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132.ただでは引き下がらない

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 危惧していたマーティンの騒動は抑えられたはずで、この後のパーティーは何事もなく終えられるとノアは思っていたのだけれど、どうにもそういうわけにはいかないようだ。

「――マーティン殿下はどのような方がお好みなのですか?」
「私も知りたいです!」

 マーティンが若い令息令嬢に囲まれて、会話を楽しんでいる。囲んでいる者たちは、あわよくば王族と縁続きになりたいと思っているのか、言い寄っている雰囲気だ。
 パーティーでは一人の男性を囲んで取り合いをしている光景はよくあることだけれど、主催者としては程度が行き過ぎないように見守る必要がある。

「……なんというか……面倒くさい方ですが、モテる方でもあるんですよね……」

 さりげなく眺めて呟くと、サミュエルがグイッと腰を抱き寄せてくる。逆らわずに寄り添うと、耳元に吐息が掛かった。

「私以外の男に、そういう感想を抱くのはやめてほしいな」
「ふふ、単なる客観的な感想ですよ?」
「それでも、いい気はしないよ」

 嫉妬心を滲ませるサミュエルに思わず笑ってしまう。愛情ゆえだと分かっているから、その言葉に独占欲を感じても嬉しいだけだ。

 大方挨拶回りも終わったし、ノアは少しリラックスしてサミュエルとの会話を楽しもうとしていた。でも、それを遮るように明るい声が耳に届いて、思わずマーティンを振り向く。

「――俺の好みか……。そうだな、美しく儚げな風情で、温和で愛情深い人がいいな。それに加えて、貴族としての務めをきちんと熟す能力があれば、なおいい」
「理想が高くていらっしゃる」
「ふふ、まるでノア様のようね」
「確かに、ノア殿は俺の理想の人だな」
「おや、殿下、横恋慕は駄目ですよ?」
「サミュエル様と恋敵なんて……さすがの殿下でも――ふふっ」

 揶揄混じりに告げたマーティンに、令息令嬢は囃し立てるようにきゃあきゃあと歓声を上げた。誰もがこの場を盛り上げるための冗談だと思っているのだろう。婚約披露パーティーで、その婚約者の片割れに粉を掛けるような言動をするものは、普通ならばいないのだから。

 でも、マーティンが過去にノアに婚約を申し込もうとしていたことを知っている者たちは、それを冗談だとは思えなかった。
 ノアは隣の冷えた空気が怖いと思いつつ、マーティンから視線を逸らす。一瞬目が合った気がしたからだ。このまま見つめていて、近づいてこられたらどう対応すべきか分からない。サミュエルとの誓約は社交界での不接触を誓ったものではないのだ。

 その間もマーティンと令息令嬢の会話は続く。どうやらノアはその令息令嬢たちに好かれているらしく、次から次へとノアに対する称賛の言葉が溢れていた。既にマーティンの好みから話題が外れてしまっている。
 マーティンはその話を楽しそうに聞いていた。

(う~ん……心当たりがない話が多いなぁ……。褒めてもらえるのは嬉しいし、噂話ってそういうものだとは分かっていたけれど……)

 思いがけず知った自分の評判に、ノアは苦笑してしまった。

「……彼らは可愛らしいけど、マーティン殿下は駄目だね」
「え? どういう意味ですか?」

 不意に聞こえた呟きに、ノアはサミュエルを見上げて尋ねた。サミュエルは少し眉を寄せてマーティンを眺めている。

「欲を隠せていない。やっぱり――」

 サミュエルの言葉の続きは聞けなかった。マーティンを囲む者たちにアダムが巻き込まれているのが見えて、サミュエルが動き出したからだ。

 困り顔のアダムに、友人と思しき令息が何かを語り掛けている。アダムはマーティンから離れようとしているようだが、強引に動くわけにもいかないのだろう。
 ハミルトンもその様子に気づいているようだが、流石に年若い令息たちの輪に入るには年嵩すぎて、対応を迷っているようだ。

 ノアはサミュエルに連れられて歩きながらも、密かに嘆息した。

(どう考えても、マーティン殿下は厄介事を巻き起こす天才……)

 人目がある場でサミュエルとマーティンがどうぶつかるのか。ノアは考えると胃が痛くなる気がした。
 サミュエルがマーティンに負けるとは思わないけれど、やりすぎて年若い令息令嬢たちにトラウマを与えてしまったらどうお詫びをすればいいのか分からない。さすがにそこまで暴走はしないと思いたい。

「――随分と私の婚約者のことで盛り上がっているようだね」
「サミュエル様! ええ、殿下がノア様を理想の方だとおっしゃったのです」

 サミュエルが話しかけた途端、悪意なく報告する令息は、本当に全てがマーティンの冗談であり、サミュエルは軽く受け流すと思っているのだろう。
 ノアはその予想通りに進むことを心から願った。叶う気はしない願いではあったけれど。

「……それは、光栄なお話ですね」
「ノア様が素敵な方であることは、皆さまが知っていることですからね。マーティン殿下がそう思われても仕方ないことですよ――」

 ノアが社交辞令で返した途端、令息の称賛の言葉がつらつらと続いた。あまりの勢いに止める暇がなく、真正面から褒められる事態に、ノアは対応に困ってしまう。
 でも、ノアたちに注目が移った隙に、アダムがハミルトンに連れられて輪から離れられたことは喜ばしいことだった。

「ノア殿が美しい方であることは、言葉を尽くすまでもなく分かりきったことだな」
「私が一番分かっていますが」

 マーティンとサミュエルが見つめ合う。マーティンの目は楽しそうに歪んでいて、ノアは『なんと懲りない人なのだろう』と思わず呆れてしまった。
 マーティンはついさっきサミュエルに打ちのめされたことを、既に忘れ去ったような振る舞いだ。

 二人の少し険悪な雰囲気を、パーティーの余興であるかのように喜んでいる令息令嬢たちの吞気さが羨ましくなって、ノアは密かにため息をついた。

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