125 / 277
125.聞き耳を立てる
しおりを挟む
一通りの招待客には既に挨拶を終えていたので、ノアたちがベランダに向かっても止める者はいなかった。サミュエルの合図で、オーケストラによる演奏が始まり、ノアたちへの注目が減っていたからでもある。
アダムたちが向かったベランダは、使用人に聞けばすぐに分かった。閉じられたガラス戸を少し開くと、広間のざわめきとは異なる声が聞こえてくる。
「――まだ、争っているという感じではないね。少し様子を見よう」
「はい。……飲み物を」
近くを通りがかったウェイターからグラスを受け取り、演奏を楽しんでいる風を装う。意識は外の会話に向かっていた。
「――ですから、もうアダムにつきまとうのはやめていただけませんか。私たちは伯爵家の者ですが、殿下が興味を示されるほどの者ではありません」
ハミルトンの不快感が滲んだ声が聞こえる。他国の王子に対してはマナー違反になりそうなくらい厳しい口調だ。
ノアが知るハミルトンは、知的で常に穏やかな男性だから、少し意外に思った。でも、サミュエル曰く、ハミルトンはアダムへの愛情が深いようなので、つきまとうマーティンに怒るのも仕方ないのだろう。
「つきまとうなんて、人聞きが悪いな。俺はこの国に友好を深めるために来たんだ。気に入った者に話しかけて何か問題でもあるか?」
悪びれない返事をするマーティンに、ノアは思わず眉を寄せた。迷惑行為の自覚がないのか、それとも王族だから許されると思っているのか、マーティンがハミルトンやアダムの心情に配慮する素振りはない。どうしたものだろうか。
サミュエルを横目で窺うと、肩をすくめられた。サミュエルならばマーティンの行動を咎めることができるだろうと思ったけれど、今はまだそのつもりはないようだ。
「……弟を気に入っていただけましたのは、光栄なことです。しかし、このように人目がないところで二人きりになろうとするのは許容できかねます。アダムはまだ婚約者もおらず、マーティン殿下と二人きりのところを誰かに見られでもしましたら、誤解が生まれてしまいます」
「それはそれで、俺は事実にしても構わないが」
「こちらでそのつもりはございません」
揶揄を含んだマーティンの言葉に、ハミルトンが間髪入れずピシャリと返す。それがあまりに小気味よく感じて、ノアは少し笑ってしまった。
マーティンの少し強引で相手の都合を斟酌しない行動に、ノアもストレスが溜まっていたのかもしれない。ハミルトンに拍手を送りたくなるけれど、これは少し性格が悪いだろうと自重した。
「……これでも、ハミルトンは随分と怒りを抑えていると思うよ」
「そうなのですか?」
小声で囁かれ、ノアはサミュエルの顔を見上げた。サミュエルは愉快そうに微笑んでいる。
「彼は基本的には穏やかな人間だけど、何かを守るためには苛烈な振る舞いも厭わないタイプだ。なかなか面白い男だよ」
「……サミュエル様がそのようにおっしゃるのは珍しいですね」
ノアはまじまじとサミュエルを見つめた。他者に興味を抱かない性質のサミュエルが、ハミルトンには何かしらの感情を抱いているように思える。
「私と似ているからかな。結構気が合うんだよ」
「……自覚がおありのようで良かったです」
思わず苦笑を返す。サミュエルの分析が正しいなら、ハミルトンは確かにサミュエルに似たタイプなのだろう。それで、サミュエルは同族嫌悪ではなく、親近感を覚えているらしい。
ハミルトンがサミュエルと似ているとなると、彼が守る対象としているだろうアダムにちょっかいを出され、どんな行動にでるか考えると、ノアは少し怖くなってきた。
サミュエルは昔他国の王子を泣かせたことがあると聞いたし、ハミルトンも似たようなことをしでかす可能性がある。
早々に止めに入るべきではないかとノアが悩んでいる間も、ハミルトンたちの会話は進んでいく。
「――分かった。アダム殿にこれ以上手を出すことはない。俺の名にかけて誓約しよう」
ハミルトンの拒絶に気圧されたのか、遂にマーティンが疲れたような声で宣言する。その様子を窺うと、マーティンが両手を挙げて降参を示すようなポーズをとっていた。
この様子なら、ノアたちが危惧していたような騒ぎは起こらないかもしれない。そっと胸を撫で下ろしたけれど、そう上手くことは進まないようだ。
「……受け入れましょう。でしたら、私たちはこの辺で――」
「だが、俺が誓約するのはアダム殿に対してだけだ。ハミルトン殿、俺と話をする気はないか?」
ハミルトンの言葉を遮るように、朗々とした声で放たれた誘い文句。ノアは思わず息を飲んで会話の続きを待った。
「……私がこれ以上殿下とお話することはございませんが」
「本当に? 君の血筋――」
「その話はここでするようなものではありません」
もったいぶったような口調のマーティンを、ハミルトンが冷たく遮る。
「……血筋? 兄上、どういうことでしょうか?」
「アダム。それは気にしてはならないことだ。……マーティン殿下がアダムに用がないのでしたら、彼は退席させます。よろしいですね?」
「俺は構わない」
「兄上……?」
戸惑うアダムの気配が近づいてくる。ハミルトンに広間へと押し出されているのだ。
ノアはこの後どうすべきかとサミュエルの顔を窺う。すると、思案げにしていたサミュエルの顔に、微笑が浮かび、ノアはさらに戸惑うことになった。
