内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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114.情報の収集

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 ルーカスのアダムへの問いかけは続いた。

「アダム殿はマーティン殿下のことをどう思っているだろうか」
「どう、ですか……?」

 どのような答えを求めているか読みにくい問いだ。たまらずアダムがハミルトンに視線で助けを求める。

「率直な感想でいいと思うよ。ルーカス殿下がそんなことでアダムを咎めることはないだろうからね」

 ハミルトンは肩をすくめ、穏やかに微笑み告げているけれど、それはルーカスへの牽制を含んでいた。
 ルーカスの方は元々アダムに何かしようなんて考えていなかっただろうから、苦笑して聞き流している。

(なんか居心地悪いやり取りだなぁ……。なんで僕、ここにいるんだろう?)

 ノアはぼんやりと見守りつつ、内心で首を傾げる。
 サミュエルと共にいたからだとしても、この集いにまでノアが参加する必要はなかった気がした。

「……私は気さくな王子殿下だと思いました。ただ何かを探る素振りがあるように感じて、あまり近づかないようにしています。今は色々と……明かすべきでないことを知っていますし」

 アダムが答えつつ視線を向けたのはサミュエルだった。サミュエルが僅かに目を細める。

 この様子だと、マーティンはサミュエルの婚約に関して、アダムを探る素振りを見せていたのだろう。
 それを明言せずとも示して見せたアダムに、ノアは少し感心した。

(あれ? でも、ハミルトン殿のことに関しては探っていなかったのかな? マーティン殿下はアダムさんとの関係は知っているだろうけど……)

 マーティンは以前ハミルトンに大きな関心を寄せているように見えた。ハミルトンの情報を得るならば、アダムを探るのが最も手っ取り早いはずだ。
 でも、アダムには、ハミルトンについて何か危惧を抱いた様子がない。

 そのことはルーカスも気になったようで、首を傾げている。

「ハミルトン殿について、何か聞かれたことは?」
「兄のことですか?」

 きょとんと目を丸くしたアダムが、ハミルトンに視線を向ける。
 ハミルトンは苦笑しながらも、答えが気になったのか、「私の名をマーティン殿下が口にしたことはあった?」と答えを促した。

「……一度、『図書室の司書にあなたの兄弟がいるか』と尋ねられたことはあります。ですが、私が『はい』と答えてすぐにその話題は終わりました。……あの、私は兄との関係は隠していないのですが、何か問題があったのでしょうか?」

 アダムが不安そうに眉尻を下げる。王子や公爵子息などの、高貴な身分の者が集まる場で問われ続け、責められている気分になったのだろう。

 視線を彷徨かせるアダムと目が合い、ノアはせめてもの慰めにと、柔らかく微笑んで見せた。
 話に口を挟むなんて無作法はできないけれど、空気を和らげるくらいの効果があれば幸い。

 ノアの微笑みはそれなりに効果を発揮したようで、アダムの表情が落ち着きを取り戻した。それだけでなく、嬉しそうに頬を緩めている。
 状況にはそぐわないかもしれないけれど、アダムが安らげたのなら良いことである。

「……ノア、むやみやたらに人を誑かさないように」
「たぶらかさないように……?」

 サミュエルから小声で注意されて、ノアは反復しつつ首を傾げた。

(誑かすって人を甘言で誘惑するとかって意味で、時に性的に誘う行為を指す……。僕がいつそんなことを……?)

 頭の中で意味を解釈して、更に不思議に思った。全く心当たりがない。
 でも、サミュエルの声が聞こえていただろうハミルトンやルーカスが、苦笑しながら頷いているので、どうやらノアの認識の方が間違っているらしい。

 アダムに視線を向けると、にこりと微笑み返された。

「ノア様がそういう方だと広く知られていますので、勘違いする者はそうそういませんよ。ですが、あまり親しくない相手には用心した方が宜しいかと思います」
「……よく分からないですが、皆さんがそうおっしゃるのでしたら気をつけます」

 微笑みを禁じられたら、ノアの唯一の社交法が失われてしまう。
 ノアは『困ったなぁ』と思いつつ頷いた。すると、サミュエルが真剣な表情で、「本当に気をつけてほしいよ」と言う。サミュエルが本気すぎて、ノアは少し困惑してしまった。

「こほん……話を戻そう」

 ルーカスが咳払いと共にアダムに視線を戻した。意識的に表情を和らげているように見える。

「――君がハミルトン殿のことを兄だと肯定したのは全く問題ない。事実だし、少し調べれば分かることだからな」
「それでしたら、良いのですが。では、殿下は何を危惧されているのですか?」

 アダムは心から不思議そうだ。ここまで話を聞けば、ルーカスがハミルトンの血筋に関する情報を気にしていると察しそうなものなのに、アダムにその様子が見られない。

 ルーカスがサミュエルと視線を交わした後、ハミルトンを見る。

「……アダムは私が養子であることしか知りません」
「なるほど」

 ハミルトンのぼかした答えにルーカスが頷く。アダムだけがきょとんとしていた。

 情報を隠すには、まず知る者を限定するべきだ。アダムがハミルトンの血筋を知る必要性はなく、それ故に情報の共有が為されていないのだろう。

(これは……マーティン殿下に関する情報の共有も難しいんじゃないかな……?)

 ハミルトンにマーティンが関心を寄せる理由として考えられるのは、その血筋である。それについての知識をアダムが持っていないならば、共にいる場で話すべきではないのかもしれない。

「――では、大体聞きたいことは聞いたし、アダム殿には申し訳ないが、退席してもらおうかな」

 ルーカスの言葉に、アダムが少しホッとした顔をした。突然巻き込まれた会合への緊張感から解放されることが嬉しいのだろう。
 ノアも解放されたいなと思って、少し羨ましくなった。
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