内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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130.とりあえずの対応

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「――まぁ、サミュエル様がいなければ、あり得た未来ということですかね」

 ハミルトンが苦笑と共に吐き出した言葉に、ノアは目を丸くして驚いた。意外な言葉だったのだ。
 でも、ハミルトンは何故そこまで驚くのかと不思議そうだ。

「ノア様はご存知ないのでしょうか? サミュエル様は元々私に多大な配慮をくださっていたのですよ。今後養子先を探す際もご協力くださるようで……大変ありがたいことです」
「そうなのですね」

 ノアは全く聞いたことがなかった。サミュエルがそこまでハミルトンに助力するというのは意外だけれど、何か思うことがあるのだろうと納得しておく。

(……あ。ありえない話だけど、もしライアン大公閣下の騒動の際に、サミュエル様がゲームのストーリー通りに立場をなくすことになっていたら……ハミルトン殿は望みのために、王位を目指す可能性があった……?)

 不意に思い当たった考えに、ノアは少し背筋が冷えた。何がどう関係するか分からないものである。

「――私が対応しているからといって、あまりお喋りばかりされるのは気に入らないね」
「サミュエル様。あの……すみません」

 サミュエルから呆れた声で言われ、ハッと息を飲む。慌てて謝ると、抱き寄せられて頬にキスをされた。声音ほどには機嫌が悪くはないようだ。

「失礼しました。サミュエル様にお任せしましたら問題はないかと思いまして」

 ハミルトンが平然とした表情で答える。サミュエルはちらりと視線を向け、ため息をついた。

「……何よりも気に入らないのは、私のノアに近すぎることだね」
「でしょうね。分かっていましたが、このような機会はもう二度とないかと思いまして」

 どうやら、サミュエルが不満だったのは、ノアとハミルトンの距離感に対してだったようだ。
 ノアがサミュエルを見上げて、頬にキスを返すと、いつものように甘い微笑みが向けられた。これは許してもらえたということだろうか。

「……堂々といちゃつくな。俺の前だぞ」
「殿下に配慮する必要性を感じなくなりました」

 ぐったりと疲れきった様子のマーティンから恨めしげな目を向けられても、サミュエルは一切気にしない。いっそ晴れ晴れとした表情で、マーティンに笑みを返している。
 二人の話は聞いていたものの、無事サミュエルの思う通りになったようだ。

「……カールトン国への抗議は取りやめに?」
「ああ。今回だけは、ね。ハミルトンの血筋を取り沙汰するのも躊躇われるし」
「そうですね」
「だけど、今後マーティン殿下には一層社交に励んでいただくことに加えて、私たちに必要以上に近づかない誓約をしていただいたからね」
「……いいことですね」

 ノアは心から微笑んだ。マーティンからの過度な接触への対応に苦慮していたことを考えると、サミュエルが取りつけた誓約は素晴らしいものだと感じたからだ。

 マーティンは苦々しい表情だけれど、もう抗議する気力もないのか、力なく頷くだけだ。これで懲りて、対応が難しい行動をするのをやめてもらえるといいのだが。

「ハミルトンも、それでいいね。というか、納得してもらうしかないけど」
「……ええ。構いませんよ。アダムと私への接触も、その誓約に含まれているのですよね?」
「もちろん」

 ハミルトンがホッと息をついて頬を緩めた。マーティンに十分対応できていたように見えていたけれど、やはり苦痛を感じていたようだ。
 マーティンを除いて、良い結果になったようで良かった。

(それに、僕たちと接触できないということは、ゲームの内容のような展開は訪れない可能性が高いよね……?)

 アシェルから聞いたことを考えると、マーティンが騒動を起こすには、アダムやハミルトンとの接触が不可欠だったはずだ。これで、少なくともゲームのような展開はないと考えてもいいだろう。ただし、ゲームとは異なった目的で騒動を起こす可能性は残る。

 でも、一抹の不安はあるものの、少しは安心できそうな状況に、ノアは微笑んでサミュエルに寄り添った。しっかりと抱き締めてくれる腕が好ましい。
 このまま包まれていたいけれど、今は自分たちの婚約披露パーティーの最中である。既に休憩時間としては長すぎる時間をここで過ごしてしまっているのだから、そろそろ戻らなくてはならないだろう。

「――話はまとまりましたし、殿下は早速社交に励まれてください」

 ノアと同じことを考えたのか、サミュエルがマーティンに無遠慮に促した。弱みを握っているような状態なので、マーティンの扱いが少し粗雑になっている。

「ああ、分かっている。……はぁ、もっと仲良くなれると思ったのに、残念だ」

 マーティンはため息をついて肩をすくめると、優雅な足取りで会場に戻った。
 ノアはその態度に違和感を覚えて、眉を顰める。予想していたよりも、マーティンはへこんでいない。まだ何か思惑を隠しているような気がした。

「ハミルトンも、戻るといい。アダム殿が心配しているだろう」
「ええ。そうさせていただきます」

 ハミルトンが会釈して立ち去った。きっとアダムのところに向かったのだろう。
 その後ろ姿を暫く眺めてから、ノアも会場に戻ろうと歩き出した。でも、腕を掴まれてすぐに立ち止まることになる。

「サミュエル様?」

 驚いて見上げた瞬間、唇に温かいものが触れた。息さえも許さないというように激しく食まれる。

「……っ、は……ふぅ……」
「私がいるのに、他の男と仲良くするなんて、駄目だよ」

 ようやく離されたところで、耳に注ぎ込まれた熱い息。
 ノアは荒い息を整えながら、予想以上に嫉妬深いサミュエルに苦笑してしまった。ハミルトンと長々と話し込んでしまったのは、サミュエルからすると許せないことだったらしい。
 ノアが悪いのは間違いないので、今はサミュエルがしたいようにさせるしかないだろう。

 再び近づく唇を、ノアは目を閉じて受け入れた。

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