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107.決意改める
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話し合いは「マーティン殿下には極力接しないように。二人きりにならないように。もしもの時はすぐさま助けを呼ぶこと」と、ノアが注意を受ける形で終わった。
ノアもその言葉をきちんと順守したいけれど、マーティンの行動は自由なのでなかなか難しい。
帰りの馬車の中、『さて、どうしよう……』と考えながら外を眺めていると、そっと頬を擽られた。サミュエルの手だ。
城に向かった時と同様、ノアたちの向かいの席に座るロウとザクの目が据わっている。明らかに『またか。まだいちゃつき足りないのか』と言いたげだった。
ノアは二人からそっと目を逸らした。サミュエルの操縦術は、ノアもまだまだ練習中だ。つまりは今のところ自由にさせておくしかない。
(……距離をとられても、それはそれで寂しいし、ね)
胸に秘めたその思いを、きっとロウたちは気づいていないだろう。だから、サミュエルにばかり非難の目を向けるのだ。
全ての責任をサミュエルに押しつけているようで、ノアは少し後ろめたく感じる。でも、おそらくサミュエルはノアのそんな思いに気づいた上で許容し、微笑んで甘やかしてくるのだろう。
(サミュエル様には、敵わないな……)
ノアはひっそりと苦笑を零し、サミュエルに向き合った。
ズルい自分を自覚しているからこそ、サミュエルへの対応は甘くなる。案外、その利点を得るために、サミュエルは『愛に素直でわがままな自分』を全面に押し出して、進んで非難の的になっているのかもしれない。
そのくらいには、サミュエルもまたズルい部分があるのだと、ノアは既に気づいていた。
「――心配ごとかい? マーティン殿下については、これからは私がノアの傍にいるようにするから、あまり心配しなくていいと思うよ」
「それは、凄く頼りにしていますけど……僕自身で対処できないのは、少し情けない気がして……」
ノアは躊躇わずに弱音を吐いた。サミュエルがノアに呆れることはないと、心から理解していたからだ。
予想通り、サミュエルはノアの肩を抱いて、頭に優しくキスを落として労わってくれた。
「適材適所というものがある。ノアは人への対処に不慣れであろうと、他の部分で優れているのだから、落ち込む必要はないよ」
サミュエルは出会った頃と同じように、ノアという人間を尊重してくれる。それを聞いただけで気分が上向きになるのだから、自分はだいぶ単純な人間だと、ノアは笑ってしまった。そんな自分も嫌いではないから、変えるつもりはない。
「……はい。ありがとうございます。これからサミュエル様がお傍にいてくださる時間が増えそうで、少し楽しみにもしているんですよ?」
秘密を告げるようにノアが小声で囁くと、サミュエルの腕の力が強まった。降り注ぐキスが増えて、サミュエルが喜んでいることが伝わってくる。ノアもひっそりと微笑みを零した。
話し合いの中で、マーティン殿下のノアへの思いに危機感を持ったルーカスが、サミュエルに「暫くノア殿の傍にいるように」と命じた。
本来、唯一の側近であるサミュエルがルーカスと距離をとったように見える振る舞いは、避けるべきだろう。王家と貴族たちの間にある溝は、まだ埋まっていないのだから。
でも、その影響よりも、ルーカスはノアの安全を優先してくれたのだ。その決断を、ノアは心苦しく思いながらも、少し嬉しく感じて受け止めた。
それは、ルーカスが「サミュエル以外の側近の選定のためにも、少し他の貴族たちとの接触を増やす」と言って、サミュエルが「既にその手筈は整えてあります」と断言したからでもある。
「私が傍にいれば、マーティン殿下もおいそれとは近づいてこないだろう。安心して」
「……はい。パーティーの計画も煮詰めましょうね」
ノアは答えながらも、『本当にそうなるかな?』と少し疑問に思っていた。これまで、サミュエルがいるところではマーティンの行動は大人しいものだったけれど、この先もそうとは限らない。
そもそも、マーティンにはサミュエルに執心しているという疑惑もあるのだ。これ幸いと距離を詰めてくる可能性もある。
そんな状況になったなら、ノアはどうするべきか。
婚約者として、マーティンが過度にサミュエルに接触するのは許容できない。立場だけでなく、心情においても、受け入れられるはずのないことだ。その自覚は十分にある。
だからこそ悩んでいるのだ。『どうしよう』と。
いくらサミュエルが頼りになるからといって、この悩みは共有できない。婚約者としての矜持である。
サミュエルはマーティンから何かされてもあまり気にしないだろうし、そもそも興味を持たないだろう。でも、ノアは人付き合いが苦手であっても、それを理由として婚約者に粉を掛けられるなんて行為を見過ごしたくない。
つまり、これはノアのわがままであり、押し通すと決めた意思に他ならない。だから、自分の手で為さねば意味がないのだ。
「――僕も、がんばりますね」
「うん? ……よく分からないけれど、私がいつだってノアを応援していることは、忘れないでほしいな」
