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112.憧れの理由

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「で、お前は実際のところどう思う? 俺の考えは当たっているか?」
「私はマーティン殿下ではないので、答えは知りませんよ」

 ルーカスに問われたサミュエルは、面倒くさそうに眉を顰めた。ルーカスが少し愉快げになる。

「マーティン殿下に少しだけ同意できる点がある」
「なんです?」

 思わせぶりな言葉に、サミュエルは素っ気なく返した。ノアは二人の会話の流れが読み切れず、きょとんと瞬きをして見守る。なぜサミュエルは急に不機嫌そうになったのか。

「いつだって涼しい顔をしているやつを動揺させるのは面白い」

 ニヤリと笑って言ったルーカスに、サミュエルはもう返事さえしなかった。ノアはルーカスの言葉をかみ砕き理解して、首を傾げる。

「……それは、マーティン殿下もそのように考えている、ということですか」
「十中八九そうだろう」
「なぜそのように思われたのですか?」

 ノアは質問を重ねた。ルーカスは楽しげに笑う。サミュエルが口を開こうとするのを遮り、ルーカスはノアに肩をすくめてみせた。

「サミュエルに挑戦的な振る舞いをするのは、構ってほしいからだろう。でも、基本的にサミュエルは他人に関心を抱かない。それはマーティン殿下にも伝わっているはずだ。憧れの人物に見てもらえない、構ってもらえない。だから関心を持ってもらいたくて、さらに挑戦的な振る舞いをする」

 ルーカスはさほどマーティンと会話をしたことがないはずだが、その人物像をよく掴んでいるようだ。説明されて、ノアはマーティンのサミュエルに対しての振る舞いに納得がいった。
 つまりは、子どもが関心を得ようと我儘を言うようなものなのだ、と。恋する相手への振る舞いでもありえるけれど――と、そこまで考えて、ノアはルーカスの方へ意識を集中させた。
 ノア一人の勝手な考えの中であっても、そんな想定はしたくなかったのだ。

「――サミュエルが自分の言動に何らかの感情を示したとき、自分という人間に関心を向けてもらえたと誤解する。それは自分の望みが叶えられたという喜びをもたらす。その喜びを再び味わいたくて、挑戦的な振る舞いを繰り返す」
「殿下もそのようなことをお思いになっておられるのですか」

 ルーカスの言葉をサミュエルがつまらなそうに遮った。ノアは『そういうことか……』と納得して聞いていたのだけれど、サミュエルにとっては分かりきったことだったようだ。

「まさか。俺はサミュエルのことを理解している。サミュエルの関心を得たいなんて、そんな恐ろしい思いは全くないし」

 ノアは『ん?』と首を傾げた。なぜサミュエルの関心を得るのが恐ろしいことだとルーカスは思っているのだろうか。

「……ノア殿くらいだ。サミュエルを受け入れられるのは。恐ろしい男だぞ、こいつは」

 ルーカスがすぐにノアの疑問に気づき答えた。それでも納得はできなかったけれど、なんとなく言いたいことは分かる。
 サミュエルは自分の望みに素直で、手に入れたいと決めたら、何をしてでも手に入れようとするタイプだ。それができる能力もある。だから恐ろしいとルーカスは思っているのだろう。

 確かに、サミュエルはノアを手に入れようとして、策を弄した。ノアさえ、その策の全てを把握しているわけではない。サミュエルの行動は人によっては恐ろしく見えるのかもしれない。でも、ノアは自分の意思を無視されたことはないし、むしろ非常に丁寧に扱われている自覚がある。恐ろしいなんて全く思わない。
 こう考えるノアだからこそ、サミュエルを受け入れられるのだと言われてしまえば、「そうなのか」と返すしかないけれど。

「俺がマーティン殿下に同意するのは、サミュエルを動揺させるのは面白いことだって部分だけだ。……だって、面白いだろ。こんな情緒が欠落したような男が、愛に溺れて、その対象に関わることにだけ感情を示すんだから。なんと歪で、純粋なことか。この完璧に見える男に、そんな部分があることが面白い」

 ルーカスが愉快げに笑う。サミュエルは呆れたように肩をすくめた。

「そうお考えになる殿下も、随分と奇異な方ですよね」
「そうか? ……まあ、そうかもな。ノア殿に対してお前がそういう態度であるからこそ、俺はお前を側近に選んだわけだし」
「え……?」

 意外な言葉に思えて、ノアはルーカスをまじまじと見つめた。

「何ものにも関心を持たない人間は信用できないし、扱いにくい。だが、サミュエルはノア殿に関する点だけ抑えれば、なんとも優秀な側近に早変わりだ」
「そうなのですか……?」

 ルーカスに答えてもらったけれど、やはり理解は及ばなかった。

「ノア殿は末永くサミュエルと仲良くしてくれ。捨てられたら、こいつはあっさりと命を放り投げそうだ」
「え!?」
「ノアに責任を負わせるようなことを言わないでください。私の行動は、全て私の意思によるものです」
「サミュエル様!? まずは否定をしてくださいませんか?」

 ノアは思いがけない言葉に、思わずサミュエルに詰め寄った。ルーカスの前だという意識さえどこかに飛んでしまうくらいの衝撃だったのだ。

 サミュエルは微笑むばかりで一向に否定してくれなかったので、ノアは決定的な仲違いだけは何があっても避けようと心に決める。頭の隅の『やっぱり、サミュエル様の思いって……ちょっと重い……?』という疑問からは、そっと目を逸らした。
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