139 / 277
139.真の黒幕は?
しおりを挟む
「――カールトン国の連中はそのように仕置きするとして、マーティン殿下はどうするんだ?」
グレイ公爵の問いに、サミュエルが軽く首を傾げた。
「どうするとおっしゃられても、マーティン殿下のなさっていることは、カールトン国の思惑に面白がって乗っているだけのことが多いので。なかなかちょうどいい仕返しが見つからないんですよね。ノアに想いがあったとしても、無理やり手を出してくることはまず考えられませんし」
「ほぉ……それなりに人間性を信頼しているわけか」
「信頼というほどではありません。ただ、カールトン国からの指令の一部を無視していることを知っているだけです」
「指令の一部……?」
何やら良くないものを感じて、サミュエル以外が目を眇める。
「本来、婚約披露パーティーでもっとあからさまに私たちに絡んでくる予定であった、という報告を受けています」
「え、結構、あからさまでしたよね? あれ以上ですか?」
ノアは思わず問いかけた。グレイ公爵夫妻やノアの両親は少し納得した表情である。サミュエルは苦笑を浮かべ、言葉を選ぶように少し間を空けた。
「……そうだね。マーティン殿下は私たちがキスをしたことですぐに引き下がっただろう?」
「ええ……」
サミュエルが言う状況を思い出し、ノアは少し頬を染めた。やはり多くの人に見られたというのが恥ずかしい。
でも、あの時、マーティンは何とも言い難い表情で、「あー、貴殿らが想い合っていることはよく分かった。……お幸せに?」と呟いて、他の令息令嬢たちをつれて下がったのだ。その後、ノアたちが対応するような騒ぎは起きず、マーティンは大人しいものだった。
「たぶんこれ以上は許さないという私の意思を読み取ったんだろうね。マーティン殿下はカールトン国からの指示を受けてパーティーに出席した以上、ある程度その意思に沿った行動をしなければならなかった。私たちの関係性に亀裂を入れるよう指示されていたにしては、手ぬるい行動だったと思うよ」
「……カールトン国はそのような指示を出されていたのですね」
思わず顔を顰める。そして、不快に感じたマーティンの行動の大部分が、カールトン国の指示によるものだと分かり、少し申し訳なくなった。カールトン国に対しての印象は悪くなるばかりでも、マーティン殿下には情状酌量の余地もあるような。ノアが思いやる立場ではないかもしれないけれど。
「ただ、ハミルトンやアダム殿に手を出そうとしていたことが気にかかる。正直、ハミルトンの堪忍袋の緒が切れそうだから、彼らだけでも手を出さないようにしてもらわないとねぇ」
「あぁ……だいぶ危うい感じでしたね……」
ベランダでの騒動を思い出し、ノアはぽつりと呟いた。途端にグレイ公爵から興味津々な言葉が飛ぶ。
「なんだい? マーティン殿下は彼らにも手を出そうとしているのかい?」
「マーティン殿下なのか、カールトン国なのか……あるいは王妃が黒幕という可能性もありますが」
「そっちか……。確かに王妃にとっては憎い存在かもしれないなぁ……」
王は王妃と結婚する前にハミルトンという子を為した。それは王妃にどのような思いを抱かせただろうか。もし婚約者に対して恋情があったなら、それが憎しみに転じてもおかしくない。恋情がなかったとしても、契約に反する行いだと失望しただろう。
ノアはサミュエルと自分の関係にその状況を当てはめて、きゅっと心臓が締め付けられるような気持ちになった。苦しくて、辛くて、でも立場上そんな思いを口にすることはできなくて――なんと悲しいことだろうか。
「ノア、あまり情を傾けすぎないで。私がそんなことをするはずがないしね」
不意に温かい胸に抱きこまれて、ノアは優しい声音であやされた。詰まっていた息をゆっくりと吐き、その温かさに浸っていると悲しみが溶けるように消えていく。
「……もちろん、信じております。ですが、王妃殿下もお辛かったのだろうと思うと――」
呟くノアと視線を合わせ、サミュエルが苦笑を浮かべた。こつんと軽く額がぶつかる。
「王妃はそんな可愛らしい性格じゃないよ。婚約段階で男の影がちらほらと見えるような人だったようだし。まぁ、自尊心が高い方だから、王に裏切られたと、自分を棚に上げて憎むくらいは普通にありえるけどね」
「……え?」
ノアはポカンと口を開けた。グレイ公爵夫妻や両親に視線を向けると、何とも言い難い表情で肩をすくめられる。サミュエルの言葉を否定する人は誰もいなかった。
「――どうして、そのような方が婚約者に選ばれたのですか?」
王の婚約者なんて、吟味を重ねて選ばれるものだと思っていた。王妃が、サミュエルが評する通りの人格ならば、婚約者に選ばれること自体があり得ないことだろう。
「カールトン国だからね。国交上、あちらの王族を迎え入れることは決定事項で、一番マシなのが王妃だっただけだよ」
嫌そうに吐き捨てるグレイ公爵。ノアは『王妃がマシ』という言葉に他の王族のひどさを悟り、そっと口を閉じた。あまりつついても精神的に疲れるだけな気がする。
