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139.真の黒幕は?
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「――カールトン国の連中はそのように仕置きするとして、マーティン殿下はどうするんだ?」
グレイ公爵の問いに、サミュエルが軽く首を傾げた。
「どうするとおっしゃられても、マーティン殿下のなさっていることは、カールトン国の思惑に面白がって乗っているだけのことが多いので。なかなかちょうどいい仕返しが見つからないんですよね。ノアに想いがあったとしても、無理やり手を出してくることはまず考えられませんし」
「ほぉ……それなりに人間性を信頼しているわけか」
「信頼というほどではありません。ただ、カールトン国からの指令の一部を無視していることを知っているだけです」
「指令の一部……?」
何やら良くないものを感じて、サミュエル以外が目を眇める。
「本来、婚約披露パーティーでもっとあからさまに私たちに絡んでくる予定であった、という報告を受けています」
「え、結構、あからさまでしたよね? あれ以上ですか?」
ノアは思わず問いかけた。グレイ公爵夫妻やノアの両親は少し納得した表情である。サミュエルは苦笑を浮かべ、言葉を選ぶように少し間を空けた。
「……そうだね。マーティン殿下は私たちがキスをしたことですぐに引き下がっただろう?」
「ええ……」
サミュエルが言う状況を思い出し、ノアは少し頬を染めた。やはり多くの人に見られたというのが恥ずかしい。
でも、あの時、マーティンは何とも言い難い表情で、「あー、貴殿らが想い合っていることはよく分かった。……お幸せに?」と呟いて、他の令息令嬢たちをつれて下がったのだ。その後、ノアたちが対応するような騒ぎは起きず、マーティンは大人しいものだった。
「たぶんこれ以上は許さないという私の意思を読み取ったんだろうね。マーティン殿下はカールトン国からの指示を受けてパーティーに出席した以上、ある程度その意思に沿った行動をしなければならなかった。私たちの関係性に亀裂を入れるよう指示されていたにしては、手ぬるい行動だったと思うよ」
「……カールトン国はそのような指示を出されていたのですね」
思わず顔を顰める。そして、不快に感じたマーティンの行動の大部分が、カールトン国の指示によるものだと分かり、少し申し訳なくなった。カールトン国に対しての印象は悪くなるばかりでも、マーティン殿下には情状酌量の余地もあるような。ノアが思いやる立場ではないかもしれないけれど。
「ただ、ハミルトンやアダム殿に手を出そうとしていたことが気にかかる。正直、ハミルトンの堪忍袋の緒が切れそうだから、彼らだけでも手を出さないようにしてもらわないとねぇ」
「あぁ……だいぶ危うい感じでしたね……」
ベランダでの騒動を思い出し、ノアはぽつりと呟いた。途端にグレイ公爵から興味津々な言葉が飛ぶ。
「なんだい? マーティン殿下は彼らにも手を出そうとしているのかい?」
「マーティン殿下なのか、カールトン国なのか……あるいは王妃が黒幕という可能性もありますが」
「そっちか……。確かに王妃にとっては憎い存在かもしれないなぁ……」
王は王妃と結婚する前にハミルトンという子を為した。それは王妃にどのような思いを抱かせただろうか。もし婚約者に対して恋情があったなら、それが憎しみに転じてもおかしくない。恋情がなかったとしても、契約に反する行いだと失望しただろう。
ノアはサミュエルと自分の関係にその状況を当てはめて、きゅっと心臓が締め付けられるような気持ちになった。苦しくて、辛くて、でも立場上そんな思いを口にすることはできなくて――なんと悲しいことだろうか。
「ノア、あまり情を傾けすぎないで。私がそんなことをするはずがないしね」
不意に温かい胸に抱きこまれて、ノアは優しい声音であやされた。詰まっていた息をゆっくりと吐き、その温かさに浸っていると悲しみが溶けるように消えていく。
「……もちろん、信じております。ですが、王妃殿下もお辛かったのだろうと思うと――」
呟くノアと視線を合わせ、サミュエルが苦笑を浮かべた。こつんと軽く額がぶつかる。
「王妃はそんな可愛らしい性格じゃないよ。婚約段階で男の影がちらほらと見えるような人だったようだし。まぁ、自尊心が高い方だから、王に裏切られたと、自分を棚に上げて憎むくらいは普通にありえるけどね」
「……え?」
ノアはポカンと口を開けた。グレイ公爵夫妻や両親に視線を向けると、何とも言い難い表情で肩をすくめられる。サミュエルの言葉を否定する人は誰もいなかった。
「――どうして、そのような方が婚約者に選ばれたのですか?」
王の婚約者なんて、吟味を重ねて選ばれるものだと思っていた。王妃が、サミュエルが評する通りの人格ならば、婚約者に選ばれること自体があり得ないことだろう。
「カールトン国だからね。国交上、あちらの王族を迎え入れることは決定事項で、一番マシなのが王妃だっただけだよ」
