112 / 277
112.憧れの理由
しおりを挟む
「で、お前は実際のところどう思う? 俺の考えは当たっているか?」
「私はマーティン殿下ではないので、答えは知りませんよ」
ルーカスに問われたサミュエルは、面倒くさそうに眉を顰めた。ルーカスが少し愉快げになる。
「マーティン殿下に少しだけ同意できる点がある」
「なんです?」
思わせぶりな言葉に、サミュエルは素っ気なく返した。ノアは二人の会話の流れが読み切れず、きょとんと瞬きをして見守る。なぜサミュエルは急に不機嫌そうになったのか。
「いつだって涼しい顔をしているやつを動揺させるのは面白い」
ニヤリと笑って言ったルーカスに、サミュエルはもう返事さえしなかった。ノアはルーカスの言葉をかみ砕き理解して、首を傾げる。
「……それは、マーティン殿下もそのように考えている、ということですか」
「十中八九そうだろう」
「なぜそのように思われたのですか?」
ノアは質問を重ねた。ルーカスは楽しげに笑う。サミュエルが口を開こうとするのを遮り、ルーカスはノアに肩をすくめてみせた。
「サミュエルに挑戦的な振る舞いをするのは、構ってほしいからだろう。でも、基本的にサミュエルは他人に関心を抱かない。それはマーティン殿下にも伝わっているはずだ。憧れの人物に見てもらえない、構ってもらえない。だから関心を持ってもらいたくて、さらに挑戦的な振る舞いをする」
ルーカスはさほどマーティンと会話をしたことがないはずだが、その人物像をよく掴んでいるようだ。説明されて、ノアはマーティンのサミュエルに対しての振る舞いに納得がいった。
つまりは、子どもが関心を得ようと我儘を言うようなものなのだ、と。恋する相手への振る舞いでもありえるけれど――と、そこまで考えて、ノアはルーカスの方へ意識を集中させた。
ノア一人の勝手な考えの中であっても、そんな想定はしたくなかったのだ。
「――サミュエルが自分の言動に何らかの感情を示したとき、自分という人間に関心を向けてもらえたと誤解する。それは自分の望みが叶えられたという喜びをもたらす。その喜びを再び味わいたくて、挑戦的な振る舞いを繰り返す」
「殿下もそのようなことをお思いになっておられるのですか」
ルーカスの言葉をサミュエルがつまらなそうに遮った。ノアは『そういうことか……』と納得して聞いていたのだけれど、サミュエルにとっては分かりきったことだったようだ。
「まさか。俺はサミュエルのことを理解している。サミュエルの関心を得たいなんて、そんな恐ろしい思いは全くないし」
ノアは『ん?』と首を傾げた。なぜサミュエルの関心を得るのが恐ろしいことだとルーカスは思っているのだろうか。
「……ノア殿くらいだ。サミュエルを受け入れられるのは。恐ろしい男だぞ、こいつは」
ルーカスがすぐにノアの疑問に気づき答えた。それでも納得はできなかったけれど、なんとなく言いたいことは分かる。
サミュエルは自分の望みに素直で、手に入れたいと決めたら、何をしてでも手に入れようとするタイプだ。それができる能力もある。だから恐ろしいとルーカスは思っているのだろう。
確かに、サミュエルはノアを手に入れようとして、策を弄した。ノアさえ、その策の全てを把握しているわけではない。サミュエルの行動は人によっては恐ろしく見えるのかもしれない。でも、ノアは自分の意思を無視されたことはないし、むしろ非常に丁寧に扱われている自覚がある。恐ろしいなんて全く思わない。
こう考えるノアだからこそ、サミュエルを受け入れられるのだと言われてしまえば、「そうなのか」と返すしかないけれど。
「俺がマーティン殿下に同意するのは、サミュエルを動揺させるのは面白いことだって部分だけだ。……だって、面白いだろ。こんな情緒が欠落したような男が、愛に溺れて、その対象に関わることにだけ感情を示すんだから。なんと歪で、純粋なことか。この完璧に見える男に、そんな部分があることが面白い」
ルーカスが愉快げに笑う。サミュエルは呆れたように肩をすくめた。
「そうお考えになる殿下も、随分と奇異な方ですよね」
「そうか? ……まあ、そうかもな。ノア殿に対してお前がそういう態度であるからこそ、俺はお前を側近に選んだわけだし」
「え……?」
意外な言葉に思えて、ノアはルーカスをまじまじと見つめた。
「何ものにも関心を持たない人間は信用できないし、扱いにくい。だが、サミュエルはノア殿に関する点だけ抑えれば、なんとも優秀な側近に早変わりだ」
「そうなのですか……?」
ルーカスに答えてもらったけれど、やはり理解は及ばなかった。
「ノア殿は末永くサミュエルと仲良くしてくれ。捨てられたら、こいつはあっさりと命を放り投げそうだ」
「え!?」
「ノアに責任を負わせるようなことを言わないでください。私の行動は、全て私の意思によるものです」
「サミュエル様!? まずは否定をしてくださいませんか?」
ノアは思いがけない言葉に、思わずサミュエルに詰め寄った。ルーカスの前だという意識さえどこかに飛んでしまうくらいの衝撃だったのだ。
サミュエルは微笑むばかりで一向に否定してくれなかったので、ノアは決定的な仲違いだけは何があっても避けようと心に決める。頭の隅の『やっぱり、サミュエル様の思いって……ちょっと重い……?』という疑問からは、そっと目を逸らした。
