内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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126.寄り添い向き合う

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 戸惑った表情で出てきたアダムと目が合う。すぐに驚いた表情をされたので、ノアは曖昧に微笑んでおいた。この状況でどう対応するのが正解なのか、ノアには分からない。

 アダムはノアたちを見て、以前ルーカスを交えてマーティンについての話をしたことをすぐに思い出したようだ。
 自分のあずかり知らない事情があるのだろうと察し、微笑み会釈を返してくる。そして、何事もなかったかのように平然とした表情で去って行った。

 その後ろ姿に、ノアは思わず感心の眼差しを向ける。口を出すべきでないことを悟り、気づかない振りをできるのは、非常に賢い振る舞いだと思った。

 社交というのは、ただ話が上手いだけではいけない。状況を瞬時に把握し、それに合わせて対応できることが最も大切なのである。

(年下だけど、見習うべきところが多いなぁ。できたら、もう少し話をしてみたいけど……色々なことが片づいてからかな)

 アダムはサミュエルの親戚だから、今後もっと近い距離で話す機会もあるだろう。それが楽しみだった。それまでに、ノアは自分の社交力を少しは向上させておきたいとも思うけれど。

「――なぜ、私の血筋に関心を抱かれるのですか?」

 ノアがよそ事を考えていると、ハミルトンとマーティンの会話が再開していた。
 不快さが滲んだ声音に、ノアは苦笑してしまう。ハミルトンは平常心を取り繕うのも既に限界なようだ。

「……サミュエル様、そろそろ介入した方がいいのでは?」

 小声でサミュエルに尋ねると、微笑みが返ってきた。

「もう少し待とう。マーティン殿下の狙いを知りたいからね。ハミルトンは大丈夫だよ。彼はそれなりに賢いから」
「……分かりました」

 そんな悠長な感じでいいのかと疑問に思うも、現状で切羽詰まったような雰囲気がないのは事実だ。それに、マーティンの思惑を知る良い機会なのだから、逃したくないと思うのは仕方ない。

「――なぜ、か……」

 沈黙の後に、マーティンが思わせぶりに呟く。ちらりと様子を窺うと、マーティンはベランダの欄干に寄りかかり、夜空を見上げていた。

「――貴殿は国の中枢にあるべき血筋であるにもかかわらず、不遇の身だろう。それなのに、どうしてその原因を恨まないんだ? もっとより良い生き方を望まないんだ? ……俺は貴殿の考えに興味がある」
「傍迷惑な興味ですね」

 ハミルトンがバッサリと切り捨てるような返事をすると、一拍おいてマーティンが心底楽しそうに笑い声を上げた。

「ハハッ……そうだな。貴殿にとってはそうであろうよ」
「私の考えを知って、殿下はどうするつもりなのですか。殿下には関係のないことでしょう?」
「……あぁ、そうだな。だが――」

 続く言葉は聞こえなかった。ガラス戸の隙間から窺うと、マーティンがハミルトンの方に身を寄せ、何か耳元で囁いているのが見える。視線を鋭くしているハミルトンの様子から考えて、良い話ではないのは間違いない。

「重要なところが聞こえないな……」
「そうですね。それに、そろそろ――」

 ノアが再度介入を促そうとしたとき、サミュエルが素早く動いてベランダに踏み込んだ。突然の行動に目を丸くして固まってから、ノアも慌てて後に続く。
 そして視界に入ったのは、ハミルトンが片手を振り上げている姿だった。

「ハミルトン殿!?」
「遅くなったかな。少し落ち着いた方がいい」

 サミュエルはハミルトンとマーティンを引き離すように間に立って、双方を牽制する眼差しを向けていた。ノアは二人の様子を窺いながら、サミュエルの横に立つ。

 ノアたちの姿を目にしたハミルトンは、ゆっくりと手を下ろし、視線を庭へと向けた。その横顔には未だ怒りが滲んでいるように見える。

 マーティンは目を丸くして驚いているようだ。それが、突然のノアたちの介入に対しての反応なのか、それともハミルトンの行動に対しての反応なのかは判断がつかない。でも、少なくとも、現状がマーティンの望んだ展開ではないのは確かだった。

「何があったのかは分からないけれど、私たちの祝いの席での騒動を歓迎しかねる。分かるね、ハミルトン?」
「……えぇ、もちろんです。ご迷惑をおかけいたしました。マーティン殿下、失礼な言動をいたしましたこと、深くお詫びいたします」

 王族であるマーティンを立てて、サミュエルがハミルトンを諫める。ハミルトンは表情を取り繕い、マーティンに真摯に頭を下げた。

 ハミルトンが怒ったのは、確実にマーティンが何か良からぬことを囁いたからだろう。それなのに、言い訳一つせず頭を下げなければならないのは、どれほど苦しいことだろうか。

 その心中を察してノアは悲しくなった。でも、謝罪を促したサミュエルと、貴族としての振る舞いを優先したハミルトンの、どちらも正しいと分かっているから、ノアが口を挟むことできない。

「……謝罪を受け入れる」

 マーティンが僅かに顔を顰めながらも言葉を返した。

 ノアは多少の慰めになればと、頭を上げたハミルトンに労わりの笑みを向けて寄り添う。
 ハミルトンは意外そうに僅かに目を見開き、すぐに頬を緩めた。ノアの心が伝わったようだ。

 ノアとハミルトンを見て、サミュエルは片眉を上げて少し嫌そうな表情になっているけれど、今だけは許してもらいたい。

「……それで、何故マーティン殿下はこんなところにいらっしゃるのですか? まだパーティーは終わっていませんよ。何やらハミルトン殿に言っていたようでしたが、それはここでしか話せないことなのですか?」

 サミュエルの冷えた声での問いに、マーティンが「ウッ……」と息を詰まらせる。そろりと視線を逸らす様子は、『まずいところを見られた』とあからさまに物語っていた。

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