内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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 学園の放課後。ノアは借りていた詩集を返すため、図書室に向かっていた。もちろんサミュエルも一緒だ。そればかりか、途中で出会ったルーカスもついてきている。
 ノアは自分の都合にルーカスを付き合わせるのは恐れ多いと固辞しようとしたけれど、ルーカスに「俺も図書室に用があったんだ」と笑って退けられてしまったのだ。

 道中、サミュエルがマーティンと話したことをルーカスに伝える。ルーカスは複雑そうな顔になった。

「へぇ、マーティン殿下がねぇ……」

 マーティンがルーカスたち王家の者に悪感情を持っていたのは確実だった。それを聞いて、当事者のルーカスが何も思わないわけがない。

「――俺としては、むしろ王家はお前の手の上で踊らされたようなものだと思うけどな」
「何をおっしゃいますか。全ての始まりはライアン大公であり、私はそれに適切に対処しただけですよ?」

 ジトリと目を細めるルーカスに、サミュエルがいつも通りの笑みを浮かべている。潔白を証明するような表情だ。
 確かにサミュエルは当時、冷静に事態を見つめて対処しただけ。咎められる点はない。でも、ノアは内心で、少しルーカスに同意していた。

 サミュエルに問題への責任はなかったけれど、それを上手く利用したのは間違いない。利用された側になるルーカスが、それを理解して多少不満を抱くのも仕方ないことだと思う。

「……よく言う。ノア殿を手に入れるため、策を弄したくせに。言っとくが、お前を側近にするために結んだ条件だって、随分とお前に利点がある内容なんだからな。グレイ公爵家との血の結びの契約をなくすなんて、本来そう簡単に許されることじゃない。これは慰謝料の一部でもあるんだ。それを陛下に認めさせたお前に、俺は正直震えたぞ」
「おや、殿下は怖がりですね。私は大したことはしていませんよ」

 サミュエルは一切動揺しない。ルーカスが疲れたようにため息をついた。
 ノアは初めて知った事実に、密かに驚く。てっきりルーカスがサミュエルを強く側近に推したことで、グレイ公爵家と王家の間で結ばれていた決まりがなくせるようになったのだと思っていた。

 でも、ルーカスの言葉を信じるならば、側近になるというのは理由の一要素であって、本来は婚約解消という迷惑を掛けたことへの慰謝料というのが大きい理由のようだ。

(それなら、側近にならなくても良いって方法を、サミュエル様は選べたんじゃないかな……?)

 瞬時に湧いた疑問。でも、ルーカスが初めに放った『ノア殿を手に入れるために策を弄した』という言葉に、なんとなく答えが透けて見える気がする。
 おそらく、サミュエルの考えの中では、ノアと婚約するために最もよい方法が、ルーカスの側近になることだったのだ。

(そうだなぁ。僕もただ婚約を求められただけだったら、すぐに頷けなかったかもしれない。僕という存在が、サミュエル様の役に立つから、婚約を受け入れたわけだし……)

 今では確かな愛情を交わしているけれど、当時のノアは恋や愛に気づく余裕はなかった。サミュエルは確かに策を弄して、ノアの婚約者という立場を手に入れたのだ。
 そこまでして手に入れたがったという事実に、嬉しさが湧き上がる。サミュエルの愛情は十分に感じているけれど、それはそれ。愛情はいくらあっても嬉しいことに変わりはない。

「……兄上が地位を返上しただけで、全てのしこりが消えるわけではない、か」

 ルーカスがぽつりと呟く。窓の外に向けた目は少し寂しげで、その言葉を考えても、ライアンに思いを馳せているのが伝わってきた。
 ノアはサミュエルと目を合わせる。

 ライアンは責任をとって、地位を返上し、地方へと移り住んだ。暫くは社交界に顔を出すこともないだろう。
 でも、騒動の余波はまだ残っている。その尻拭いをしているのはルーカスだ。その状態であっても、ルーカスはライアンを慕い、その幸福を祈っているように見えた。

 伝え聞く限り、ルーカスとライアンは兄弟であっても希薄な関係だったはずだ。血筋を巡る囁きは、幼い頃から二人を苛み、兄弟には深い溝があったのだろう。
 ライアンが地位を捨て、自由を得ることになり、二人の間にどんな会話があったのか。

「……マーティン殿下は特殊だと思いますけどね。ほとんどの貴族は、既に折り合いをつけていますよ」
「ああ、その流れを作ってくれたのがサミュエルだということも、分かっている」

 珍しく慰めるような言葉を口にしたサミュエルに、ルーカスは皮肉っぽく言葉を返した。でも、サミュエルに対して何か悪感情があるわけではない。ただの戯れである。
 そんな二人を微笑ましく見守っていたノアは、ふと思い出したことに首を傾げた。

「マーティン殿下はどうしてあれほどまでに王家に悪感情を抱いたのでしょうね。サミュエル様がルーカス殿下の側近であることに、裏があるのではないかと疑っているようでしたが」

 ノアの疑問に、サミュエルとルーカスが視線を交わした。

「……どうしてだろうね? 私は分からないよ」

 微笑み、肩をすくめたサミュエルに、ルーカスが冷たい目を向ける。

「とぼけるなよ。話の流れを考えると、マーティン殿下は、他国の王子を泣かせても咎められないほど悪知恵が回り、自分勝手に生きているサミュエルの在り方に憧れていたんだろうさ。そこに至るまでの感情は、俺には到底理解できないが。憧れていたサミュエルの在り方が妨げられていると感じて、自分の憧れさえも否定された気分だったんじゃないか? その怒りが、俺たち王家に向かったのだろう」
「なるほど……?」

 頷きながら、ノアもマーティンの思いはあまり理解できないなと思った。ノアもサミュエルへ憧れを抱いていたけれど、だいぶその性質が違う気がする。

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