内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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123.気になる眼差し

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 サミュエルと話して、別のことに頭を悩ませないといけない気がして忘れていたけれど、今はマーティンの到着を待っていたわけで。

「――お二人とも、お戯れはそれくらいになさってください。マーティン殿下の馬車が到着されましたよ」

 寄り添っていたノアとサミュエルに呆れの籠った声を掛けたのはロウだった。使用人たちから視線を感じる。嫌な感情は籠っていないし、なんだか慣れてしまったけれど、主人として威厳をなくしていいわけではない。

 ノアはさりげなくサミュエルから少し離れ、外に視線を向ける。前庭にちょうど馬車が止まったところだった。

「……カールトン国って、派手好きだよね」

 サミュエルが表情を取り繕ったままぼそりと呟く。その言葉はノアの感想と全く同じで、大きく頷いてしまいそうになるのをグッと堪えた。マーティンが降りてくる姿が見えたのだ。迎え入れる側として、失礼があってはいけない。

 それはそれとして、ノアが馬車をまじまじと見つめてしまうのは仕方ないことだった。
 サミュエルが派手と表現したように、馬車は金銀で煌びやかに輝き、そればかりか原色系で塗装されている。これを派手と言わずしてどう表すのか、というような装飾だ。
 でも、不思議と嫌な気分にはならないので、おそらく芸術的な作品として見ると素晴らしいものなのだろう。ノア自身がこれに乗りたいとは思わないけれど。

 馬車から降りてきたマーティンも、馬車の見た目に合わせたような煌びやかさだ。金の装飾を多用し、白を基調とした服にも金の刺繍が施されている。

(こんな派手な装いが似合うんだから、マーティン殿下も格好いい人なんだよなぁ。サミュエル様と比べてしまうと、どうしても劣っているように思えてしまうけど。というか、サミュエル様がマーティン殿下みたいな装いをしていたら、眩しすぎて直視できないかもしれない……)

 脳裏にマーティンのような装いをしているサミュエルを思い浮かべ、『神の御使いというより、もう神様……』なんて感想を抱いてしまった。サミュエルが聞いたら笑い飛ばすか、とんでもなく嫌がりそうである。

 ノアがそんなよそ事を考えていると察したのか、サミュエルが小声で「あれはカールトン国の文化だよ。私にはあのようなセンスはないからね?」と念を押してきた。
 サミュエルは頭の中まで読めるのかと少しおののきながら、ノアは小さく頷いて返す。言葉で返事をする余裕はなかった。

「やあ、お招き感謝する。婚約おめでとう」
「ようこそいらっしゃいました。ご出席いただけまして幸いでございます」
「お祝いありがとうございます」

 マーティンに声を掛けられ、ノアはサミュエルと共に頭を下げた。学園でどう接していようと、一歩外に出れば貴族と他国の王族としての振る舞いを徹底しなければならない。
 それはマーティンも分かっているのか、少し不満げな表情ながらも頷いて受け入れた。

「どうぞこちらへ。そろそろパーティーの開会を宣言する時間ですので、案内は彼に――」

 サミュエルが視線を向けたのは、グレイ公爵家から派遣されてきた侍従だ。グレイ公爵家は国賓の対応を行うこともあるため、ランドロフ侯爵家の者より対応に慣れている。そのため、マーティンの相手にと借り受けているのだ。

「俺はもう少し貴殿らと話をしたいのだがな」
「申し訳ございません。本日は私どもが主催であるため、殿下に十分な対応ができないのです。後ほどまたご挨拶にまいりますので」
「……仕方ないか」

 マーティンの常識を無視した要求に、ノアは少しヒヤッとしたけれど、サミュエルが如才なく対応してくれた。再びサミュエルと共に頭を下げ、広間に着いたところでマーティンと別れる。

 広間は既に招待客で賑わっていた。婚約披露というめでたいパーティーであるためか、どの顔も明るい。
 ノアたちは招待客と挨拶を軽く交わしながら、広間の奥に据えられた壇上に向かった。ノアの両親やグレイ公爵夫妻も近づいてくる。

 サミュエルと共に壇上に立つと、数多の視線が降り注いだ。どれもが祝意に満ちたものだけれど、一部棘を感じるものもある。

 ノアは顔を顰めてしまわないよう気をつけて、緊張で激しく鼓動を打つ心臓を必死に宥めた。

「本日はお集まりいただきありがとうございます――」

 サミュエルの低く落ち着いた声が響く。同時にノアの腰に手が回り、抱き寄せられた。それに逆らわずはしたなくない程度に身を寄せると、ホッと心が少し休まる。

(やっぱりサミュエル様は凄い……。傍にいるだけで、安心する……)

 ノアはサミュエルの体温を感じて、ようやく会場内を落ち着いて見る余裕が生まれた。
 好き勝手にお喋りしている者は一人もいなくて、誰もがサミュエルの挨拶に静かに耳を傾けている。それだけ、サミュエルという存在に人目を惹きつける力があるのだ。

「まだ若輩者ではございますが、これからは婚約者と共に協力し合い、貴族としての務めを果たしていく所存です。どうか皆様もお力添えをよろしくお願いいたします」

 ノアもサミュエルの挨拶に言葉を添え、なんとか緊張の挨拶をやり遂げた。これからがパーティーの本番だから、まだ安心はできないけれど、少しだけ肩の力が抜ける。

(……あ、アダムさんとハミルトン殿。近くにルーカス殿下も。……マーティン殿下は――)

 会場を見渡し目に入った人々。誰もが温かな笑みを浮かべていたけれど、ただ一人マーティンだけが違った。
 ノアは思わずサミュエルに身を寄せる。ノアの両親やグレイ公爵夫妻が挨拶しているのを聞きながら、指先が冷えるのを感じた。

(――マーティン殿下は、どうしてそんなに冷たい目を……?)

 その表情の理由が、ノアは全く分からなかった。

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