108 / 277
108.小さな騒動のある日常
しおりを挟む
サミュエルが学園内でノアの傍にいるようになって、平穏な日常が戻ってきた。別の意味で騒ぎが起こることもあるけれど、それはここ数ヶ月で慣れてしまったので、今では聞き流している。
「ふぁー……眼福……目が幸せとはこのことです……」
「そこの過激派、声に出てるぞ」
「私程度が過激派なんて、滅相もありません。私はお二人の健やかなる愛に満ちた日々を、遠くから見守るだけで満足しているので」
「遠くというほど遠くないし、赤の他人が凝視しているだけで、十分害悪だからな? というか、一応お二人の関係はまだ伏せられているんだから、言葉には気をつけろよ。本物のノア様過激派に追い出されるぞ?」
「……それは重々承知しておりますとも」
講義室内から聞こえてくる会話。これが別の意味で起きている騒ぎだ。
ノアがサミュエルと共にいるだけで、色めき立つ者たちが講義室内に一定数存在している。最初はノアも彼らの存在に戸惑っていた。でも、騒ぎすぎる者は速やかに退室させられて平穏が戻るので、いつしか気にしないようになっていた。
(いや、でも、今の言葉は気になる……。彼は過激派と称される人ではない……? 過激派って何をしたらそう呼ばれるの? いったいどういう人なんだろう……)
謎に満ちた集団『ノア様過激派』。どうやら実在しているらしいけれど、ノアは会ったことがない。その言葉が聞こえる度に周囲を見渡して確認するけれど、そのような人物は視界に入ったことがない。
式典で人の整理をしてくれた人がそうなのかもしれないけれど、確認できていないから謎のままだ。
「――ノア、よそ見ばかりは寂しいよ」
「失礼しました。……でも、サミュエル様ばかり見つめるのも、おかしいのでは……?」
サミュエルによって、ノアたちの関係は暗黙の了解として周知されているようなものだけれど、少しは節制すべきではないかと思う。
そんなノアの苦言に、サミュエルは微笑んで首を傾げた。
「見つめ合うくらい、少し仲が良い友人なら普通だと思うよ」
「それは違うのでは……?」
ノアの常識にない言葉が返ってきて、混乱してしまった。でも、ノア自身友人が少ないため、確信を持って否定できない。
時々見つめ合っているカップルを見たことがあったけれど、あれはもしやカップルではなく友人だったのだろうか。
常識を疑い周囲に目を向けると、慌てた様子で見つめ合う二人組が多発した。ちらりとサミュエルを窺うと、なんだか威圧感のある笑みを周囲に向けている。
(これは絶対、サミュエル様の発言に、みんなが強制的に合わせないといけなくなっている感じだ……。申し訳ない……)
サミュエルは人を操るのはお手の物だけれど、時々やり方が大雑把というか、力づくになる。それでなんとかなると分かっているからなのだろう。
ノアはそんなサミュエルのわがままで強引な振る舞いに苦笑してしまった。宥めるようにサミュエルの手を軽く叩くと、すぐに愛しげに細められた目が向けられる。
「サミュエル様、周囲を巻き込むのはほどほどになさってくださいね」
「なんのことか分からないけど、ノアがそう言うなら気をつけるよ」
悪びれない笑みを浮かべているけれど、サミュエルがノアとの約束を破ったことはない。言葉通り、気をつけてくれるだろうと納得して、ノアは微笑んだ。
「……仲が良いことだ。それに、なんとも愉快な光景だな」
不意に届いた声に、ノアは笑みを消した。サミュエルは少し不機嫌さを漂わせ、眉を顰めている。
ここ数日ノアに近づいてこなかったマーティンが、ついにサミュエルが傍にいても話しかけてきたのだ。
「マーティン殿下、ごきげんよう」
「……ごきげんよう、マーティン殿下」
ノアたちが軽く礼をとろうとすると、すぐさま制止される。マーティンは堅苦しい礼儀が苦手らしいのだ。それを知っているからか、積極的に苦手感情を煽ろうと振る舞うサミュエルに、ノアは内心で苦笑してしまった。
「もっと気軽に接してほしいのに、サミュエルは相変わらず俺に素っ気ない。ノア殿もだぞ。サミュエルに合わせないでほしいんだが……やはり、仲が良いからか」
仲が良いという言葉に含みを感じた。確実にノアたちの婚約関係を匂わせている。式典で話した時もそうだったけれど、マーティンはノアたちの婚約にどうしてそこまで興味があるのか。
ノアに惚れているという推測が正しいのか、それとも慕っているという情報のあるサミュエルの婚約だからか。
「ええ、私たちの仲が良いのは事実ですよ。マーティン殿下よりもよほど。ですから、ノアが私に合わせてくれるのは当然でしょう」
「……ほう……俺の目には、友人という関係におさまらないように見えるんだがな」
「何をおっしゃいますやら……私たちの関係がどうであろうと、マーティン殿下には関わりのないことですよ。お気になさらないでください」
笑顔のサミュエルとマーティンの視線がぶつかる。ノアはバチバチという音を聞いた気がした。冬場の静電気みたいだ。
マーティンがサミュエルを慕っているという前情報が信用できなくなるような雰囲気だ。でも、こうして絡んでくるくらいには、サミュエルになんらかの情を抱いているのは事実だろう。……ノアに、なのかもしれないけれど。
サミュエルからはまだマーティンの一目惚れ疑惑の調査結果は出ていないと聞いているし、この思惑を探るやり取りはこれから暫く続きそうだ。
