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122.甘えること
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既に招待客はマーティンを除いて揃っていた。ほとんどの者が広間に集っているので、玄関ホールはノアとサミュエル、使用人たちの姿しかない。ノアの両親は今頃、招待客の挨拶に回っているだろう。
「マーティン殿下、何をされるつもりでしょうか……」
これまでに何度もサミュエルに零した疑問だった。不安の籠った言葉に、サミュエルがノアの肩を抱く。そっと頬にキスをされ、微笑みかけられると、募っていた不安感が少し和らいだ。
「大丈夫だよ。いかに享楽主義なマーティン殿下でも、社交の場でマナー違反を犯すほど愚かじゃない。何があっても私が対応するから、ノアは皆から祝福を受けて楽しんでいればいいよ」
「……僕だって、お役に立ちたいのですが」
サミュエルの気遣いからの言葉だと分かっていたけれど、除け者にされるのは少しばかり不満である。
ノアが僅かに唇を尖らせ見上げると、サミュエルは笑みを深めた。気づいた時には唇が軽く啄まれていて、ノアは目を見開き固まった後、頬を赤く染める。
「――サミュエル様っ、今はそのようなことをする場合では……!」
「すまないね。キスをねだっているのだと思って」
キスには慣らされたけれど、それは場所を選んでのこと。このような状況で急にキスされては、ノアは軽くパニック状態になってしまう。
抗議をしていると、再び唇を塞がれた。サミュエルは軽々しくキスをし過ぎだ。
使用人たちから向けられる眼差しに、呆れが籠ったのを感じて、ノアは両手で唇を覆った。これ以上のキスを防ぐためである。言葉でサミュエルを止められるとは、最初から考えていない。
「もう駄目です! サミュエル様、少し落ち着いてくださいませ!」
「私は十分落ち着いているけどね。ノアは頬を冷ました方が良さそうだ」
「……誰のせいだとお思いですか?」
悪びれない態度に、ノアは目を細めてサミュエルを軽く睨んでしまう。声には不満が溢れていたけれど、どこか甘えた響きもあった。ノア自身でさえ自覚しているのだから、サミュエルがそれに気づかないわけがない。
サミュエルは嬉しそうに微笑みながら、ノアの機嫌をとるように抱き締め、軽く身体を揺らした。まるで赤子をあやすような仕草ではあるが、サミュエルの体温を全身で感じて、ノアの心が緩やかに安らいでいく。
「ノアが微笑んで傍にいてくれるだけで、私は幸せでいられるんだ。役に立つなんて考える必要はないんだよ。ノアを甘やかすのが私の幸せなのに、それを奪うつもりかい?」
「……随分と僕に好都合な幸せですね」
「そう思ってくれるなら、私たちはお似合いということだね」
サミュエルはノアを甘やかすことで幸せを感じ、ノアはサミュエルに甘やかされて幸せを感じる。それは確かに似合いの関係なのだろう。でも、ノアはどうにもつり合いが取れていないように感じてしまう。
「……僕だって、サミュエル様を甘やかしたいです」
つい零れ落ちたノアの本心に、サミュエルの動きが止まった。
緩く抱き締めるサミュエルの腕の中から見上げる。虚を突かれたような顔のサミュエルに、ノアは自然と微笑みを向けていた。
「――サミュエル様だけなんて、ズルいですよ」
「……それは……なんというか――」
珍しくサミュエルが言葉を選ぶ様子で視線を彷徨わせた。ノアは首を傾げながら、続く言葉を待つ。いつマーティンの姿が現れてもおかしくないから、さほど時間の余裕はないけれど、サミュエルを急かす気にはならなかった。
再びサミュエルの視線がノアに注がれ、身体が震えた。サミュエルの眼差しがあまりに情熱的で、身体の芯から熱くなる心地がしたのだ。
「結婚したら、たくさん甘やかしてもらうから、それまでその楽しみはとっておくよ」
なんとも含みのある言葉だと思った。でも、その意味がよく分からない。
サミュエルを甘やかせるのは嬉しいけれど、何故結婚した後でなければいけないのか。それを告げる時に、どうしてこれほどまでに色気を漂わせるのか。
「……結婚した後でなければいけない理由があるのですか?」
「もちろん――」
疑問をそのまま口にしたら、サミュエルが微笑み、ノアの耳に唇を寄せて囁いた。熱い吐息が耳にかかり、身体の奥から何かがじわりと溢れだすような気分で落ち着かない。
「さすがに、婚約者としての振る舞いを外れてしまったら、侯爵に怒られてしまうからね」
「どうして、そんなことに……?」
「ノアに甘やかされたら、我慢できる自信がないからね。……襲ってしまいそうだ」
そこまで言われて、ノアはなんとなく悟った。サミュエルが言う甘やかしとは、少し性的な意味を含んでいるようだ、と。
ノアは単純にサミュエルの役に立ちたいと考えていたのに、何故そのような想像に繫がったのか。
「……サミュエル様、やはり少し落ち着かれた方がいいですよ」
「私もちょうど今、同じことを考えていたところだよ」
