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113.突然の会合
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少し疲労感を抱えながら辿り着いた図書室。カウンターを視界に入れて、ノアは足を止めた。
司書のハミルトンがそこにいるのは予想通りだったけれど、最近知り合ったばかりのアダムの姿もあったからだ。
(図書室は……BLゲームの要素が集まる場所だった……?)
ノアはアシェルから聞いた内容を思い出し、更なる疲労感を覚えた。
主要人物四人の内、三人がここに揃うとはどういうことか。図書室はもっと心に安寧をもたらす場所であったはずなのに。
「――おや、皆さまお揃いで」
ハミルトンがノアたちに気づき、僅かに目を眇めて首を傾げた。
ノアはその普段とは少し異なったハミルトンの雰囲気を感じて、その心情を思い少し申し訳なくなった。ノアがルーカスの同行を求めたわけではないけれど、断りきれずにこの状況になってしまったのは間違いない。
ハミルトンは王の隠し子。本来持つべきだった立場も権利もなく、一貴族の子息として育った。
王と王妃の子として確かな立場を持つルーカスのことを、ハミルトンはどう思っているだろうか。
「……ああ、邪魔するぞ」
ルーカスもまた、ハミルトンと同様に僅かに目を細めたけれど、ノアが認識できた変化はそれだけだった。社交的な微笑みを浮かべた表情が、ルーカスの心を覆い隠しているようだ。
「図書室は学園にいる全ての方に開かれた場所です。邪魔なんてことはありませんよ」
ハミルトンは常の穏やかな表情を取り戻して答えると、不思議そうな目をサミュエルに向けた。
「――お忙しい方々がわざわざ足を運ばれるということは意外ですが。……別室のご用意が必要ですか?」
「そうしてくれると助かるよ」
サミュエルが頷くとハミルトンはすぐに動き出す。
ノアは初めて知ったけれど、カウンター奥には小部屋がいくつかあるらしい。本来は、勉強に集中したい者の自主学習や、教師との一対一の補講のために使われることが多いそうだ。サミュエルからこっそり教えてもらった。
ノア同様、補講なんて一切受けたことがないだろうサミュエルがその情報を知っているのは、ハミルトンと交流があるからだろうか。
首を傾げて考えているノアをよそに、よく分からない段取りがどんどんと整っていく。
アダムはサミュエルたちに挨拶をして立ち去ろうとしていたものの、呼び止められて不思議そうな顔だった。
部屋を用意して戻ってきたハミルトンが、アダムまで話に巻き込まれる雰囲気に眉を顰める。
ハミルトンから探るような目を感じながらも、ノアはサミュエルたちがこれから何をしようとしているのか分からないため、困惑するしかない。
とりあえず本の返却をしたけれど、これで立ち去っていい雰囲気ではないのは、ノアもよく分かっている。
結局、カウンター業務を他の司書に任せたハミルトンを含め、五人が小部屋に集うことになった。
過半数が体格のいい男なので、少し圧迫感を感じる。視覚的以上に精神的な圧力が強いけれど。
「――さて、君たちに突然集まってもらったわけを話すことにしようか」
口火を切ったのはルーカスだった。穏やかな口調だけれど、その表情は真剣で、空気が一瞬にして張りつめたように感じられた。
ノアの隣に座るアダムから、強ばった気配を感じる。ノアとは比べ物にならないほど社交上手な印象があるアダムでも、王太子との話し合いの場に参加するのは緊張するようだ。
「現在この国に留学しに来ているマーティン殿下のことは、当然みんな知っているだろう?」
ルーカスがハミルトンとアダムを見る。二人は同時に頷いたけれど、浮かべる表情には少し違いがあった。
ハミルトンが納得した表情になる一方で、アダムは『なぜそのような当然のことを問われるのだろうか』と戸惑っているようだ。
この感じだと、BLゲームの知識はアダムにはないのだろう。そして、誰もそれについて教えるつもりはないようだ。
「ハミルトン殿にマーティン殿下が接触しようとしていたという報告は受けているのだが。アダム殿はどうだろうか」
「何度か、お話させていただくことはありましたが……」
困惑した表情で答えるアダム。ルーカスはサミュエルやハミルトンと視線を交わしてから、「どんな状況で話を?」と重ねて問いかけた。
「ばったり廊下でお会いしたり、マーティン殿下の落とし物をお届けしたり、ですね」
答えるアダムの隣で、ハミルトンが眉を顰めた。
ルーカスは「判断が難しいな……」と呟く。
ノアはこの問答がどのような意味を持つのか理解できず、密かにサミュエルに視線を向けた。
気づいたサミュエルが顔を寄せてくるので、ノアもサミュエルの方に少し近づく。ノアの耳を温かい息がくすぐった。
思わず肩が揺れたノアに、サミュエルが笑む雰囲気が伝わってくる。
「……マーティン殿下がゲームのような行動をしていないか、探っているんだよ。ルーカス殿下たち王族へ反感を抱いているのは分かったからね」
ノアは納得して頷いた。サミュエルからの報告を受けて、ルーカスは早速現状把握に乗り出したということだろう。タイミングよく、マーティン以外の主要人物が揃っていたから、これ幸いに、と。
この様子だと、ノアたちはしばらく話を見守ることになりそうだ。
ルーカスが『なんでこの状況でイチャついてるんだ』と文句を言いそうな雰囲気を感じて、ノアはサミュエルから身体を離す。
サミュエルは少し名残惜しげだったけれど、さすがに空気を読んだようで、珍しく何も言わなかった。
司書のハミルトンがそこにいるのは予想通りだったけれど、最近知り合ったばかりのアダムの姿もあったからだ。
(図書室は……BLゲームの要素が集まる場所だった……?)
