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136.埋めがたい溝
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「……その話の流れで我々に協力を求めるということは、マーティン殿下だけではなく、カールトン国に対して制裁を行いたいと思っているということかい?」
グレイ公爵が顔を顰めながら首を傾げる。サミュエルは穏やかに微笑み頷いた。
「はい。元凶を断たなければ安心できないでしょう?」
さも当然と言いたげな口調だけれど、その内容は軽々しく言葉にしてはならないものだとノアは思う。止めるべきなのかは迷うところだ。
「……ルーカス殿下は、何かおっしゃっていないのですか?」
難しい表情で黙り込む両親とグレイ公爵夫妻に先んじて、ノアは判断材料にすべく尋ねた。
ルーカスは色々と王族らしくない性格ではあるけれど、常識は備わっている。サミュエルの行動が国際問題になるようなことならば、知っていればすぐに止めるはずだ。少なくとも、抑制のためにノアに話をしてくると思う。
「殿下にはご報告したけれど『やり過ぎたりバレたりしなければ良し』との返事だったよ。まあ、実際に行動を起こす前に、もう少し情報を探ろうとは言われたけどね」
「……それは、妥協の末の返事ではありませんか?」
サミュエルがどんな風に報告して、どんな行動を起こすつもりなのか分からないけれど、『バレなければ』と前置きしている時点で嫌な予感がする。それに、どう考えてもルーカスがすんなりとそのような結論を出したとは思えない。
「大変迷っておられてはいたようだけど、これ以上迷惑を掛けられるのも被害が大きくなりそうだと判断されたのではないかな」
「つまり、やっぱり妥協ですよね? その被害というのは、マーティン殿下によるものより、サミュエル様によるものを危惧されているのでは?」
「ノア、心配いらないよ。私がそのようにバレるような被害を出すわけがないだろう?」
「それは、バレるバレないの問題ではないと思います」
思わず真剣に語り掛けたけれど、サミュエルは穏やかに笑って「そうかな」と呟くだけである。全く話がかみ合っている気がしない。
グレイ公爵は「おやおや、やんちゃだね」なんて笑っているし、夫人は「元気ね」なんて微笑ましそうにしている。サミュエルのこの言動は、グレイ公爵家では驚くようなことではないのだろうか。ノアの両親の引き攣った顔をちゃんと見てほしい。
ランドロフ侯爵家とグレイ公爵家の間に、埋められない認識の溝があるように感じて、ノアは思わず遠くを見つめた。今後姻戚となる相手の理解できない点からは、積極的に目を逸らしていきたい。
「――とりあえず、ルーカス殿下からある程度は対処の許可が出ているということかな」
ノアの父が気を取り直して呟くと、サミュエルが頷く。グレイ公爵は少し楽しそうな表情だった。
「それはいいことを聞いた。私は常々あちらの国とは気が合わないと思っていたんだ。この際、まとめてやり返しても構わないかな」
「バレないならばいいのではありませんか?」
「バレないという定義がよく分からないんですけど」
グレイ公爵に些か投げやりな返答をするサミュエルの腕を掴んで、ノアは真剣に尋ねた。ゲシュタルト崩壊しそうなレベルでバレないという言葉が出ているけれど、その言葉に対する認識の違いが思わぬ落とし穴になりそうな予感がする。ノアの精神に対する影響という意味で。
「うん? それはもちろん、カールトン国になんらかの被害が生じたとして、それを引き起こした者が誰かというのがバレなければいいということだよ」
「あ、そうなんですね。なんらかの被害という言葉がどの程度を指すのかとても気になりますが、バレないという定義の認識は僕と相違なかったようです」
サミュエルの返事にノアは少しホッとした。ノアの両親も納得した様子で頷いている。
しかし、そんな緩んだ雰囲気を壊すように、グレイ公爵が残念そうな表情で口を開いた。
「あ、そういう意味だったのかい? 私はてっきり、王妃の暗殺許可が――」
「聞かれてはいけない単語が出た気がしますので、お黙りください」
すかさずサミュエルが止めたけれど、既に決定的な言葉が放たれてしまっている。ノアを含めランドロフ侯爵家の者が黙り込む中で、少々危険思考の傾向があるのではないかと疑われる二人は、飄々とした雰囲気で会話を続けた。
「だが、カールトン国の行動の元凶はどう考えても王妃だろう。彼女、うちの国の情報をあちらに流しているよね。そろそろ見過ごせる範囲を超えそうなんだが」
「だからといって、暗殺はまずいでしょう。バレないためには、下手人を仕立て上げなければなりません。王族暗殺の咎を負わせるに値するほどの罪人は、私たちの手元にいませんよ。それに、そこまでの許可は、ルーカス殿下から出ていません」
ノアは思わず耳を手で塞いだ。絶対に聞いてはならない暗部の話が出てきた気がする。そういう話はノアたちがいないところでしてもらいたい。
