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128.文化の違い
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「――冗談でおっしゃったことでしょうと、マーティン殿下の言動が我が国に混乱をもたらそうとするものであることは明白です。カールトン国に対し、厳重に抗議いたします」
サミュエルが宣言すると、マーティンが狼狽えた様子を見せる。
「いや、待て、ちょっと落ち着こう。ほら、公式の会話ではないのだから、俺たちの中で終わらせればいいだろう? 謝罪はきちんとする。今後同じようなことは言わないと約束する」
「落ち着いていただきたいのはマーティン殿下の方なのですが」
慌てて説得しようとするマーティンに対し、サミュエルは呆れた表情だ。
ノアもハミルトンの恋愛事情への驚きを一時忘れて呆れてしまう。一方で、マーティンの態度に違和感を覚えた。
(マーティン殿下は決して愚かな方ではないと思っていたけど……この杜撰な対応はどういうことだろう? ハミルトン殿に、王族になるよう勧めたら、問題になるのは分かりきったことだろうに……)
首を傾げていたノアに、ハミルトンが囁きかけてくる。
「……ノア殿。カールトン国は自由恋愛主義の文化なのです」
「自由恋愛主義?」
小声で話すノアとハミルトンに、サミュエルがちらりと視線を向けて、僅かに眉を寄せていた。でも、今は何も言わず、マーティンへの対応に集中する。
ノアは後でサミュエルが不貞腐れるかもしれないと思いつつも、話の内容に関心を引かれて、今はハミルトンとの会話を優先した。
「我が国の上流階級では、政略結婚が多いことはノア様もご存知のことかと思います。ですが、カールトン国は恋愛による結婚がほとんどなのです。そればかりか、恋愛感情があれば何をしてもいい、と考える者もいるとか」
「え……それで混乱が起きるとしても、ですか?」
ノアの常識外にある説明に、思わずまじまじとハミルトンの顔を見つめてしまう。ハミルトンは冗談を言っているような表情ではなかった。ノアの驚きに共感したように頷きながらも、苦笑して説明を続ける。
「もちろん限度はあります。ですが、カールトン国の常識に照らして考えますと、マーティン殿下は今回の私への話は許容されることだと判断した可能性は高いです。少なくとも、サミュエル様が抗議するほどのことではないとお考えになっていたのでしょう」
つまり、カールトン国では、王の隠し子がいた場合、その本人が愛する者と結ばれるために血筋を隠さず相応しい地位を望むと宣言すれば、認められる可能性もあるということだろう。
ノアはその文化の理解に苦しむ一方で、様々なことが腑に落ちた気がした。
まず、王妃の不貞疑惑。
王妃はカールトン国の出自なのだから、当然自由恋愛主義という文化に馴染んでいただろう。彼女自身は王との婚約が定められていたものの、王妃としての義務さえ果たせば、自由恋愛をしても構わないと思っていた可能性がある。
王が現状で王妃の不貞疑惑を隠蔽し咎めていないことを考えると、王と王妃の間で、恋愛に関するなんらかの取り決めがあったのかもしれない。
(そのせいで振り回されるのが、子どもの方だというのは納得がいかないけど……)
ノアはため息をついた。そして、自分のトラウマに関する事件が起きたことも、カールトン国の文化が原因になっているのではないかと考えて、さらに深いため息が漏れる。
幼いノアに対して、カールトン国の王女が何を考えたのかは、ノアが知る由もない。でも、もし王女が衝動の理由を恋愛感情だと考え、かつ王族であるから貴族に何かをしても大抵のことは許されると考えたなら――。
(事件を起こしても、悪意は一切なかったってことかなぁ……。たとえ恋愛感情であっても、一方通行の想いでの行動は、暴力と同じだと思うけど……)
そこまで考えたところで、以前マーティンがサミュエルの婚約解消に対して憤りを抱いていたように見えたことを思い出す。
「……自由恋愛主義なら、ライアン大公閣下の振る舞いは、カールトン国の文化に照らして考えると、咎めることではないのでは……?」
独り言のつもりだったけれど、ハミルトンにも聞こえてしまったらしい。少し考えるように首を傾げた後、躊躇いがちに口を開いた。
「それは、恐らく、補償の程度の問題かと」
「補償、ですか?」
「カールトン国は自由恋愛主義ですが、それで問題が起こった場合、原因の精査と損害の補償はきちんと行うべきだという考え方も一般的のようです」
つまり、ライアンが恋愛を重視して行動したことは、カールトン国の文化で考えると許されることだった。でも、それにより、何か損害が生じた場合は、ライアンや王族の責任としてきちんと補償すべきなのに、それができていなかったとマーティンは憤っていたということだ。
「――傍目には、サミュエル様への補償は十分ではありませんでした。マーティン殿下が不満に思われても仕方ないかと。サミュエル様の場合、目に見えない形で色々と強請り取っていらっしゃるので、私からすると、王家はお可哀想に、という感想しかありませんが」
「サミュエル様は一体何をされたのでしょう……?」
恐々と発した疑問は、ハミルトンの曖昧な微笑みに黙殺されることになった。