ノアはアシェルから聞いた内容を思い出し、更なる疲労感を覚えた。
主要人物四人の内、三人がここに揃うとはどういうことか。図書室はもっと心に安寧をもたらす場所であったはずなのに。
「――おや、皆さまお揃いで」
ハミルトンがノアたちに気づき、僅かに目を眇めて首を傾げた。
ノアはその普段とは少し異なったハミルトンの雰囲気を感じて、その心情を思い少し申し訳なくなった。ノアがルーカスの同行を求めたわけではないけれど、断りきれずにこの状況になってしまったのは間違いない。
ハミルトンは王の隠し子。本来持つべきだった立場も権利もなく、一貴族の子息として育った。
王と王妃の子として確かな立場を持つルーカスのことを、ハミルトンはどう思っているだろうか。
「……ああ、邪魔するぞ」
ルーカスもまた、ハミルトンと同様に僅かに目を細めたけれど、ノアが認識できた変化はそれだけだった。社交的な微笑みを浮かべた表情が、ルーカスの心を覆い隠しているようだ。
「図書室は学園にいる全ての方に開かれた場所です。邪魔なんてことはありませんよ」
ハミルトンは常の穏やかな表情を取り戻して答えると、不思議そうな目をサミュエルに向けた。
「――お忙しい方々がわざわざ足を運ばれるということは意外ですが。……別室のご用意が必要ですか?」
「そうしてくれると助かるよ」
サミュエルが頷くとハミルトンはすぐに動き出す。
ノアは初めて知ったけれど、カウンター奥には小部屋がいくつかあるらしい。本来は、勉強に集中したい者の自主学習や、教師との一対一の補講のために使われることが多いそうだ。サミュエルからこっそり教えてもらった。
ノア同様、補講なんて一切受けたことがないだろうサミュエルがその情報を知っているのは、ハミルトンと交流があるからだろうか。
首を傾げて考えているノアをよそに、よく分からない段取りがどんどんと整っていく。
アダムはサミュエルたちに挨拶をして立ち去ろうとしていたものの、呼び止められて不思議そうな顔だった。
部屋を用意して戻ってきたハミルトンが、アダムまで話に巻き込まれる雰囲気に眉を顰める。
ハミルトンから探るような目を感じながらも、ノアはサミュエルたちがこれから何をしようとしているのか分からないため、困惑するしかない。
とりあえず本の返却をしたけれど、これで立ち去っていい雰囲気ではないのは、ノアもよく分かっている。
結局、カウンター業務を他の司書に任せたハミルトンを含め、五人が小部屋に集うことになった。
過半数が体格のいい男なので、少し圧迫感を感じる。視覚的以上に精神的な圧力が強いけれど。
「――さて、君たちに突然集まってもらったわけを話すことにしようか」
口火を切ったのはルーカスだった。穏やかな口調だけれど、その表情は真剣で、空気が一瞬にして張りつめたように感じられた。
ノアの隣に座るアダムから、強ばった気配を感じる。ノアとは比べ物にならないほど社交上手な印象があるアダムでも、王太子との話し合いの場に参加するのは緊張するようだ。
「現在この国に留学しに来ているマーティン殿下のことは、当然みんな知っているだろう?」
ルーカスがハミルトンとアダムを見る。二人は同時に頷いたけれど、浮かべる表情には少し違いがあった。
ハミルトンが納得した表情になる一方で、アダムは『なぜそのような当然のことを問われるのだろうか』と戸惑っているようだ。
この感じだと、BLゲームの知識はアダムにはないのだろう。そして、誰もそれについて教えるつもりはないようだ。
「ハミルトン殿にマーティン殿下が接触しようとしていたという報告は受けているのだが。アダム殿はどうだろうか」
「何度か、お話させていただくことはありましたが……」
困惑した表情で答えるアダム。ルーカスはサミュエルやハミルトンと視線を交わしてから、「どんな状況で話を?」と重ねて問いかけた。
「ばったり廊下でお会いしたり、マーティン殿下の落とし物をお届けしたり、ですね」
答えるアダムの隣で、ハミルトンが眉を顰めた。
ルーカスは「判断が難しいな……」と呟く。
ノアはこの問答がどのような意味を持つのか理解できず、密かにサミュエルに視線を向けた。
気づいたサミュエルが顔を寄せてくるので、ノアもサミュエルの方に少し近づく。ノアの耳を温かい息がくすぐった。
思わず肩が揺れたノアに、サミュエルが笑む雰囲気が伝わってくる。
「……マーティン殿下がゲームのような行動をしていないか、探っているんだよ。ルーカス殿下たち王族へ反感を抱いているのは分かったからね」
ノアは納得して頷いた。サミュエルからの報告を受けて、ルーカスは早速現状把握に乗り出したということだろう。タイミングよく、マーティン以外の主要人物が揃っていたから、これ幸いに、と。
この様子だと、ノアたちはしばらく話を見守ることになりそうだ。
ルーカスが『なんでこの状況でイチャついてるんだ』と文句を言いそうな雰囲気を感じて、ノアはサミュエルから身体を離す。
サミュエルは少し名残惜しげだったけれど、さすがに空気を読んだようで、珍しく何も言わなかった。
113
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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