「私はマーティン殿下ではないので、答えは知りませんよ」
ルーカスに問われたサミュエルは、面倒くさそうに眉を顰めた。ルーカスが少し愉快げになる。
「マーティン殿下に少しだけ同意できる点がある」
「なんです?」
思わせぶりな言葉に、サミュエルは素っ気なく返した。ノアは二人の会話の流れが読み切れず、きょとんと瞬きをして見守る。なぜサミュエルは急に不機嫌そうになったのか。
「いつだって涼しい顔をしているやつを動揺させるのは面白い」
ニヤリと笑って言ったルーカスに、サミュエルはもう返事さえしなかった。ノアはルーカスの言葉をかみ砕き理解して、首を傾げる。
「……それは、マーティン殿下もそのように考えている、ということですか」
「十中八九そうだろう」
「なぜそのように思われたのですか?」
ノアは質問を重ねた。ルーカスは楽しげに笑う。サミュエルが口を開こうとするのを遮り、ルーカスはノアに肩をすくめてみせた。
「サミュエルに挑戦的な振る舞いをするのは、構ってほしいからだろう。でも、基本的にサミュエルは他人に関心を抱かない。それはマーティン殿下にも伝わっているはずだ。憧れの人物に見てもらえない、構ってもらえない。だから関心を持ってもらいたくて、さらに挑戦的な振る舞いをする」
ルーカスはさほどマーティンと会話をしたことがないはずだが、その人物像をよく掴んでいるようだ。説明されて、ノアはマーティンのサミュエルに対しての振る舞いに納得がいった。
つまりは、子どもが関心を得ようと我儘を言うようなものなのだ、と。恋する相手への振る舞いでもありえるけれど――と、そこまで考えて、ノアはルーカスの方へ意識を集中させた。
ノア一人の勝手な考えの中であっても、そんな想定はしたくなかったのだ。
「――サミュエルが自分の言動に何らかの感情を示したとき、自分という人間に関心を向けてもらえたと誤解する。それは自分の望みが叶えられたという喜びをもたらす。その喜びを再び味わいたくて、挑戦的な振る舞いを繰り返す」
「殿下もそのようなことをお思いになっておられるのですか」
ルーカスの言葉をサミュエルがつまらなそうに遮った。ノアは『そういうことか……』と納得して聞いていたのだけれど、サミュエルにとっては分かりきったことだったようだ。
「まさか。俺はサミュエルのことを理解している。サミュエルの関心を得たいなんて、そんな恐ろしい思いは全くないし」
ノアは『ん?』と首を傾げた。なぜサミュエルの関心を得るのが恐ろしいことだとルーカスは思っているのだろうか。
「……ノア殿くらいだ。サミュエルを受け入れられるのは。恐ろしい男だぞ、こいつは」
ルーカスがすぐにノアの疑問に気づき答えた。それでも納得はできなかったけれど、なんとなく言いたいことは分かる。
サミュエルは自分の望みに素直で、手に入れたいと決めたら、何をしてでも手に入れようとするタイプだ。それができる能力もある。だから恐ろしいとルーカスは思っているのだろう。
確かに、サミュエルはノアを手に入れようとして、策を弄した。ノアさえ、その策の全てを把握しているわけではない。サミュエルの行動は人によっては恐ろしく見えるのかもしれない。でも、ノアは自分の意思を無視されたことはないし、むしろ非常に丁寧に扱われている自覚がある。恐ろしいなんて全く思わない。
こう考えるノアだからこそ、サミュエルを受け入れられるのだと言われてしまえば、「そうなのか」と返すしかないけれど。
「俺がマーティン殿下に同意するのは、サミュエルを動揺させるのは面白いことだって部分だけだ。……だって、面白いだろ。こんな情緒が欠落したような男が、愛に溺れて、その対象に関わることにだけ感情を示すんだから。なんと歪で、純粋なことか。この完璧に見える男に、そんな部分があることが面白い」
ルーカスが愉快げに笑う。サミュエルは呆れたように肩をすくめた。
「そうお考えになる殿下も、随分と奇異な方ですよね」
「そうか? ……まあ、そうかもな。ノア殿に対してお前がそういう態度であるからこそ、俺はお前を側近に選んだわけだし」
「え……?」
意外な言葉に思えて、ノアはルーカスをまじまじと見つめた。
「何ものにも関心を持たない人間は信用できないし、扱いにくい。だが、サミュエルはノア殿に関する点だけ抑えれば、なんとも優秀な側近に早変わりだ」
「そうなのですか……?」
ルーカスに答えてもらったけれど、やはり理解は及ばなかった。
「ノア殿は末永くサミュエルと仲良くしてくれ。捨てられたら、こいつはあっさりと命を放り投げそうだ」
「え!?」
「ノアに責任を負わせるようなことを言わないでください。私の行動は、全て私の意思によるものです」
「サミュエル様!? まずは否定をしてくださいませんか?」
ノアは思いがけない言葉に、思わずサミュエルに詰め寄った。ルーカスの前だという意識さえどこかに飛んでしまうくらいの衝撃だったのだ。
サミュエルは微笑むばかりで一向に否定してくれなかったので、ノアは決定的な仲違いだけは何があっても避けようと心に決める。頭の隅の『やっぱり、サミュエル様の思いって……ちょっと重い……?』という疑問からは、そっと目を逸らした。
133
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる