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131.密やかなやり取り
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ちょっと長すぎる休憩という名の騒動処理を終えて、ノアたちは広間に戻った。
マーティンやハミルトンとは時間差があったから、ノアたちと関連づけて考える人はあまりいないだろう。サミュエルのノアに対する少し行き過ぎた接触の功罪とも言える。
広間のパーティーは変わりなく進んでいるようだ。ノアたちの不在を気にしていたとしても、それをわざわざ問うような参加者がいないことに、ノアはホッと安堵した。
サミュエルと二人で歩いている時に向けられるのは、温かな微笑みとどこか含みのある眼差し。
(……もしかして、婚約者と二人きりになりたいからって、ベランダに出ていたと思われている? そこまで色惚けている、と……?)
脳裏に浮かんだ考えは外れていない気がした。そうだとしても、ノアは事実を話して否定することはできない。今回の騒動を表沙汰にするつもりはないのだから。
「……侯爵が見ているよ」
「え? ……あ」
サミュエルに囁かれ、視線を彷徨わせたところで父と目が合う。僅かに咎めるように目を細められ、ノアは申し訳なくなって小さく頭を下げた。
パーティーの主役が抜けた場を仕切ることになったのは、当然主催者側であるノアの両親やグレイ公爵夫妻だ。滞りなくパーティーが進んでいるところを見ても、手間をかけたのは間違いない。
実は今回の婚約披露パーティーは、後継者としての手腕を発揮する場でもあったのだ。
来年成人を迎えるノアたちは、結婚後には両親に代わって、少しずつ貴族としての責務を果たしていくことになる。つまり、現在よりも貴族としての責任は更に重くなるのだ。
その予行練習を兼ねていたこのパーティーで、長い中座は当然褒められるものではない。
(後できちんとわけを話さないと……。でも、僕自身が上手く対応できていたわけではないしなぁ……)
マーティンに対応する際の最適解は、恐らくサミュエルに対応を任せ、ノアは一人でパーティーの主催に専念することだっただろう。
そのことに思い至らなかった自分の考えの甘さに落ち込む。思い至っていたとしても、上手く対応できていた自身はないけれど。
「……大丈夫だよ。そんなに落ち込むほどのことじゃない」
囁き声と共に、こめかみにキスが降ってくる。どこからか、抑えきれない黄色い歓声が聞こえた気がした。
視線を向けると、ノアたちより少し下の世代の少年少女が、頬を染めてキラキラした眼差しをしている。
「慰めていただくのは嬉しいのですが……場所を選んでください……」
咎める声に力は入らず、ノアは頬を熱くしながら軽く俯いた。
恋人同士の触れ合いに、温かな目を向けられていることは分かっているけれど、恥ずかしい気持ちが変わるわけではない。二人きりならともかく、このように囃し立てられてもおかしくない状況での触れ合いは、控えるべきだと思うのだ。
それに、ベランダで散々触れ合って上がった熱を漸く冷ましたところだったのに、サミュエルのせいでまた熱が上がってしまった。これからまた挨拶回りをしなければならないのに、冷静に対応できる気がしない。
「そうだね。じゃあ――続きはパーティーが終わってからにしよう」
「ですから、そのようなことを言うのは……!」
耳元で囁かれ、ノアはサミュエルが指す『続き』を想像して、さらに体が熱くなってしまった。これはノアの想像力が悪さをしたわけではなく、それを狙った発言をしたサミュエルが悪いと思う。
思わず恨めしげにサミュエルを見つめたところで、近づく人影に気づいた。
「――ルーカス殿下」
「俺の側近が色惚けているなんて噂が出たら、威厳がなくなるから控えてくれないか?」
「ふふ、骨抜きにされている、くらい言ってほしいものですね」
「……噂をさらに悪化させようとするんじゃない」
先ほどまで多くの貴族に対応していたはずだけれど、ルーカスはいつの間に振り切ってきたのか。憮然とした表情を浮かべて、サミュエルを軽く睨んでいる。
サミュエルは全く動じず、色惚けているとしか言えないような返答をして、ルーカスを疲弊させていた。
「私はそれくらい抜けた部分もあると思われた方が、相手が油断するからいいでしょう。それに嘘ではありませんし」
サミュエルの潜めた声での言葉を、ルーカスは肩をすくめて聞き流した。
(否定しないっていうことは、ルーカス殿下も一理あると思っているということ……? サミュエル様、貴族の皆様に警戒されているのかな? ……婚約解消の際に色々あったらしいことを考えると、王家からも警戒されているかも)
ノアは自身の婚約者のでたらめな存在感に苦笑してしまう。それだけ凄い人だから、安心して色々なことを任せてしまえるのだけれど。ただし、暴走しないよう見ておく必要はある。
「……問題は?」
ルーカスが唐突に尋ねてきた。ノアは瞬時に質問の意図を理解できなくて、パチリと瞬きをする。
「想定A。継続が必要でしょう」
「そうか。ではそのように進めてくれ」
わけの分からない会話だった。でも、サミュエルとルーカスの間では通じ合う言葉だったようで、ルーカスが平然とした様子で頷き、離れていく。用はこれだけだったようだ。
(マーティン殿下のことを聞きに来たのかと思っていたけど……。いや、この場で聞くことはできないか。じゃあ、今の会話は、その報告? ……なんか、諜報員のやり取りみたいで面白い)
不謹慎ながら、最近読んだ小説の内容を思い出して、ノアは少し目を輝かせた。もちろん、後でこのやり取りの意図をサミュエルに尋ねるつもりである。
マーティンやハミルトンとは時間差があったから、ノアたちと関連づけて考える人はあまりいないだろう。サミュエルのノアに対する少し行き過ぎた接触の功罪とも言える。
広間のパーティーは変わりなく進んでいるようだ。ノアたちの不在を気にしていたとしても、それをわざわざ問うような参加者がいないことに、ノアはホッと安堵した。
サミュエルと二人で歩いている時に向けられるのは、温かな微笑みとどこか含みのある眼差し。
(……もしかして、婚約者と二人きりになりたいからって、ベランダに出ていたと思われている? そこまで色惚けている、と……?)
脳裏に浮かんだ考えは外れていない気がした。そうだとしても、ノアは事実を話して否定することはできない。今回の騒動を表沙汰にするつもりはないのだから。
「……侯爵が見ているよ」
「え? ……あ」
サミュエルに囁かれ、視線を彷徨わせたところで父と目が合う。僅かに咎めるように目を細められ、ノアは申し訳なくなって小さく頭を下げた。
パーティーの主役が抜けた場を仕切ることになったのは、当然主催者側であるノアの両親やグレイ公爵夫妻だ。滞りなくパーティーが進んでいるところを見ても、手間をかけたのは間違いない。
実は今回の婚約披露パーティーは、後継者としての手腕を発揮する場でもあったのだ。
来年成人を迎えるノアたちは、結婚後には両親に代わって、少しずつ貴族としての責務を果たしていくことになる。つまり、現在よりも貴族としての責任は更に重くなるのだ。
その予行練習を兼ねていたこのパーティーで、長い中座は当然褒められるものではない。
(後できちんとわけを話さないと……。でも、僕自身が上手く対応できていたわけではないしなぁ……)
マーティンに対応する際の最適解は、恐らくサミュエルに対応を任せ、ノアは一人でパーティーの主催に専念することだっただろう。
そのことに思い至らなかった自分の考えの甘さに落ち込む。思い至っていたとしても、上手く対応できていた自身はないけれど。
「……大丈夫だよ。そんなに落ち込むほどのことじゃない」
囁き声と共に、こめかみにキスが降ってくる。どこからか、抑えきれない黄色い歓声が聞こえた気がした。
視線を向けると、ノアたちより少し下の世代の少年少女が、頬を染めてキラキラした眼差しをしている。
「慰めていただくのは嬉しいのですが……場所を選んでください……」
咎める声に力は入らず、ノアは頬を熱くしながら軽く俯いた。
恋人同士の触れ合いに、温かな目を向けられていることは分かっているけれど、恥ずかしい気持ちが変わるわけではない。二人きりならともかく、このように囃し立てられてもおかしくない状況での触れ合いは、控えるべきだと思うのだ。
それに、ベランダで散々触れ合って上がった熱を漸く冷ましたところだったのに、サミュエルのせいでまた熱が上がってしまった。これからまた挨拶回りをしなければならないのに、冷静に対応できる気がしない。
「そうだね。じゃあ――続きはパーティーが終わってからにしよう」
「ですから、そのようなことを言うのは……!」
耳元で囁かれ、ノアはサミュエルが指す『続き』を想像して、さらに体が熱くなってしまった。これはノアの想像力が悪さをしたわけではなく、それを狙った発言をしたサミュエルが悪いと思う。
思わず恨めしげにサミュエルを見つめたところで、近づく人影に気づいた。
「――ルーカス殿下」
「俺の側近が色惚けているなんて噂が出たら、威厳がなくなるから控えてくれないか?」
「ふふ、骨抜きにされている、くらい言ってほしいものですね」
「……噂をさらに悪化させようとするんじゃない」
先ほどまで多くの貴族に対応していたはずだけれど、ルーカスはいつの間に振り切ってきたのか。憮然とした表情を浮かべて、サミュエルを軽く睨んでいる。
サミュエルは全く動じず、色惚けているとしか言えないような返答をして、ルーカスを疲弊させていた。
「私はそれくらい抜けた部分もあると思われた方が、相手が油断するからいいでしょう。それに嘘ではありませんし」
サミュエルの潜めた声での言葉を、ルーカスは肩をすくめて聞き流した。
(否定しないっていうことは、ルーカス殿下も一理あると思っているということ……? サミュエル様、貴族の皆様に警戒されているのかな? ……婚約解消の際に色々あったらしいことを考えると、王家からも警戒されているかも)
ノアは自身の婚約者のでたらめな存在感に苦笑してしまう。それだけ凄い人だから、安心して色々なことを任せてしまえるのだけれど。ただし、暴走しないよう見ておく必要はある。
「……問題は?」
ルーカスが唐突に尋ねてきた。ノアは瞬時に質問の意図を理解できなくて、パチリと瞬きをする。
「想定A。継続が必要でしょう」
「そうか。ではそのように進めてくれ」
わけの分からない会話だった。でも、サミュエルとルーカスの間では通じ合う言葉だったようで、ルーカスが平然とした様子で頷き、離れていく。用はこれだけだったようだ。
(マーティン殿下のことを聞きに来たのかと思っていたけど……。いや、この場で聞くことはできないか。じゃあ、今の会話は、その報告? ……なんか、諜報員のやり取りみたいで面白い)
不謹慎ながら、最近読んだ小説の内容を思い出して、ノアは少し目を輝かせた。もちろん、後でこのやり取りの意図をサミュエルに尋ねるつもりである。
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