詳細を話せないというのは、さらに恐ろしいことのように感じるので、ノアは追及をやめた。これが賢明な判断のはずだ。
サミュエルが宣言すると、マーティンが狼狽えた様子を見せる。
「いや、待て、ちょっと落ち着こう。ほら、公式の会話ではないのだから、俺たちの中で終わらせればいいだろう? 謝罪はきちんとする。今後同じようなことは言わないと約束する」
「落ち着いていただきたいのはマーティン殿下の方なのですが」
慌てて説得しようとするマーティンに対し、サミュエルは呆れた表情だ。
ノアもハミルトンの恋愛事情への驚きを一時忘れて呆れてしまう。一方で、マーティンの態度に違和感を覚えた。
(マーティン殿下は決して愚かな方ではないと思っていたけど……この杜撰な対応はどういうことだろう? ハミルトン殿に、王族になるよう勧めたら、問題になるのは分かりきったことだろうに……)
首を傾げていたノアに、ハミルトンが囁きかけてくる。
「……ノア殿。カールトン国は自由恋愛主義の文化なのです」
「自由恋愛主義?」
小声で話すノアとハミルトンに、サミュエルがちらりと視線を向けて、僅かに眉を寄せていた。でも、今は何も言わず、マーティンへの対応に集中する。
ノアは後でサミュエルが不貞腐れるかもしれないと思いつつも、話の内容に関心を引かれて、今はハミルトンとの会話を優先した。
「我が国の上流階級では、政略結婚が多いことはノア様もご存知のことかと思います。ですが、カールトン国は恋愛による結婚がほとんどなのです。そればかりか、恋愛感情があれば何をしてもいい、と考える者もいるとか」
「え……それで混乱が起きるとしても、ですか?」
ノアの常識外にある説明に、思わずまじまじとハミルトンの顔を見つめてしまう。ハミルトンは冗談を言っているような表情ではなかった。ノアの驚きに共感したように頷きながらも、苦笑して説明を続ける。
「もちろん限度はあります。ですが、カールトン国の常識に照らして考えますと、マーティン殿下は今回の私への話は許容されることだと判断した可能性は高いです。少なくとも、サミュエル様が抗議するほどのことではないとお考えになっていたのでしょう」
つまり、カールトン国では、王の隠し子がいた場合、その本人が愛する者と結ばれるために血筋を隠さず相応しい地位を望むと宣言すれば、認められる可能性もあるということだろう。
ノアはその文化の理解に苦しむ一方で、様々なことが腑に落ちた気がした。
まず、王妃の不貞疑惑。
王妃はカールトン国の出自なのだから、当然自由恋愛主義という文化に馴染んでいただろう。彼女自身は王との婚約が定められていたものの、王妃としての義務さえ果たせば、自由恋愛をしても構わないと思っていた可能性がある。
王が現状で王妃の不貞疑惑を隠蔽し咎めていないことを考えると、王と王妃の間で、恋愛に関するなんらかの取り決めがあったのかもしれない。
(そのせいで振り回されるのが、子どもの方だというのは納得がいかないけど……)
ノアはため息をついた。そして、自分のトラウマに関する事件が起きたことも、カールトン国の文化が原因になっているのではないかと考えて、さらに深いため息が漏れる。
幼いノアに対して、カールトン国の王女が何を考えたのかは、ノアが知る由もない。でも、もし王女が衝動の理由を恋愛感情だと考え、かつ王族であるから貴族に何かをしても大抵のことは許されると考えたなら――。
(事件を起こしても、悪意は一切なかったってことかなぁ……。たとえ恋愛感情であっても、一方通行の想いでの行動は、暴力と同じだと思うけど……)
そこまで考えたところで、以前マーティンがサミュエルの婚約解消に対して憤りを抱いていたように見えたことを思い出す。
「……自由恋愛主義なら、ライアン大公閣下の振る舞いは、カールトン国の文化に照らして考えると、咎めることではないのでは……?」
独り言のつもりだったけれど、ハミルトンにも聞こえてしまったらしい。少し考えるように首を傾げた後、躊躇いがちに口を開いた。
「それは、恐らく、補償の程度の問題かと」
「補償、ですか?」
「カールトン国は自由恋愛主義ですが、それで問題が起こった場合、原因の精査と損害の補償はきちんと行うべきだという考え方も一般的のようです」
つまり、ライアンが恋愛を重視して行動したことは、カールトン国の文化で考えると許されることだった。でも、それにより、何か損害が生じた場合は、ライアンや王族の責任としてきちんと補償すべきなのに、それができていなかったとマーティンは憤っていたということだ。
「――傍目には、サミュエル様への補償は十分ではありませんでした。マーティン殿下が不満に思われても仕方ないかと。サミュエル様の場合、目に見えない形で色々と強請り取っていらっしゃるので、私からすると、王家はお可哀想に、という感想しかありませんが」
「サミュエル様は一体何をされたのでしょう……?」
恐々と発した疑問は、ハミルトンの曖昧な微笑みに黙殺されることになった。
詳細を話せないというのは、さらに恐ろしいことのように感じるので、ノアは追及をやめた。これが賢明な判断のはずだ。
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