿を通して、ハミルトン殿を動かし、騒動を起こしてこの国の国力を落とすことが、カールトン国の目的だった」
「国力を落とす、ですか。友好関係にある国に対して行うようなことではありませんね」
「そうだな。俺もそう思う。国家間の交渉を有利にするためだったんだろう」

 動揺を一切見せずに、呆れたように呟くサミュエルに対し、マーティンも草臥れた雰囲気で言葉を吐き捨てる。その様子には自身の国への不信感が滲んでいるように思えた。

 それを見て、ノアはようやくマーティンの行動の意味が少し分かった気がする。
 マーティンはサミュエルほどではなくとも、それなりに優秀な人物のはずだ。それにも関わらず行動はどこか杜撰で、まるでノアたちに止められるのを待っていたかのようだった。

「殿下自身は、カールトン国の意思に同意しておられないということでよろしいですか?」

 元からマーティンの意思を知っていたのか、サミュエルはただ静かに確認した。その様子をマーティンが意外そうに見つめても、サミュエルは穏やかに笑んで首を傾げるだけである。

「……あぁ、そうだな。信じてくれるか分からんが。というか、もしかして、元から知っていたか?」
「カールトン国から指示されたことの大半を断り、あるいは中途半端に実行していたことは存じ上げていますよ」
「……そうか」

 サミュエルの答えにマーティンは少しホッとした様子で頷く。張り詰めていた雰囲気が少し和らいだように見えた。

 ノアはその様子を見ながら、婚約披露パーティーの後で話したことを思い出す。確かあの時も、サミュエルはマーティンがカールトン国の指示に従っていない部分があると報告していた。
 サミュエルにとっては、今話していることの全ては既に知っていることであり、確認しているに過ぎないのかもしれない。

「――俺はこの国を、得難い友好国だと思っている。長い時を掛けて交流してきて、今がある。この縁を容易く切ることは、後顧の憂いになりえよう」
「そのわりには、殿下はこの国の王族にあまり良い印象がないようでしたが」

 僅かに王族らしい威厳を取り戻して告げたマーティンに対して、サミュエルが皮肉るように呟いて笑う。すると、マーティンの表情が情けなさそうに歪んだ。

「……それは、お前のせいだろう。お前が、王族に屈したのかと……。元々、王族に対して好意はなかった。俺が重視しているのは、王族ではなくグレイ公爵家だ。王族なんていくらでも代えの効く存在だろう」

 ノアは思わずルーカスの顔を窺った。マーティンの発言は王族よりも貴族を上に見ていると言ったも同然で、王族の面子を潰す発言である。

 王族に屈したとかの話は、おそらくサミュエルの婚約解消を巡る騒動に関しての誤解で、既に解決しているものだと思う。それでもなお、マーティンが王族を見下げている理由は分からない。でも、ノアは貴族として、その発言を許容してはならない。王族であるルーカスならば、なおさら聞き流してはいけない言葉だろう。

 ルーカスは僅かに顔を顰めると、大きくため息をついた。

「本音は隠してほしいものだな」
「……失礼した。だが、これは我が国だけの意見ではないだろう。ルーカス殿下もご存知のことだろうが」

 一応の謝罪も、後に付け足された言葉で台無しだった。
 でも、ノアもその言葉を強く否定できないことには気づいている。この国はあまりにも王族の求心力が下がってしまった。それはライアンの騒動が起きるより前からのことで、なかなか改善が難しい状態なのだ。
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