内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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138.悪巧み?

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「あら? でも、その天罰の正体を、マーティン殿下はご存知なのではなかったかしら?」

 不意に口を開いたのは、グレイ公爵夫人だった。ノアは指摘されて気づき、「あっ……」と声が漏れる。
 サミュエルがカールトン国の第四王子を泣かせて懲らしめた際に、全部ではなくとも『天罰』を装ってしたことがあったなら、マーティンはその真相をいくらか知っているはずだ。サミュエルが第四王子に何かをして泣かせたのだと、マーティンは語っていたのだから。

「マーティン殿下には、いわゆる、バレてしまうわけですよね? それはルーカス殿下の指示に反するのではありませんか?」

 ノアは心配になってサミュエルを見つめる。そんなことで、サミュエルが咎めを受けることになったら悲しい。
 サミュエルはノアの心配を嬉しそうに受け取りながらも、軽く肩をすくめた。

「天罰はマーティン殿下以外を対象にしたものだよ。彼はノアも知っての通り、享楽主義で、なおかつ自国の王族に対しての情が薄い。それは第四王子に対しての私の対応を面白がって黙認していたことからも分かるだろう? 自国の王族内で天罰騒動が起きたとして、マーティン殿下は面白がって観察するだけさ」

 サミュエルの言葉は一定の説得力があった。でも、気になる点は残っている。

「……なるほど。ですが、その場合、マーティン殿下に弱みを握られることになるのでは? 『バレてはならない』という指示を全うするためには、マーティン殿下がその真相を盾に何かを要求してきた場合、拒みにくいですよね?」

 マーティンのサミュエルに対するよく分からない執着心を思うと、弱みになりかねない行動は控えるべきだと思う。どんな要求をされるものか、考えるだけでノアは顔を顰めてしまいそうだ。

「そうだな。天罰騒ぎは面白いが、それでサミュエルに不利益が生じるのは良くない。証拠を握らせるような不手際をするとは思わないが、サミュエルが黒幕だと噂が出るだけでも悪い影響になるだろう」

 グレイ公爵の冷静な指摘にノアの父も頷く。グレイ公爵夫人とノアの母は心配そうにサミュエルを見つめていた。
 一方でサミュエルは、軽く肩をすくめるだけである。

「マーティン殿下はそのようなことはしませんよ。あの方は、私がどのような立場の者に対してであっても仕返す気概に惚れ込んでいらっしゃるので。私が黒幕だと気づいたところで、さらに面白がるだけです」

 サミュエルによるマーティンの分析は否定できるものではないけれど、『惚れ込むんでいる』という言葉が気にかかり、ノアは素直に頷けない。恋情に属するものではなくとも、自分の婚約者がそのような情を向けられているという事実は、容易に受け入れられるものではないと思うのだ。

「それに、脅迫のようなことをなさるほど、悪い性格ではありません。むしろ、性格としては正義寄りですね。もともとが悪意なくやらかすタイプなので、私たちにとっては迷惑な方ですが。王族の命を奪うようなことをしなければ、問題ないでしょう」
「そうなのか……。天罰を装うのは、確かにバレない仕返しとして簡単な手段だ。サミュエルがそこまで自信があるのなら、その対処で構わない」

 グレイ公爵がそう言うと、躊躇っていたノアの父も小さく頷いた。

「――ついでに、王妃にも天罰を与えないかい?」

 嬉々とした様子で言葉を加えるグレイ公爵には、もはやランドロフ侯爵家一同呆れてしまった。

 このように繰り返して言うくらい、グレイ公爵家は王妃に対して不満を募らせているというのか。問題を起こす偉い人というなら、王もだと思うけれど、王妃の方が酷いのか。

 様々な疑問が脳内を巡ったけれど、ノアは口に出す愚は犯さなかった。世の中には藪をつついて蛇を出すなんて言葉がある。蛇は歓迎できない。

「王妃にも適応するかはご自由に。私はそこまで手を伸ばす気はありませんし、父上が対処した方が、気が晴れるでしょう」
「よろしい。ルーカス殿下に何を問われても、サミュエルは知らぬ存ぜぬの態度を貫いていいぞ」

 もう決定事項であるらしい。ノアも知らない振りを貫くことを決めた。

「……カールトン国への天罰なら、うちの手の者も使えるだろうな。サミュエル殿からの指示も受け入れるように伝えておくから、好きに使ってくれ。バレるようなことはしないんだろう?」
「もちろんです。ありがたく使わせていただきます」

 躊躇いを消し去り進言した父は楽しそうな表情だった。どうやら商会の件を含め、天罰騒動で鬱憤晴らしをするつもりのようだ。
 サミュエルも嬉しそうに受け入れているから、ノアは苦笑して聞き流すことにした。サミュエルが望んだ強力なのだろうから、止めるのも良くないだろう。
 ただ一点気になるのは、サミュエルの指示を受けることになる部下たちのことである。

(彼ら、無茶ぶりに振り回されて疲労困憊になってしまわないかな? サミュエル様のやり方に慣れていないだろうし……。うん、さりげなくフォローできるようにしておこう。色々片づいたら、休暇をあげることも忘れないようにしないと)

 ノアは部下たちを少々気の毒に思いつつも、これからカールトン国でどんな騒ぎが起こるのか、不謹慎ながら少し楽しみになってしまった。

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