ノアが少し疲れたため息をついてしまうのは仕方ないだろう。バチバチとした空気には慣れる気がしない。
「ふぁー……眼福……目が幸せとはこのことです……」
「そこの過激派、声に出てるぞ」
「私程度が過激派なんて、滅相もありません。私はお二人の健やかなる愛に満ちた日々を、遠くから見守るだけで満足しているので」
「遠くというほど遠くないし、赤の他人が凝視しているだけで、十分害悪だからな? というか、一応お二人の関係はまだ伏せられているんだから、言葉には気をつけろよ。本物のノア様過激派に追い出されるぞ?」
「……それは重々承知しておりますとも」
講義室内から聞こえてくる会話。これが別の意味で起きている騒ぎだ。
ノアがサミュエルと共にいるだけで、色めき立つ者たちが講義室内に一定数存在している。最初はノアも彼らの存在に戸惑っていた。でも、騒ぎすぎる者は速やかに退室させられて平穏が戻るので、いつしか気にしないようになっていた。
(いや、でも、今の言葉は気になる……。彼は過激派と称される人ではない……? 過激派って何をしたらそう呼ばれるの? いったいどういう人なんだろう……)
謎に満ちた集団『ノア様過激派』。どうやら実在しているらしいけれど、ノアは会ったことがない。その言葉が聞こえる度に周囲を見渡して確認するけれど、そのような人物は視界に入ったことがない。
式典で人の整理をしてくれた人がそうなのかもしれないけれど、確認できていないから謎のままだ。
「――ノア、よそ見ばかりは寂しいよ」
「失礼しました。……でも、サミュエル様ばかり見つめるのも、おかしいのでは……?」
サミュエルによって、ノアたちの関係は暗黙の了解として周知されているようなものだけれど、少しは節制すべきではないかと思う。
そんなノアの苦言に、サミュエルは微笑んで首を傾げた。
「見つめ合うくらい、少し仲が良い友人なら普通だと思うよ」
「それは違うのでは……?」
ノアの常識にない言葉が返ってきて、混乱してしまった。でも、ノア自身友人が少ないため、確信を持って否定できない。
時々見つめ合っているカップルを見たことがあったけれど、あれはもしやカップルではなく友人だったのだろうか。
常識を疑い周囲に目を向けると、慌てた様子で見つめ合う二人組が多発した。ちらりとサミュエルを窺うと、なんだか威圧感のある笑みを周囲に向けている。
(これは絶対、サミュエル様の発言に、みんなが強制的に合わせないといけなくなっている感じだ……。申し訳ない……)
サミュエルは人を操るのはお手の物だけれど、時々やり方が大雑把というか、力づくになる。それでなんとかなると分かっているからなのだろう。
ノアはそんなサミュエルのわがままで強引な振る舞いに苦笑してしまった。宥めるようにサミュエルの手を軽く叩くと、すぐに愛しげに細められた目が向けられる。
「サミュエル様、周囲を巻き込むのはほどほどになさってくださいね」
「なんのことか分からないけど、ノアがそう言うなら気をつけるよ」
悪びれない笑みを浮かべているけれど、サミュエルがノアとの約束を破ったことはない。言葉通り、気をつけてくれるだろうと納得して、ノアは微笑んだ。
「……仲が良いことだ。それに、なんとも愉快な光景だな」
不意に届いた声に、ノアは笑みを消した。サミュエルは少し不機嫌さを漂わせ、眉を顰めている。
ここ数日ノアに近づいてこなかったマーティンが、ついにサミュエルが傍にいても話しかけてきたのだ。
「マーティン殿下、ごきげんよう」
「……ごきげんよう、マーティン殿下」
ノアたちが軽く礼をとろうとすると、すぐさま制止される。マーティンは堅苦しい礼儀が苦手らしいのだ。それを知っているからか、積極的に苦手感情を煽ろうと振る舞うサミュエルに、ノアは内心で苦笑してしまった。
「もっと気軽に接してほしいのに、サミュエルは相変わらず俺に素っ気ない。ノア殿もだぞ。サミュエルに合わせないでほしいんだが……やはり、仲が良いからか」
仲が良いという言葉に含みを感じた。確実にノアたちの婚約関係を匂わせている。式典で話した時もそうだったけれど、マーティンはノアたちの婚約にどうしてそこまで興味があるのか。
ノアに惚れているという推測が正しいのか、それとも慕っているという情報のあるサミュエルの婚約だからか。
「ええ、私たちの仲が良いのは事実ですよ。マーティン殿下よりもよほど。ですから、ノアが私に合わせてくれるのは当然でしょう」
「……ほう……俺の目には、友人という関係におさまらないように見えるんだがな」
「何をおっしゃいますやら……私たちの関係がどうであろうと、マーティン殿下には関わりのないことですよ。お気になさらないでください」
笑顔のサミュエルとマーティンの視線がぶつかる。ノアはバチバチという音を聞いた気がした。冬場の静電気みたいだ。
マーティンがサミュエルを慕っているという前情報が信用できなくなるような雰囲気だ。でも、こうして絡んでくるくらいには、サミュエルになんらかの情を抱いているのは事実だろう。……ノアに、なのかもしれないけれど。
サミュエルからはまだマーティンの一目惚れ疑惑の調査結果は出ていないと聞いているし、この思惑を探るやり取りはこれから暫く続きそうだ。
ノアが少し疲れたため息をついてしまうのは仕方ないだろう。バチバチとした空気には慣れる気がしない。
103
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる