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133.愛の示し方

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(この方は、本気で何を考えているのだろう……)

 ノアはサミュエルとマーティンのやり取りを眺めながら、真剣に考えた。

 二人は表面上は礼節を保った穏やかなやり取りをしている。でも、サミュエルの方に少し険があるように思えるのは、気のせいではないだろう。

 ノアたちを囲んでいる令息令嬢は、二人がノアの取り合いしているのを余興のように楽しんでいるから、さほど気にする必要はない。彼らは劇のようだと思っているのかもしれない。

 でも、遠巻きにこのやり取りを眺めている年配の招待客の中には、眉を顰めている者もいた。大多数が、マーティンの常識外れな言動への不快感を示したがゆえの反応だろう。

 招待客のほとんどが、ノアとサミュエルの縁者であり、ノアたちへの好意があるから、この程度の反応で済んでいる。

 これがノアたち主催のパーティーでなかったら、ノアたちに対してとんでもない醜聞が生まれていてもおかしくない。事実を歪めて捉えて、過大に騒ぎ立てる者はどこにでもいるのだ。

(マーティン殿下は、本当に面倒なことをしてくれる……)

 マーティンのこの行動の根底にある思惑はなんなのか。それが未だに読み取れない。
 だからこそ、サミュエルも徹底的に打ちのめして遠ざけるという対応をしていないのだろう。

(僕たちだけに、個人的な感情で絡んできているなら、適当に対処してしまえばいいけど――)

 ノアはある危惧を抱いて、マーティンを見つめた。
 マーティンはサミュエルと愉快げに話していた。ノアの視線に気づくと、パチッとウインクする。

 その軽妙洒脱な振る舞いに、年若い者は魅了され、黄色い歓声を上げている。でも、ウインクされたノアは顔を引き攣らせてしまった。

(カールトン国の思惑が絡んでいるなら、対応は複雑化する、と思ったけど、マーティン殿下はそんな風に見えないなぁ……)

 やはり、マーティンの行動の理由が読めない。

「ノアに色目を使うのはやめていただけますか?」
「かたいことを言うなよ。君たちが相思相愛ならば、これくらいのことで関係性が揺らぐことはないだろう?」

 サミュエルの呆れ混じりの牽制は、マーティンにほとんど効果を示さなかった。そればかりか、まるで「ノアたちの関係はこれくらいのことで揺らぐほど脆いのか」と揶揄するような言葉が返ってくる。

(まさか……僕たちの関係が政略的なものだと疑っている……?)

 ふと浮かんだ考えに、ノアはマーティンの言動の意味が少し分かった気がした。

 マーティンはサミュエルを慕っていた。それは恋情ではなく、強き者への憧憬だろうとは分かっている。
 他方で、ノアに対しては、婚約を申し込もうとするほど、何かしらの思いを抱いている。

 もし、ノアとサミュエルの関係が双方の意思に反したものであり、マーティンがそこにつけいる隙があると考えたならば――。

(一石二鳥? サミュエル様のためになるし、僕を手に入れられるかも……ってことかな……?)

 これが正解かは分からないけれど、可能性としてはありえると思う。もしその通りならば呆れてしまうけれど。

 だって、貴族同士の婚約が、当事者の意思によるものかなんて、他者が関わるべきことではない。
 自由恋愛主義のマーティンは理解しにくいだろうけれど、政略的な関係は双方に利点があって築かれるものなのだ。この国の貴族ならば大抵の者がそれを理解して受け入れている。

 マーティンがその関係を壊そうと考えているならば、ノアたちの関係がたとえ政略的なものであったとしても、迷惑でしかないのだ。

(それに、僕たちはちゃんと想いあっているし……)

 ふつふつと不満が沸き上がる。自分たちの関係を疑われたのだから、それは当然だろう。

 ノアたちはだいぶあからさまに両想いであることを示していたと思う。それでもマーティンが納得できていないならば、それはそもそも納得するつもりがないということではないだろうか。
 言い換えると、自分に都合の良いところしか見ようとせず、自分勝手な考えで生きているということ。

 思い返してみれば、ノアが知るカールトン国の者はみなそうした考え方な気がする。この国の現王妃しかり、かつての騒動の元である王女しかり、マーティンしかり。

(これは、そろそろはっきりとするべきじゃないかな……?)

 かつての騒動に対する謝罪さえ、ノアは直接もらったことはない。それを願うことさえしてこなかったし、国家間で片付いた事件であるから、蒸し返すのも良くないのだろう。
 それでも、ここまで迷惑をかけられて、立場が下の貴族だからと黙って流してしまうのも、良くないのではないかと思うのだ。

「あの――」

 ノアが決意して口を開いた瞬間に、グッと腰が抱きしめられた。自然とサミュエルの胸にもたれるような体勢になり、ノアは目を見開く。話そうとしていたことさえ忘れてしまった。

「私たちは真実相愛の仲なので、殿下がいくら望まれようと、ノアがあなたの傍に行くことはありませんよ?」

 こめかみに触れる柔らかなもの。いつの間にか慣れてしまったキスだ。
 令息令嬢が目を輝かせてノアたちを見つめている。ノアはその眼差しから逃げたくてたまらなくなった。恥ずかしいのだ。

 頬が熱くなり、目が潤むのを抑えられないまま、ノアはサミュエルを見上げた。その瞬間、息を飲んで固まってしまう。

 愛おしげで熱っぽい眼差しがノアを貫いていた。囚われるように、ノアは呆然と見つめ返す。

「サミュエル様……」
「愛してるよ、ノア――」

 近づく唇。
 息を飲んで見守るたくさんの眼差しすら忘れ、ノアは熱に浮かされるような心地で、静かに受け止めていた。

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