内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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125.聞き耳を立てる

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 一通りの招待客には既に挨拶を終えていたので、ノアたちがベランダに向かっても止める者はいなかった。サミュエルの合図で、オーケストラによる演奏が始まり、ノアたちへの注目が減っていたからでもある。

 アダムたちが向かったベランダは、使用人に聞けばすぐに分かった。閉じられたガラス戸を少し開くと、広間のざわめきとは異なる声が聞こえてくる。

「――まだ、争っているという感じではないね。少し様子を見よう」
「はい。……飲み物を」

 近くを通りがかったウェイターからグラスを受け取り、演奏を楽しんでいる風を装う。意識は外の会話に向かっていた。

「――ですから、もうアダムにつきまとうのはやめていただけませんか。私たちは伯爵家の者ですが、殿下が興味を示されるほどの者ではありません」

 ハミルトンの不快感が滲んだ声が聞こえる。他国の王子に対してはマナー違反になりそうなくらい厳しい口調だ。
 ノアが知るハミルトンは、知的で常に穏やかな男性だから、少し意外に思った。でも、サミュエル曰く、ハミルトンはアダムへの愛情が深いようなので、つきまとうマーティンに怒るのも仕方ないのだろう。

「つきまとうなんて、人聞きが悪いな。俺はこの国に友好を深めるために来たんだ。気に入った者に話しかけて何か問題でもあるか?」

 悪びれない返事をするマーティンに、ノアは思わず眉を寄せた。迷惑行為の自覚がないのか、それとも王族だから許されると思っているのか、マーティンがハミルトンやアダムの心情に配慮する素振りはない。どうしたものだろうか。

 サミュエルを横目で窺うと、肩をすくめられた。サミュエルならばマーティンの行動を咎めることができるだろうと思ったけれど、今はまだそのつもりはないようだ。

「……弟を気に入っていただけましたのは、光栄なことです。しかし、このように人目がないところで二人きりになろうとするのは許容できかねます。アダムはまだ婚約者もおらず、マーティン殿下と二人きりのところを誰かに見られでもしましたら、誤解が生まれてしまいます」
「それはそれで、俺は事実にしても構わないが」
「こちらでそのつもりはございません」

 揶揄を含んだマーティンの言葉に、ハミルトンが間髪入れずピシャリと返す。それがあまりに小気味よく感じて、ノアは少し笑ってしまった。
 マーティンの少し強引で相手の都合を斟酌しない行動に、ノアもストレスが溜まっていたのかもしれない。ハミルトンに拍手を送りたくなるけれど、これは少し性格が悪いだろうと自重した。

「……これでも、ハミルトンは随分と怒りを抑えていると思うよ」
「そうなのですか?」

 小声で囁かれ、ノアはサミュエルの顔を見上げた。サミュエルは愉快そうに微笑んでいる。

「彼は基本的には穏やかな人間だけど、何かを守るためには苛烈な振る舞いも厭わないタイプだ。なかなか面白い男だよ」
「……サミュエル様がそのようにおっしゃるのは珍しいですね」

 ノアはまじまじとサミュエルを見つめた。他者に興味を抱かない性質のサミュエルが、ハミルトンには何かしらの感情を抱いているように思える。

「私と似ているからかな。結構気が合うんだよ」
「……自覚がおありのようで良かったです」

 思わず苦笑を返す。サミュエルの分析が正しいなら、ハミルトンは確かにサミュエルに似たタイプなのだろう。それで、サミュエルは同族嫌悪ではなく、親近感を覚えているらしい。

 ハミルトンがサミュエルと似ているとなると、彼が守る対象としているだろうアダムにちょっかいを出され、どんな行動にでるか考えると、ノアは少し怖くなってきた。
 サミュエルは昔他国の王子を泣かせたことがあると聞いたし、ハミルトンも似たようなことをしでかす可能性がある。

 早々に止めに入るべきではないかとノアが悩んでいる間も、ハミルトンたちの会話は進んでいく。

「――分かった。アダム殿にこれ以上手を出すことはない。俺の名にかけて誓約しよう」

 ハミルトンの拒絶に気圧されたのか、遂にマーティンが疲れたような声で宣言する。その様子を窺うと、マーティンが両手を挙げて降参を示すようなポーズをとっていた。

 この様子なら、ノアたちが危惧していたような騒ぎは起こらないかもしれない。そっと胸を撫で下ろしたけれど、そう上手くことは進まないようだ。

「……受け入れましょう。でしたら、私たちはこの辺で――」
「だが、俺が誓約するのはアダム殿に対してだけだ。ハミルトン殿、俺と話をする気はないか?」

 ハミルトンの言葉を遮るように、朗々とした声で放たれた誘い文句。ノアは思わず息を飲んで会話の続きを待った。

「……私がこれ以上殿下とお話することはございませんが」
「本当に? 君の血筋――」
「その話はここでするようなものではありません」

 もったいぶったような口調のマーティンを、ハミルトンが冷たく遮る。

「……血筋? 兄上、どういうことでしょうか?」
「アダム。それは気にしてはならないことだ。……マーティン殿下がアダムに用がないのでしたら、彼は退席させます。よろしいですね?」
「俺は構わない」
「兄上……?」

 戸惑うアダムの気配が近づいてくる。ハミルトンに広間へと押し出されているのだ。
 ノアはこの後どうすべきかとサミュエルの顔を窺う。すると、思案げにしていたサミュエルの顔に、微笑が浮かび、ノアはさらに戸惑うことになった。

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