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115.緊張と弛緩
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ルーカスはアダムに一つ忠告をして、退席させた。その忠告というのは、「マーティン殿下に不必要に近づかないように」というものだ。
話の流れから、アダムはルーカスたちがマーティンの動向を警戒していると察していたようで、神妙な面持ちで頷いていた。
ハミルトンに心配そうな眼差しを向けながらアダムが去ると、部屋には沈黙が流れる。
ルーカスとハミルトンの関係性が、状況を複雑で面倒くさいものにしているようだ。
(……こういう状況を生み出した原因と言える陛下が一切関与せず、その息子であるルーカス殿下が苦慮しなければならないなんて)
ノアは二人の様子を窺いながら、静かにため息をついた。親の尻拭いを子が行わなければならない状況に、少し嫌気がさす。
「……ハミルトン殿」
「なんでしょうか」
ルーカスの呼び掛けに、ハミルトンが穏やかな雰囲気で返す。でも、その目は思惑を探ろうとように僅かに細められ、ルーカスを注視していた。
緊張感が増していく。ノアはハラハラしながら見守った。
(どうして僕、ここにいるんだろう……)
諦め悪く、ノアは心の中で不条理を嘆く。一貴族の子息でしかないノアが、王家の暗部に関わることになるとは、一年前は夢にも思わなかったことだ。
サミュエルの婚約者になった以上、これからもこういうことは起きるかもしれないので、慣れる必要があるのだろう。でも、やっぱり逃避したくもなる。
ノアがサミュエルにそのように告げれば、おそらくサミュエルは全力でノアを騒動から遠ざけてくれるだろう。それが分かっていて、ノアは弱音を吐くことを封じた。
ノアはサミュエルに守られるだけの存在にはなりたくないのだ。力足らずであろうとも、ノアもサミュエルを守り、支えたい。
そのためには成長が必要で、苦手だからとか、疲れるからとか、そんな理由で簡単に逃げてはいけない。
(よし、がんばろう……)
ノアが改めて決意を固めたところで、ルーカスの口が開く。
「……まず、陛下に代わり、謝罪をさせてもらいたい。あなたの血筋を隠してもらわねばならなかったこと。今に至るまで、謝罪はおろか、一切の関係を絶ってきたこと。大変申し訳なく思う」
ルーカスが頭を下げた。ノアは思わず息を飲んで、さっと視線を逸らす。
王族、ましてや王太子という立場にある者が、軽々しく頭を下げるなんてことがあってはいけない。ルーカスがそれを理解していないはずがない。
これはノアが見ていてはならない光景で、すぐに忘れるべき出来事だ。
「……頭をお上げください。殿下に謝罪される理由はありません」
ハミルトンが僅かに警戒心を緩めたように見えた。ルーカスが顔を上げ、まっすぐハミルトンを見つめる。
「――私が生まれる前に全て終わったことです。むしろ、子の命を絶つ選択肢をとることなく、ディーガー家の養子とする手配をしていただけたことは、大変ありがたいことだと思っています。私の家族はディーガー家の者だけです。それを分かっていただければ、私は謝罪も何も、王家に望むことはありません」
穏やかな笑みを浮かべて、ハミルトンは語る。その様子から、ディーガー家での暮らしは幸せなものであることが伝わってきた。
それを察したルーカスも、表情を和らげる。
「そう言ってもらえると、俺もありがたい。今後も王家はあなたに干渉しないことを約束する。……マーティン殿下の件を除いては、だが」
ルーカスがつけ足した言葉に、ハミルトンの顔が苦々しく歪められた。
「……ええ。あの方はいったい何をお考えなのでしょうか。私に関心を寄せるなんて、何か企みがあるとしか思えませんが」
ルーカスがサミュエルと視線を交わす。そこにどんなやり取りが込められているか、ノアは判断しかねた。
「それを話すにあたり、ハミルトン殿にも聞きたいことがある」
「なんなりと」
「マーティン殿下とはどのようなやり取りがあっただろうか。何度か話していることは報告されているのだが」
ハミルトンの様子を陰で探っていたと示す言葉だった。それに対し、ハミルトンは苦笑して肩をすくめる。
ハミルトンの血筋に関する情報の重大性を鑑みると、何かしらの思惑を持って近づいてくる者がいたならば、王家が警戒するのは当然なのだ。それをハミルトン自身がよく理解して、受け入れているようだ。
「初めは、ランドロフ侯爵子息と共にいらっしゃいました」
ハミルトンがノアに視線が向けたので頷く。その場に居合わせたのだから、やり取りの内容はノアが証明できる。それに関しては、既にサミュエルに報告しているし、ルーカスも把握していることだ。
「――この説明は省いてもよさそうですね」
「ああ。報告は受けている。ハミルトン殿の血筋を知っている素振りがあったということも、な」
「ええ。本当になぜ知っておられるのか分からないのですが。どこから情報が漏れたか、ご存知ですか?」
眉を顰めて悩ましげな表情をするハミルトンに、ルーカスが深いため息を返す。
「情報源の最有力となっているのは、王妃殿下だ」
「それは、また……」