本当に分かっていないのかは分からないけれど、ノアの決意を穏やかに受け止めたサミュエルに、ノアは微笑んで頬に唇を寄せる。
すぐにロウから制止され、離されることになり、思わず苦笑してしまったけれど。
ノアもその言葉をきちんと順守したいけれど、マーティンの行動は自由なのでなかなか難しい。
帰りの馬車の中、『さて、どうしよう……』と考えながら外を眺めていると、そっと頬を擽られた。サミュエルの手だ。
城に向かった時と同様、ノアたちの向かいの席に座るロウとザクの目が据わっている。明らかに『またか。まだいちゃつき足りないのか』と言いたげだった。
ノアは二人からそっと目を逸らした。サミュエルの操縦術は、ノアもまだまだ練習中だ。つまりは今のところ自由にさせておくしかない。
(……距離をとられても、それはそれで寂しいし、ね)
胸に秘めたその思いを、きっとロウたちは気づいていないだろう。だから、サミュエルにばかり非難の目を向けるのだ。
全ての責任をサミュエルに押しつけているようで、ノアは少し後ろめたく感じる。でも、おそらくサミュエルはノアのそんな思いに気づいた上で許容し、微笑んで甘やかしてくるのだろう。
(サミュエル様には、敵わないな……)
ノアはひっそりと苦笑を零し、サミュエルに向き合った。
ズルい自分を自覚しているからこそ、サミュエルへの対応は甘くなる。案外、その利点を得るために、サミュエルは『愛に素直でわがままな自分』を全面に押し出して、進んで非難の的になっているのかもしれない。
そのくらいには、サミュエルもまたズルい部分があるのだと、ノアは既に気づいていた。
「――心配ごとかい? マーティン殿下については、これからは私がノアの傍にいるようにするから、あまり心配しなくていいと思うよ」
「それは、凄く頼りにしていますけど……僕自身で対処できないのは、少し情けない気がして……」
ノアは躊躇わずに弱音を吐いた。サミュエルがノアに呆れることはないと、心から理解していたからだ。
予想通り、サミュエルはノアの肩を抱いて、頭に優しくキスを落として労わってくれた。
「適材適所というものがある。ノアは人への対処に不慣れであろうと、他の部分で優れているのだから、落ち込む必要はないよ」
サミュエルは出会った頃と同じように、ノアという人間を尊重してくれる。それを聞いただけで気分が上向きになるのだから、自分はだいぶ単純な人間だと、ノアは笑ってしまった。そんな自分も嫌いではないから、変えるつもりはない。
「……はい。ありがとうございます。これからサミュエル様がお傍にいてくださる時間が増えそうで、少し楽しみにもしているんですよ?」
秘密を告げるようにノアが小声で囁くと、サミュエルの腕の力が強まった。降り注ぐキスが増えて、サミュエルが喜んでいることが伝わってくる。ノアもひっそりと微笑みを零した。
話し合いの中で、マーティン殿下のノアへの思いに危機感を持ったルーカスが、サミュエルに「暫くノア殿の傍にいるように」と命じた。
本来、唯一の側近であるサミュエルがルーカスと距離をとったように見える振る舞いは、避けるべきだろう。王家と貴族たちの間にある溝は、まだ埋まっていないのだから。
でも、その影響よりも、ルーカスはノアの安全を優先してくれたのだ。その決断を、ノアは心苦しく思いながらも、少し嬉しく感じて受け止めた。
それは、ルーカスが「サミュエル以外の側近の選定のためにも、少し他の貴族たちとの接触を増やす」と言って、サミュエルが「既にその手筈は整えてあります」と断言したからでもある。
「私が傍にいれば、マーティン殿下もおいそれとは近づいてこないだろう。安心して」
「……はい。パーティーの計画も煮詰めましょうね」
ノアは答えながらも、『本当にそうなるかな?』と少し疑問に思っていた。これまで、サミュエルがいるところではマーティンの行動は大人しいものだったけれど、この先もそうとは限らない。
そもそも、マーティンにはサミュエルに執心しているという疑惑もあるのだ。これ幸いと距離を詰めてくる可能性もある。
そんな状況になったなら、ノアはどうするべきか。
婚約者として、マーティンが過度にサミュエルに接触するのは許容できない。立場だけでなく、心情においても、受け入れられるはずのないことだ。その自覚は十分にある。
だからこそ悩んでいるのだ。『どうしよう』と。
いくらサミュエルが頼りになるからといって、この悩みは共有できない。婚約者としての矜持である。
サミュエルはマーティンから何かされてもあまり気にしないだろうし、そもそも興味を持たないだろう。でも、ノアは人付き合いが苦手であっても、それを理由として婚約者に粉を掛けられるなんて行為を見過ごしたくない。
つまり、これはノアのわがままであり、押し通すと決めた意思に他ならない。だから、自分の手で為さねば意味がないのだ。
「――僕も、がんばりますね」
「うん? ……よく分からないけれど、私がいつだってノアを応援していることは、忘れないでほしいな」
本当に分かっていないのかは分からないけれど、ノアの決意を穏やかに受け止めたサミュエルに、ノアは微笑んで頬に唇を寄せる。
すぐにロウから制止され、離されることになり、思わず苦笑してしまったけれど。
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