嫌そうに吐き捨てるグレイ公爵。ノアは『王妃がマシ』という言葉に他の王族のひどさを悟り、そっと口を閉じた。あまりつついても精神的に疲れるだけな気がする。
グレイ公爵の問いに、サミュエルが軽く首を傾げた。
「どうするとおっしゃられても、マーティン殿下のなさっていることは、カールトン国の思惑に面白がって乗っているだけのことが多いので。なかなかちょうどいい仕返しが見つからないんですよね。ノアに想いがあったとしても、無理やり手を出してくることはまず考えられませんし」
「ほぉ……それなりに人間性を信頼しているわけか」
「信頼というほどではありません。ただ、カールトン国からの指令の一部を無視していることを知っているだけです」
「指令の一部……?」
何やら良くないものを感じて、サミュエル以外が目を眇める。
「本来、婚約披露パーティーでもっとあからさまに私たちに絡んでくる予定であった、という報告を受けています」
「え、結構、あからさまでしたよね? あれ以上ですか?」
ノアは思わず問いかけた。グレイ公爵夫妻やノアの両親は少し納得した表情である。サミュエルは苦笑を浮かべ、言葉を選ぶように少し間を空けた。
「……そうだね。マーティン殿下は私たちがキスをしたことですぐに引き下がっただろう?」
「ええ……」
サミュエルが言う状況を思い出し、ノアは少し頬を染めた。やはり多くの人に見られたというのが恥ずかしい。
でも、あの時、マーティンは何とも言い難い表情で、「あー、貴殿らが想い合っていることはよく分かった。……お幸せに?」と呟いて、他の令息令嬢たちをつれて下がったのだ。その後、ノアたちが対応するような騒ぎは起きず、マーティンは大人しいものだった。
「たぶんこれ以上は許さないという私の意思を読み取ったんだろうね。マーティン殿下はカールトン国からの指示を受けてパーティーに出席した以上、ある程度その意思に沿った行動をしなければならなかった。私たちの関係性に亀裂を入れるよう指示されていたにしては、手ぬるい行動だったと思うよ」
「……カールトン国はそのような指示を出されていたのですね」
思わず顔を顰める。そして、不快に感じたマーティンの行動の大部分が、カールトン国の指示によるものだと分かり、少し申し訳なくなった。カールトン国に対しての印象は悪くなるばかりでも、マーティン殿下には情状酌量の余地もあるような。ノアが思いやる立場ではないかもしれないけれど。
「ただ、ハミルトンやアダム殿に手を出そうとしていたことが気にかかる。正直、ハミルトンの堪忍袋の緒が切れそうだから、彼らだけでも手を出さないようにしてもらわないとねぇ」
「あぁ……だいぶ危うい感じでしたね……」
ベランダでの騒動を思い出し、ノアはぽつりと呟いた。途端にグレイ公爵から興味津々な言葉が飛ぶ。
「なんだい? マーティン殿下は彼らにも手を出そうとしているのかい?」
「マーティン殿下なのか、カールトン国なのか……あるいは王妃が黒幕という可能性もありますが」
「そっちか……。確かに王妃にとっては憎い存在かもしれないなぁ……」
王は王妃と結婚する前にハミルトンという子を為した。それは王妃にどのような思いを抱かせただろうか。もし婚約者に対して恋情があったなら、それが憎しみに転じてもおかしくない。恋情がなかったとしても、契約に反する行いだと失望しただろう。
ノアはサミュエルと自分の関係にその状況を当てはめて、きゅっと心臓が締め付けられるような気持ちになった。苦しくて、辛くて、でも立場上そんな思いを口にすることはできなくて――なんと悲しいことだろうか。
「ノア、あまり情を傾けすぎないで。私がそんなことをするはずがないしね」
不意に温かい胸に抱きこまれて、ノアは優しい声音であやされた。詰まっていた息をゆっくりと吐き、その温かさに浸っていると悲しみが溶けるように消えていく。
「……もちろん、信じております。ですが、王妃殿下もお辛かったのだろうと思うと――」
呟くノアと視線を合わせ、サミュエルが苦笑を浮かべた。こつんと軽く額がぶつかる。
「王妃はそんな可愛らしい性格じゃないよ。婚約段階で男の影がちらほらと見えるような人だったようだし。まぁ、自尊心が高い方だから、王に裏切られたと、自分を棚に上げて憎むくらいは普通にありえるけどね」
「……え?」
ノアはポカンと口を開けた。グレイ公爵夫妻や両親に視線を向けると、何とも言い難い表情で肩をすくめられる。サミュエルの言葉を否定する人は誰もいなかった。
「――どうして、そのような方が婚約者に選ばれたのですか?」
王の婚約者なんて、吟味を重ねて選ばれるものだと思っていた。王妃が、サミュエルが評する通りの人格ならば、婚約者に選ばれること自体があり得ないことだろう。
「カールトン国だからね。国交上、あちらの王族を迎え入れることは決定事項で、一番マシなのが王妃だっただけだよ」
嫌そうに吐き捨てるグレイ公爵。ノアは『王妃がマシ』という言葉に他の王族のひどさを悟り、そっと口を閉じた。あまりつついても精神的に疲れるだけな気がする。
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