グレイ公爵の問いに、サミュエルが軽く首を傾げた。
「どうするとおっしゃられても、マーティン殿下のなさっていることは、カールトン国の思惑に面白がって乗っているだけのことが多いので。なかなかちょうどいい仕返しが見つからないんですよね。ノアに想いがあったとしても、無理やり手を出してくることはまず考えられませんし」
「ほぉ……それなりに人間性を信頼しているわけか」
「信頼というほどではありません。ただ、カールトン国からの指令の一部を無視していることを知っているだけです」
「指令の一部……?」
何やら良くないものを感じて、サミュエル以外が目を眇める。
「本来、婚約披露パーティーでもっとあからさまに私たちに絡んでくる予定であった、という報告を受けています」
「え、結構、あからさまでしたよね? あれ以上ですか?」
ノアは思わず問いかけた。グレイ公爵夫妻やノアの両親は少し納得した表情である。サミュエルは苦笑を浮かべ、言葉を選ぶように少し間を空けた。
「……そうだね。マーティン殿下は私たちがキスをしたことですぐに引き下がっただろう?」
「ええ……」
サミュエルが言う状況を思い出し、ノアは少し頬を染めた。やはり多くの人に見られたというのが恥ずかしい。
でも、あの時、マーティンは何とも言い難い表情で、「あー、貴殿らが想い合っていることはよく分かった。……お幸せに?」と呟いて、他の令息令嬢たちをつれて下がったのだ。その後、ノアたちが対応するような騒ぎは起きず、マーティンは大人しいものだった。
「たぶんこれ以上は許さないという私の意思を読み取ったんだろうね。マーティン殿下はカールトン国からの指示を受けてパーティーに出席した以上、ある程度その意思に沿った行動をしなければならなかった。私たちの関係性に亀裂を入れるよう指示されていたにしては、手ぬるい行動だったと思うよ」
「……カールトン国はそのような指示を出されていたのですね」
思わず顔を顰める。そして、不快に感じたマーティンの行動の大部分が、カールトン国の指示によるものだと分かり、少し申し訳なくなった。カールトン国に対しての印象は悪くなるばかりでも、マーティン殿下には情状酌量の余地もあるような。ノアが思いやる立場ではないかもしれないけれど。
「ただ、ハミルトンやアダム殿に手を出そうとしていたことが気にかかる。正直、ハミルトンの堪忍袋の緒が切れそうだから、彼らだけでも手を出さないようにしてもらわないとねぇ」
「あぁ……だいぶ危うい感じでしたね……」
ベランダでの騒動を思い出し、ノアはぽつりと呟いた。途端にグレイ公爵から興味津々な言葉が飛ぶ。
「なんだい? マーティン殿下は彼らにも手を出そうとしているのかい?」
「マーティン殿下なのか、カールトン国なのか……あるいは王妃が黒幕という可能性もありますが」
「そっちか……。確かに王妃にとっては憎い存在かもしれないなぁ……」
王は王妃と結婚する前にハミルトンという子を為した。それは王妃にどのような思いを抱かせただろうか。もし婚約者に対して恋情があったなら、それが憎しみに転じてもおかしくない。恋情がなかったとしても、契約に反する行いだと失望しただろう。
ノアはサミュエルと自分の関係にその状況を当てはめて、きゅっと心臓が締め付けられるような気持ちになった。苦しくて、辛くて、でも立場上そんな思いを口にすることはできなくて――なんと悲しいことだろうか。
「ノア、あまり情を傾けすぎないで。私がそんなことをするはずがないしね」
不意に温かい胸に抱きこまれて、ノアは優しい声音であやされた。詰まっていた息をゆっくりと吐き、その温かさに浸っていると悲しみが溶けるように消えていく。
「……もちろん、信じております。ですが、王妃殿下もお辛かったのだろうと思うと――」
呟くノアと視線を合わせ、サミュエルが苦笑を浮かべた。こつんと軽く額がぶつかる。
「王妃はそんな可愛らしい性格じゃないよ。婚約段階で男の影がちらほらと見えるような人だったようだし。まぁ、自尊心が高い方だから、王に裏切られたと、自分を棚に上げて憎むくらいは普通にありえるけどね」
「……え?」
ノアはポカンと口を開けた。グレイ公爵夫妻や両親に視線を向けると、何とも言い難い表情で肩をすくめられる。サミュエルの言葉を否定する人は誰もいなかった。
「――どうして、そのような方が婚約者に選ばれたのですか?」
王の婚約者なんて、吟味を重ねて選ばれるものだと思っていた。王妃が、サミュエルが評する通りの人格ならば、婚約者に選ばれること自体があり得ないことだろう。
「カールトン国だからね。国交上、あちらの王族を迎え入れることは決定事項で、一番マシなのが王妃だっただけだよ」
嫌そうに吐き捨てるグレイ公爵。ノアは『王妃がマシ』という言葉に他の王族のひどさを悟り、そっと口を閉じた。あまりつついても精神的に疲れるだけな気がする。
132
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる