内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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148.立場を明確に

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 ノアたちが向かったのは学園内の応接室。基本的には生徒は近づかない上に、教師に声を掛ければ借りるのが簡単だ。
 手続きをしてくれたのはサミュエルにメモを持ってきた教師で、彼は何も言わずに応接室を開け、すぐに立ち去った。

 思い返せば、ライアンと話をしたのもこの部屋だった。ノアは不思議な感慨を抱きながら部屋を見渡し、サミュエルの隣に腰かける。

「――さて、話してもらいましょうか」

 サミュエルが威圧感のある笑みを浮かべながら、向かい側に座るマーティンを見据える。ノアの背後で身動ぎする気配がした。
 ハミルトンとアダムが、地位の関係でノアたちの背後に立って控えているのだ。二人は最初、話し合いに参加することさえ遠慮していたけれど、サミュエルに要請されてこの場にいる。

「そうだな……。何から話せばいいか……」

 マーティンは観念した様子で話し合いを受け入れたようだけれど、その口は重い。ノアをチラチラと見てくるので、正直あまり良い気がしなかった。話の主導権を握っているのはサミュエルなのだから、そちらに集中してもらいたい。

 サミュエルもマーティンの態度に嫌気がさしているのか、大きなため息が聞こえた。横を窺うと、サミュエルは上座で傍観の構えをとっているルーカスと視線を合わせ、何か無言でやり取りをしている様子だ。

「……では、こちらから質問するので、答えていただけますか。もちろん、正直に誠実にお答えいただけるのでしょう?」

 サミュエルの提案に、マーティンの眉がピクリと動く。一瞬、マーティンの目に苛立ちが滲んだ気がした。すぐに消えたので、ノアの見間違いかもしれないけれど。

「……できるだけ、答える努力はしよう。だが、俺はカールトン国の王子であり、その立場上答えることができないこともある」
「いいでしょう。答えていただけない部分は、こちら側で勝手に解釈いたしますので」

 マーティンは後ろ向きに答えを返すものの、サミュエルがすぐに受け入れた上に牽制したことで、口を閉ざした。王族らしく、表情からは何を考えているかは分からない。でも、サミュエルとルーカスを忙しなく窺う様子は、自分の立場の悪さを自覚しているようだった。

(普通に、国交上の問題になってもおかしくないもんなぁ……。というか、サミュエル様は既にその方向で進めるつもりな気がする……)

 ノアは再びサミュエルの顔を窺ってから視線を落とした。
 前々から、マーティンの言動は非常に危うい綱渡り状態だった。一歩間違えば、国家間に亀裂を入れかねない言動を好んで行っていたように感じる。

 それは享楽主義が高じて、日常に刺激を求めたからなのか、それとも別の理由があるのかは、現状ではまだ分からない。でも、そろそろマーティンが自身の言動の責任をとるべき時期に来ているのは間違いなかった。

(もしかしたら、サミュエル様はマーティン殿下が致命的なミスを犯すのを待っていた……? 前に話していた時に、マーティン殿下がしていることは、罪に問いにくいと言っていたし……)

 ノアの脳裏に、婚約披露パーティー後にランドロフ侯爵家・グレイ公爵家が揃って行われた話し合いの様子が浮かんだ。
 あの時から、サミュエルはこうなることを予測していたのだろうか。

「……勝手に解釈というのも、いささか乱暴な話ではないか? 折角こうしてゆっくり話す機会ができたのだから、誤解が生まれないよう言葉を尽くして向かい合うべきだと思うが」

 マーティンの言葉は、自分を棚に上げてこちら側にばかり理解を求めているように感じられた。
 ノアは思わず眉を顰める。マーティンのフランクな態度の裏側に、傲慢な王族としての姿が見え隠れしているのを感じ取り、少し不快感を覚えたのだ。

「何をおっしゃいますか。言葉で向き合うことに消極的なのは、マーティン殿下の方ではないですか。私はいつだって、誠意をもって殿下に向き合っているつもりですよ」
「……そうか。それは、失礼した。……俺も、誠意をもって話すと約束しよう」

 サミュエルは冷静に指摘した上で、妥協する気はないのだと言外に伝える態度をとった。
 暫く沈黙した後で、根負けしたのはマーティンの方だ。元々、マーティンの悪しき行動により、この話し合いは開かれることになったのだ。誠意を約束しなければ、話し合いに臨むことはできない。そういう状況に、サミュエルが追い込んだのである。

 この約束をした時点で、マーティンはサミュエルたちの軍門に降ったも同然だった。簡単な言い逃れは許されず、サミュエルから向けられる質問に誠意をもって答えることでしか、自身の失態を挽回することはできない。

(なんというか、やっぱりサミュエル様は、こういう交渉の場で、自分の立場を確保するのが上手いんだなぁ。僕も見習わないと……)

 ノアは場違いだと分かりながらも、そんな感想を抱く。サミュエルに任せれば、全て上手くいくような気がして、少し緊張感が欠けてしまったのだ。

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