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142.四つのおまじない
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日々は移り変わるもの。
婚約を公表して暫くはノアの周囲は騒がしかったけれど、興奮が収まればまた適度に気遣われる日常が戻ってくる。サミュエルの行動によって、歓声が上がるのも日常になってしまったのは、少々悩みの種ではあるけれど。
「んー……これはもう読んだから――」
ノアはサミュエルがルーカスの元に向かってから、学園の図書室を訪れていた。暫く忙しくて読書の時間が減っていたけれど、最近は少し余裕が出てきたから新たに読む本を探しに来たのだ。
余裕が出てきたと言っても、婚約披露パーティーが終わった途端、間を空けずに今度は結婚披露パーティーの準備に取り掛かることになったので、忙しいことには変わりない。ただ、前回の準備で多少慣れてきたからこその余裕である。
「色の文化……?」
本棚の間を歩き、ふと目についた一冊の本。普段あまり読まない類のものだけれど、なんとなく気になって手に取った。
ぱらりとページを捲ってみると、鮮やかな色彩の見本と共に、その色の由来などが書かれている。縁起をかついだ色など豆知識もあって、なかなか興味深い。
「……サムシングブルー」
読み進めた先にあった言葉を思わず呟いた。
「結婚式で行われるおまじないの一種ですね」
「っ……ハミルトン殿」
不意に聞こえた声に驚いて振り返ると、数冊の本を抱えたハミルトンが微笑んでいた。
先ほどカウンターを見た時にはいなかったので、ここで会ったことが少し意外だ。抱えている本を見るに、ハミルトンは返却された本を棚に戻す作業をしていたのだろう。
「お会いするのはパーティー以来ですが、ノア様がお元気そうで何よりです」
「ハミルトン殿も。……アダムさんとはどうですか?」
聞いていいものかと思いつつも、好奇心が抑えられずに尋ねてしまった。
ハミルトンは本を棚に戻す手を止めて、意外そうにノアに視線を向ける。でも、すぐに微笑んで頷いた。
「お気遣いありがとうございます。普通に仲はいいですよ。アダムはマーティン殿下のことで少し悩んでいたようですが、今は適度に距離をとるよう心掛けてくれていますし」
どこかホッとした雰囲気だった。ハミルトンはアシェルからもたらされたゲームの情報を知っている。だから、アダムがマーティンに惹かれることがないか、密かに心配していたのかもしれない。
「……そうですか。お元気なら良かったです。何かお困りのことがありましたら、遠慮せずに僕に声を掛けるよう伝えていただけますか?」
「ありがとうございます。伝えておきます」
ハミルトンは嬉しそうに顔を綻ばせて頷いた。
ノアがハミルトンに聞きたかった二人の関係の進展についてははぐらかされてしまった気がするけれど、アダムに問題が生じていないならノアがこれ以上関わることではないだろう。
ノアはハミルトンの仕事を邪魔しないよう、本を閉じて立ち去ろうとした。でも、それより先に動いたのはハミルトンで、ノアが抱える本を指さし、口を開く。
「結婚式の準備ですか?」
「え? ……あ、いや、そういうわけではないんですけど」
否定しつつも少ししどろもどろになってしまったのは、先ほどハミルトンに聞いた『結婚式のおまじない』という言葉を思い出したからだった。ノアがこの本を借りて行こうと思ったのは、その言葉があったからに他ならない。
「サムシングブルーとは、サムシングフォーという結婚式に関する四つのおまじない内の一つですよ」
「サムシングフォー……」
「ええ。古いおまじないで、『二人の結婚が幸せになるように』と祈るものです。効果があるかは分かりませんが、一種の儀式として誓いを立てるには良いものだと思いますよ」
「誓い、ですか」
ハミルトンの話に更に興味が湧き、ノアは静かに耳を傾けた。
「サムシングフォーの一つはサムシングオールド。祖先から受け継ぐようなものを結婚式に取り入れることで、夫婦二人で伝統を引き継いでいくという誓いを示します」
「それは素晴らしいですね」
いずれ侯爵家を引き継ぐことになるノアとしては、その覚悟の証になりえるまじないは相応しいものに思えた。
ハミルトンが微笑み話を続ける。
「二つ目はサムシングニュー。何か新しいものを取り入れて、二人で新たな生活へと踏み出す決意を示します」
「新たな生活……」
ノアはいずれ来るサミュエルとの生活を考えた。でも、正直まだ現実味がない。でも、このおまじないをすれば、上手く新生活を迎えられる気がした。
「三つめはサムシングボロード。幸せな結婚生活を送っている方から借りたものを取り入れて、自分たちもそのような幸せな家庭を築きたいと願いを示します」
「素敵な考え方ですね」
「そうですね」
ノアならば、誰から借り受けるだろうか。両親か、それともグレイ公爵夫妻か。
(……サミュエル様を侯爵家にお迎えさせていただくのだから、その辺はグレイ公爵夫妻の意を汲んだ方がいいかもしれない。それに、この話をしたら、もっとグレイ公爵夫妻とも仲良くなれる気がする)
後で手紙を送ろうと考えたところで、ノアはすっかりこのおまじないを実行すると決めている自分に気づいて、思わず苦笑してしまった。まずはサミュエルに相談するのが先だろう。
「――最後がサムシングブルー。古くから、青色は白色と共に純潔の象徴とされてきました。青色を結婚式に取り入れて、誠実な愛を示すのです。……あなたを愛しています、と」
何故か頬が熱くなった。最後に茶目っ気のある雰囲気で言葉を付け足したハミルトンが、微笑ましげな眼差しでノアを見ている。