真剣な表情でそう言ったところを見ると、サミュエルも自分の想像が妄想の域になっている自覚があったようだ。
ノアは少し呆れてしまいながらも、頬が熱くなるのを抑えられなかった。
「マーティン殿下、何をされるつもりでしょうか……」
これまでに何度もサミュエルに零した疑問だった。不安の籠った言葉に、サミュエルがノアの肩を抱く。そっと頬にキスをされ、微笑みかけられると、募っていた不安感が少し和らいだ。
「大丈夫だよ。いかに享楽主義なマーティン殿下でも、社交の場でマナー違反を犯すほど愚かじゃない。何があっても私が対応するから、ノアは皆から祝福を受けて楽しんでいればいいよ」
「……僕だって、お役に立ちたいのですが」
サミュエルの気遣いからの言葉だと分かっていたけれど、除け者にされるのは少しばかり不満である。
ノアが僅かに唇を尖らせ見上げると、サミュエルは笑みを深めた。気づいた時には唇が軽く啄まれていて、ノアは目を見開き固まった後、頬を赤く染める。
「――サミュエル様っ、今はそのようなことをする場合では……!」
「すまないね。キスをねだっているのだと思って」
キスには慣らされたけれど、それは場所を選んでのこと。このような状況で急にキスされては、ノアは軽くパニック状態になってしまう。
抗議をしていると、再び唇を塞がれた。サミュエルは軽々しくキスをし過ぎだ。
使用人たちから向けられる眼差しに、呆れが籠ったのを感じて、ノアは両手で唇を覆った。これ以上のキスを防ぐためである。言葉でサミュエルを止められるとは、最初から考えていない。
「もう駄目です! サミュエル様、少し落ち着いてくださいませ!」
「私は十分落ち着いているけどね。ノアは頬を冷ました方が良さそうだ」
「……誰のせいだとお思いですか?」
悪びれない態度に、ノアは目を細めてサミュエルを軽く睨んでしまう。声には不満が溢れていたけれど、どこか甘えた響きもあった。ノア自身でさえ自覚しているのだから、サミュエルがそれに気づかないわけがない。
サミュエルは嬉しそうに微笑みながら、ノアの機嫌をとるように抱き締め、軽く身体を揺らした。まるで赤子をあやすような仕草ではあるが、サミュエルの体温を全身で感じて、ノアの心が緩やかに安らいでいく。
「ノアが微笑んで傍にいてくれるだけで、私は幸せでいられるんだ。役に立つなんて考える必要はないんだよ。ノアを甘やかすのが私の幸せなのに、それを奪うつもりかい?」
「……随分と僕に好都合な幸せですね」
「そう思ってくれるなら、私たちはお似合いということだね」
サミュエルはノアを甘やかすことで幸せを感じ、ノアはサミュエルに甘やかされて幸せを感じる。それは確かに似合いの関係なのだろう。でも、ノアはどうにもつり合いが取れていないように感じてしまう。
「……僕だって、サミュエル様を甘やかしたいです」
つい零れ落ちたノアの本心に、サミュエルの動きが止まった。
緩く抱き締めるサミュエルの腕の中から見上げる。虚を突かれたような顔のサミュエルに、ノアは自然と微笑みを向けていた。
「――サミュエル様だけなんて、ズルいですよ」
「……それは……なんというか――」
珍しくサミュエルが言葉を選ぶ様子で視線を彷徨わせた。ノアは首を傾げながら、続く言葉を待つ。いつマーティンの姿が現れてもおかしくないから、さほど時間の余裕はないけれど、サミュエルを急かす気にはならなかった。
再びサミュエルの視線がノアに注がれ、身体が震えた。サミュエルの眼差しがあまりに情熱的で、身体の芯から熱くなる心地がしたのだ。
「結婚したら、たくさん甘やかしてもらうから、それまでその楽しみはとっておくよ」
なんとも含みのある言葉だと思った。でも、その意味がよく分からない。
サミュエルを甘やかせるのは嬉しいけれど、何故結婚した後でなければいけないのか。それを告げる時に、どうしてこれほどまでに色気を漂わせるのか。
「……結婚した後でなければいけない理由があるのですか?」
「もちろん――」
疑問をそのまま口にしたら、サミュエルが微笑み、ノアの耳に唇を寄せて囁いた。熱い吐息が耳にかかり、身体の奥から何かがじわりと溢れだすような気分で落ち着かない。
「さすがに、婚約者としての振る舞いを外れてしまったら、侯爵に怒られてしまうからね」
「どうして、そんなことに……?」
「ノアに甘やかされたら、我慢できる自信がないからね。……襲ってしまいそうだ」
そこまで言われて、ノアはなんとなく悟った。サミュエルが言う甘やかしとは、少し性的な意味を含んでいるようだ、と。
ノアは単純にサミュエルの役に立ちたいと考えていたのに、何故そのような想像に繫がったのか。
「……サミュエル様、やはり少し落ち着かれた方がいいですよ」
「私もちょうど今、同じことを考えていたところだよ」
真剣な表情でそう言ったところを見ると、サミュエルも自分の想像が妄想の域になっている自覚があったようだ。
ノアは少し呆れてしまいながらも、頬が熱くなるのを抑えられなかった。
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