アダムたちが向かったベランダは、使用人に聞けばすぐに分かった。閉じられたガラス戸を少し開くと、広間のざわめきとは異なる声が聞こえてくる。
「――まだ、争っているという感じではないね。少し様子を見よう」
「はい。……飲み物を」
近くを通りがかったウェイターからグラスを受け取り、演奏を楽しんでいる風を装う。意識は外の会話に向かっていた。
「――ですから、もうアダムにつきまとうのはやめていただけませんか。私たちは伯爵家の者ですが、殿下が興味を示されるほどの者ではありません」
ハミルトンの不快感が滲んだ声が聞こえる。他国の王子に対してはマナー違反になりそうなくらい厳しい口調だ。
ノアが知るハミルトンは、知的で常に穏やかな男性だから、少し意外に思った。でも、サミュエル曰く、ハミルトンはアダムへの愛情が深いようなので、つきまとうマーティンに怒るのも仕方ないのだろう。
「つきまとうなんて、人聞きが悪いな。俺はこの国に友好を深めるために来たんだ。気に入った者に話しかけて何か問題でもあるか?」
悪びれない返事をするマーティンに、ノアは思わず眉を寄せた。迷惑行為の自覚がないのか、それとも王族だから許されると思っているのか、マーティンがハミルトンやアダムの心情に配慮する素振りはない。どうしたものだろうか。
サミュエルを横目で窺うと、肩をすくめられた。サミュエルならばマーティンの行動を咎めることができるだろうと思ったけれど、今はまだそのつもりはないようだ。
「……弟を気に入っていただけましたのは、光栄なことです。しかし、このように人目がないところで二人きりになろうとするのは許容できかねます。アダムはまだ婚約者もおらず、マーティン殿下と二人きりのところを誰かに見られでもしましたら、誤解が生まれてしまいます」
「それはそれで、俺は事実にしても構わないが」
「こちらでそのつもりはございません」
揶揄を含んだマーティンの言葉に、ハミルトンが間髪入れずピシャリと返す。それがあまりに小気味よく感じて、ノアは少し笑ってしまった。
マーティンの少し強引で相手の都合を斟酌しない行動に、ノアもストレスが溜まっていたのかもしれない。ハミルトンに拍手を送りたくなるけれど、これは少し性格が悪いだろうと自重した。
「……これでも、ハミルトンは随分と怒りを抑えていると思うよ」
「そうなのですか?」
小声で囁かれ、ノアはサミュエルの顔を見上げた。サミュエルは愉快そうに微笑んでいる。
「彼は基本的には穏やかな人間だけど、何かを守るためには苛烈な振る舞いも厭わないタイプだ。なかなか面白い男だよ」
「……サミュエル様がそのようにおっしゃるのは珍しいですね」
ノアはまじまじとサミュエルを見つめた。他者に興味を抱かない性質のサミュエルが、ハミルトンには何かしらの感情を抱いているように思える。
「私と似ているからかな。結構気が合うんだよ」
「……自覚がおありのようで良かったです」
思わず苦笑を返す。サミュエルの分析が正しいなら、ハミルトンは確かにサミュエルに似たタイプなのだろう。それで、サミュエルは同族嫌悪ではなく、親近感を覚えているらしい。
ハミルトンがサミュエルと似ているとなると、彼が守る対象としているだろうアダムにちょっかいを出され、どんな行動にでるか考えると、ノアは少し怖くなってきた。
サミュエルは昔他国の王子を泣かせたことがあると聞いたし、ハミルトンも似たようなことをしでかす可能性がある。
早々に止めに入るべきではないかとノアが悩んでいる間も、ハミルトンたちの会話は進んでいく。
「――分かった。アダム殿にこれ以上手を出すことはない。俺の名にかけて誓約しよう」
ハミルトンの拒絶に気圧されたのか、遂にマーティンが疲れたような声で宣言する。その様子を窺うと、マーティンが両手を挙げて降参を示すようなポーズをとっていた。
この様子なら、ノアたちが危惧していたような騒ぎは起こらないかもしれない。そっと胸を撫で下ろしたけれど、そう上手くことは進まないようだ。
「……受け入れましょう。でしたら、私たちはこの辺で――」
「だが、俺が誓約するのはアダム殿に対してだけだ。ハミルトン殿、俺と話をする気はないか?」
ハミルトンの言葉を遮るように、朗々とした声で放たれた誘い文句。ノアは思わず息を飲んで会話の続きを待った。
「……私がこれ以上殿下とお話することはございませんが」
「本当に? 君の血筋――」
「その話はここでするようなものではありません」
もったいぶったような口調のマーティンを、ハミルトンが冷たく遮る。
「……血筋? 兄上、どういうことでしょうか?」
「アダム。それは気にしてはならないことだ。……マーティン殿下がアダムに用がないのでしたら、彼は退席させます。よろしいですね?」
「俺は構わない」
「兄上……?」
戸惑うアダムの気配が近づいてくる。ハミルトンに広間へと押し出されているのだ。
ノアはこの後どうすべきかとサミュエルの顔を窺う。すると、思案げにしていたサミュエルの顔に、微笑が浮かび、ノアはさらに戸惑うことになった。
113
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる