内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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147.解決への糸口

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 ノアの態度にさらに言い訳を重ねようとするマーティンを抑えるように、サミュエルがノアの前に立つ。一瞬見えた横顔には、マーティンへの軽蔑が滲んでいるようだった。

「殿下とミルトン伯爵令息の関係については、相手にも聞き取った上で判断させていただきます」
「いや、本当に、俺は、何も――」
「落ち着いてください、殿下」

 マーティンは予想以上の動揺を見せていた。サミュエルの声音にも少し不審そうな雰囲気が漂う。
 ノアはサミュエルの背からマーティンを窺ってみた。

(いつもの余裕がない……。そんなに誤解されるのが嫌だったのかな? でも、アダムさんに知られても、別に構わない感じだったのに……)

 必死ささえ漂わせ潔白を主張しようとするマーティンの視線が、ノアを捉える。マーティンは目を見開くと、勢いよくノアに近づいてきた。
 ノアは思わずサミュエルの背を掴み、背後に隠れて目をギュッと瞑る。マーティンの様子に恐怖を感じてしまったのだ。

「マーティン殿下、そのように近づかれては、ノアが怖がります」
「いや、怖がらせるつもりは……! ただ、俺の話を……」

 サミュエルが止めてくれているようで、マーティンが立ち止まる。でも、鬼気迫った雰囲気は変わらず、ノアは恐る恐る目を開けて様子を窺った。

「マーティン殿下、一旦落ち着いてくれ。それ以上の暴挙は許容しかねる」

 静かな口調ながら、威厳のある声音が響いた。ルーカスだ。いつの間にか、ノアの傍に立ち、サミュエルと共にマーティンを睥睨しているようだ。
 マーティンの声がピタリと止まり、辺りが静まり返った。

「……失礼した」

 苦々しい口調でマーティンが呟く。少し距離をとってくれたようなので、ノアはホッと息をついた。同時にそんな自分に疑問も感じた。

 マーティンの態度は鬼気迫るものだったけれど、どうしてこれほどまでに怖くなったのか。王族から逃げるなんて非礼は、普段のノアならば絶対にしなかっただろう。いくら社交が苦手だといっても、そのくらいの常識はある。

 そして、サミュエルとルーカスが自分を守ってくれると分かり、マーティンが離れたことで抱いた安堵感は、あまりに大きなものだった。正直、落ち着いて考えると過剰である。

(……これは、もしかして、トラウマのせい……?)

 ノアは失った記憶と得たトラウマが脳裏に過る。
 かつてのカールトン国の王女がどのようにノアに迫って来たかはほとんど覚えていないけれど、今のマーティンのように鬼気迫る様子だったのではないかと思った。

「――申し訳ありません。私が余計なことを言ったばかりに……」
「いや、アダム殿に非はない。ただ、君が知っていることを報告してくれただけだろう」

 アダムの謝罪に、サミュエルが穏やかな声で返す。ノアがちらりと視線を向けると、申し訳なさそうに眉を下げ、アダムがノアを見つめていた。
 ノアは頑張って微笑みを作る。アダムが謝る必要はないのだと示すように。

 アダムは少しホッとした様子で微笑みを返し、ハミルトンに寄り添うようにして、マーティンに視線を向ける。ハミルトンはノアに感謝の意を示すように微笑んだ。

「――それよりも、マーティン殿下。貴方はいったい何をなさりたいのですか」
「何を、か……」

 ノアたちのやり取りをよそに、サミュエルは核心に切り込むように問いを投げかけていた。答えるマーティンの声に力がない。落ち着いたはずだけれど、いつも通りのマーティンに戻ったというわけではないようだ。

 サミュエルの背後からおそるおそるマーティンを窺う。マーティンは地面に視線を落とし、沈んだ雰囲気だった。何かを悔やむように口を引き結び、ギュッと拳を握りしめている。
 その様子には、ノアが恐れるような気配を感じられなかった。

「――何をしたいんだろうなぁ……」

 ポツリと呟き、マーティンが視線を上げる。ノアを捉えた視線はすぐに逸らされ、空を見つめていた。

「場所を移しましょう。ここは人目がないとも限りませんから」

 サミュエルが沈黙を破るように提案をする。確かにここは校舎からさほど離れていない庭で、内密の話をするには相応しくない。サミュエルが騒ぐ者たちへの解散を呼びかけた言葉は、そのまま人払いの依頼でもあったけれど、誰しもがそれを守るとは限らないのだ。

(……あ。あれは、騎士の……)

 サミュエルの言葉に促されるように周囲を眺めたノアの目が捉えたのは、見慣れた制服だった。学園の警備を行う騎士のものである。
 彼らにも人払いの指示が有効なのか近づいてくることはないけれど、確かにこの状態で内密の話をするわけにはいかないだろう。

「――そろそろ、話していただけますよね? 私たちは散々あなたに迷惑を掛けられたのですから」

 皮肉るような言葉を付け足すサミュエルを、マーティンが苦々しい表情で見つめた。でも、その目がノアを捉え、気づいたノアがビクッと身体を震わすのを見ると、悔いた表情に変わる。

「……ああ、話そう。それが、俺の贖罪となるかは分からんが」

 ポツリと呟くマーティンはどこか寂しさそうだ。
 ノアはその様子が気にかかりながらも、長く続いた心配ごとが片づく気配を感じて、ホッと安堵した。

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