なんだか恥ずかしい気もするけれど、ノアの心を示すのにぴったりなおまじないだと思った。
婚約を公表して暫くはノアの周囲は騒がしかったけれど、興奮が収まればまた適度に気遣われる日常が戻ってくる。サミュエルの行動によって、歓声が上がるのも日常になってしまったのは、少々悩みの種ではあるけれど。
「んー……これはもう読んだから――」
ノアはサミュエルがルーカスの元に向かってから、学園の図書室を訪れていた。暫く忙しくて読書の時間が減っていたけれど、最近は少し余裕が出てきたから新たに読む本を探しに来たのだ。
余裕が出てきたと言っても、婚約披露パーティーが終わった途端、間を空けずに今度は結婚披露パーティーの準備に取り掛かることになったので、忙しいことには変わりない。ただ、前回の準備で多少慣れてきたからこその余裕である。
「色の文化……?」
本棚の間を歩き、ふと目についた一冊の本。普段あまり読まない類のものだけれど、なんとなく気になって手に取った。
ぱらりとページを捲ってみると、鮮やかな色彩の見本と共に、その色の由来などが書かれている。縁起をかついだ色など豆知識もあって、なかなか興味深い。
「……サムシングブルー」
読み進めた先にあった言葉を思わず呟いた。
「結婚式で行われるおまじないの一種ですね」
「っ……ハミルトン殿」
不意に聞こえた声に驚いて振り返ると、数冊の本を抱えたハミルトンが微笑んでいた。
先ほどカウンターを見た時にはいなかったので、ここで会ったことが少し意外だ。抱えている本を見るに、ハミルトンは返却された本を棚に戻す作業をしていたのだろう。
「お会いするのはパーティー以来ですが、ノア様がお元気そうで何よりです」
「ハミルトン殿も。……アダムさんとはどうですか?」
聞いていいものかと思いつつも、好奇心が抑えられずに尋ねてしまった。
ハミルトンは本を棚に戻す手を止めて、意外そうにノアに視線を向ける。でも、すぐに微笑んで頷いた。
「お気遣いありがとうございます。普通に仲はいいですよ。アダムはマーティン殿下のことで少し悩んでいたようですが、今は適度に距離をとるよう心掛けてくれていますし」
どこかホッとした雰囲気だった。ハミルトンはアシェルからもたらされたゲームの情報を知っている。だから、アダムがマーティンに惹かれることがないか、密かに心配していたのかもしれない。
「……そうですか。お元気なら良かったです。何かお困りのことがありましたら、遠慮せずに僕に声を掛けるよう伝えていただけますか?」
「ありがとうございます。伝えておきます」
ハミルトンは嬉しそうに顔を綻ばせて頷いた。
ノアがハミルトンに聞きたかった二人の関係の進展についてははぐらかされてしまった気がするけれど、アダムに問題が生じていないならノアがこれ以上関わることではないだろう。
ノアはハミルトンの仕事を邪魔しないよう、本を閉じて立ち去ろうとした。でも、それより先に動いたのはハミルトンで、ノアが抱える本を指さし、口を開く。
「結婚式の準備ですか?」
「え? ……あ、いや、そういうわけではないんですけど」
否定しつつも少ししどろもどろになってしまったのは、先ほどハミルトンに聞いた『結婚式のおまじない』という言葉を思い出したからだった。ノアがこの本を借りて行こうと思ったのは、その言葉があったからに他ならない。
「サムシングブルーとは、サムシングフォーという結婚式に関する四つのおまじない内の一つですよ」
「サムシングフォー……」
「ええ。古いおまじないで、『二人の結婚が幸せになるように』と祈るものです。効果があるかは分かりませんが、一種の儀式として誓いを立てるには良いものだと思いますよ」
「誓い、ですか」
ハミルトンの話に更に興味が湧き、ノアは静かに耳を傾けた。
「サムシングフォーの一つはサムシングオールド。祖先から受け継ぐようなものを結婚式に取り入れることで、夫婦二人で伝統を引き継いでいくという誓いを示します」
「それは素晴らしいですね」
いずれ侯爵家を引き継ぐことになるノアとしては、その覚悟の証になりえるまじないは相応しいものに思えた。
ハミルトンが微笑み話を続ける。
「二つ目はサムシングニュー。何か新しいものを取り入れて、二人で新たな生活へと踏み出す決意を示します」
「新たな生活……」
ノアはいずれ来るサミュエルとの生活を考えた。でも、正直まだ現実味がない。でも、このおまじないをすれば、上手く新生活を迎えられる気がした。
「三つめはサムシングボロード。幸せな結婚生活を送っている方から借りたものを取り入れて、自分たちもそのような幸せな家庭を築きたいと願いを示します」
「素敵な考え方ですね」
「そうですね」
ノアならば、誰から借り受けるだろうか。両親か、それともグレイ公爵夫妻か。
(……サミュエル様を侯爵家にお迎えさせていただくのだから、その辺はグレイ公爵夫妻の意を汲んだ方がいいかもしれない。それに、この話をしたら、もっとグレイ公爵夫妻とも仲良くなれる気がする)
後で手紙を送ろうと考えたところで、ノアはすっかりこのおまじないを実行すると決めている自分に気づいて、思わず苦笑してしまった。まずはサミュエルに相談するのが先だろう。
「――最後がサムシングブルー。古くから、青色は白色と共に純潔の象徴とされてきました。青色を結婚式に取り入れて、誠実な愛を示すのです。……あなたを愛しています、と」
何故か頬が熱くなった。最後に茶目っ気のある雰囲気で言葉を付け足したハミルトンが、微笑ましげな眼差しでノアを見ている。
なんだか恥ずかしい気もするけれど、ノアの心を示すのにぴったりなおまじないだと思った。
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