実際に行動を起こすわけではないようだけれど、もし本当に起きたら、黒幕の存在にいち早く気づいてしまって、精神的負荷が大きすぎるので。
グレイ公爵が顔を顰めながら首を傾げる。サミュエルは穏やかに微笑み頷いた。
「はい。元凶を断たなければ安心できないでしょう?」
さも当然と言いたげな口調だけれど、その内容は軽々しく言葉にしてはならないものだとノアは思う。止めるべきなのかは迷うところだ。
「……ルーカス殿下は、何かおっしゃっていないのですか?」
難しい表情で黙り込む両親とグレイ公爵夫妻に先んじて、ノアは判断材料にすべく尋ねた。
ルーカスは色々と王族らしくない性格ではあるけれど、常識は備わっている。サミュエルの行動が国際問題になるようなことならば、知っていればすぐに止めるはずだ。少なくとも、抑制のためにノアに話をしてくると思う。
「殿下にはご報告したけれど『やり過ぎたりバレたりしなければ良し』との返事だったよ。まあ、実際に行動を起こす前に、もう少し情報を探ろうとは言われたけどね」
「……それは、妥協の末の返事ではありませんか?」
サミュエルがどんな風に報告して、どんな行動を起こすつもりなのか分からないけれど、『バレなければ』と前置きしている時点で嫌な予感がする。それに、どう考えてもルーカスがすんなりとそのような結論を出したとは思えない。
「大変迷っておられてはいたようだけど、これ以上迷惑を掛けられるのも被害が大きくなりそうだと判断されたのではないかな」
「つまり、やっぱり妥協ですよね? その被害というのは、マーティン殿下によるものより、サミュエル様によるものを危惧されているのでは?」
「ノア、心配いらないよ。私がそのようにバレるような被害を出すわけがないだろう?」
「それは、バレるバレないの問題ではないと思います」
思わず真剣に語り掛けたけれど、サミュエルは穏やかに笑って「そうかな」と呟くだけである。全く話がかみ合っている気がしない。
グレイ公爵は「おやおや、やんちゃだね」なんて笑っているし、夫人は「元気ね」なんて微笑ましそうにしている。サミュエルのこの言動は、グレイ公爵家では驚くようなことではないのだろうか。ノアの両親の引き攣った顔をちゃんと見てほしい。
ランドロフ侯爵家とグレイ公爵家の間に、埋められない認識の溝があるように感じて、ノアは思わず遠くを見つめた。今後姻戚となる相手の理解できない点からは、積極的に目を逸らしていきたい。
「――とりあえず、ルーカス殿下からある程度は対処の許可が出ているということかな」
ノアの父が気を取り直して呟くと、サミュエルが頷く。グレイ公爵は少し楽しそうな表情だった。
「それはいいことを聞いた。私は常々あちらの国とは気が合わないと思っていたんだ。この際、まとめてやり返しても構わないかな」
「バレないならばいいのではありませんか?」
「バレないという定義がよく分からないんですけど」
グレイ公爵に些か投げやりな返答をするサミュエルの腕を掴んで、ノアは真剣に尋ねた。ゲシュタルト崩壊しそうなレベルでバレないという言葉が出ているけれど、その言葉に対する認識の違いが思わぬ落とし穴になりそうな予感がする。ノアの精神に対する影響という意味で。
「うん? それはもちろん、カールトン国になんらかの被害が生じたとして、それを引き起こした者が誰かというのがバレなければいいということだよ」
「あ、そうなんですね。なんらかの被害という言葉がどの程度を指すのかとても気になりますが、バレないという定義の認識は僕と相違なかったようです」
サミュエルの返事にノアは少しホッとした。ノアの両親も納得した様子で頷いている。
しかし、そんな緩んだ雰囲気を壊すように、グレイ公爵が残念そうな表情で口を開いた。
「あ、そういう意味だったのかい? 私はてっきり、王妃の暗殺許可が――」
「聞かれてはいけない単語が出た気がしますので、お黙りください」
すかさずサミュエルが止めたけれど、既に決定的な言葉が放たれてしまっている。ノアを含めランドロフ侯爵家の者が黙り込む中で、少々危険思考の傾向があるのではないかと疑われる二人は、飄々とした雰囲気で会話を続けた。
「だが、カールトン国の行動の元凶はどう考えても王妃だろう。彼女、うちの国の情報をあちらに流しているよね。そろそろ見過ごせる範囲を超えそうなんだが」
「だからといって、暗殺はまずいでしょう。バレないためには、下手人を仕立て上げなければなりません。王族暗殺の咎を負わせるに値するほどの罪人は、私たちの手元にいませんよ。それに、そこまでの許可は、ルーカス殿下から出ていません」
ノアは思わず耳を手で塞いだ。絶対に聞いてはならない暗部の話が出てきた気がする。そういう話はノアたちがいないところでしてもらいたい。
実際に行動を起こすわけではないようだけれど、もし本当に起きたら、黒幕の存在にいち早く気づいてしまって、精神的負荷が大きすぎるので。
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