ハミルトンがなんとも言い難い表情で口ごもった。安易に批判できる相手ではないから、言葉を選んだ結果、沈黙に至ったようだ。
国の最高権力者である王と王妃のありようには、ノアも正直苦言を述べたい気分になった。
話の流れから、アダムはルーカスたちがマーティンの動向を警戒していると察していたようで、神妙な面持ちで頷いていた。
ハミルトンに心配そうな眼差しを向けながらアダムが去ると、部屋には沈黙が流れる。
ルーカスとハミルトンの関係性が、状況を複雑で面倒くさいものにしているようだ。
(……こういう状況を生み出した原因と言える陛下が一切関与せず、その息子であるルーカス殿下が苦慮しなければならないなんて)
ノアは二人の様子を窺いながら、静かにため息をついた。親の尻拭いを子が行わなければならない状況に、少し嫌気がさす。
「……ハミルトン殿」
「なんでしょうか」
ルーカスの呼び掛けに、ハミルトンが穏やかな雰囲気で返す。でも、その目は思惑を探ろうとように僅かに細められ、ルーカスを注視していた。
緊張感が増していく。ノアはハラハラしながら見守った。
(どうして僕、ここにいるんだろう……)
諦め悪く、ノアは心の中で不条理を嘆く。一貴族の子息でしかないノアが、王家の暗部に関わることになるとは、一年前は夢にも思わなかったことだ。
サミュエルの婚約者になった以上、これからもこういうことは起きるかもしれないので、慣れる必要があるのだろう。でも、やっぱり逃避したくもなる。
ノアがサミュエルにそのように告げれば、おそらくサミュエルは全力でノアを騒動から遠ざけてくれるだろう。それが分かっていて、ノアは弱音を吐くことを封じた。
ノアはサミュエルに守られるだけの存在にはなりたくないのだ。力足らずであろうとも、ノアもサミュエルを守り、支えたい。
そのためには成長が必要で、苦手だからとか、疲れるからとか、そんな理由で簡単に逃げてはいけない。
(よし、がんばろう……)
ノアが改めて決意を固めたところで、ルーカスの口が開く。
「……まず、陛下に代わり、謝罪をさせてもらいたい。あなたの血筋を隠してもらわねばならなかったこと。今に至るまで、謝罪はおろか、一切の関係を絶ってきたこと。大変申し訳なく思う」
ルーカスが頭を下げた。ノアは思わず息を飲んで、さっと視線を逸らす。
王族、ましてや王太子という立場にある者が、軽々しく頭を下げるなんてことがあってはいけない。ルーカスがそれを理解していないはずがない。
これはノアが見ていてはならない光景で、すぐに忘れるべき出来事だ。
「……頭をお上げください。殿下に謝罪される理由はありません」
ハミルトンが僅かに警戒心を緩めたように見えた。ルーカスが顔を上げ、まっすぐハミルトンを見つめる。
「――私が生まれる前に全て終わったことです。むしろ、子の命を絶つ選択肢をとることなく、ディーガー家の養子とする手配をしていただけたことは、大変ありがたいことだと思っています。私の家族はディーガー家の者だけです。それを分かっていただければ、私は謝罪も何も、王家に望むことはありません」
穏やかな笑みを浮かべて、ハミルトンは語る。その様子から、ディーガー家での暮らしは幸せなものであることが伝わってきた。
それを察したルーカスも、表情を和らげる。
「そう言ってもらえると、俺もありがたい。今後も王家はあなたに干渉しないことを約束する。……マーティン殿下の件を除いては、だが」
ルーカスがつけ足した言葉に、ハミルトンの顔が苦々しく歪められた。
「……ええ。あの方はいったい何をお考えなのでしょうか。私に関心を寄せるなんて、何か企みがあるとしか思えませんが」
ルーカスがサミュエルと視線を交わす。そこにどんなやり取りが込められているか、ノアは判断しかねた。
「それを話すにあたり、ハミルトン殿にも聞きたいことがある」
「なんなりと」
「マーティン殿下とはどのようなやり取りがあっただろうか。何度か話していることは報告されているのだが」
ハミルトンの様子を陰で探っていたと示す言葉だった。それに対し、ハミルトンは苦笑して肩をすくめる。
ハミルトンの血筋に関する情報の重大性を鑑みると、何かしらの思惑を持って近づいてくる者がいたならば、王家が警戒するのは当然なのだ。それをハミルトン自身がよく理解して、受け入れているようだ。
「初めは、ランドロフ侯爵子息と共にいらっしゃいました」
ハミルトンがノアに視線が向けたので頷く。その場に居合わせたのだから、やり取りの内容はノアが証明できる。それに関しては、既にサミュエルに報告しているし、ルーカスも把握していることだ。
「――この説明は省いてもよさそうですね」
「ああ。報告は受けている。ハミルトン殿の血筋を知っている素振りがあったということも、な」
「ええ。本当になぜ知っておられるのか分からないのですが。どこから情報が漏れたか、ご存知ですか?」
眉を顰めて悩ましげな表情をするハミルトンに、ルーカスが深いため息を返す。
「情報源の最有力となっているのは、王妃殿下だ」
「それは、また……」
ハミルトンがなんとも言い難い表情で口ごもった。安易に批判できる相手ではないから、言葉を選んだ結果、沈黙に至ったようだ。
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