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105.暴走か、適切な対処か
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なぜカールトン国にノアの姿絵があるのかとか、どうして絵を見て一目惚れなんて推測をされてしまうのかとか、尋ねたいことはたくさんある。
でも、今優先するべきなのは、「焼きに行こう。いや、ノアの絵だから、回収して私が大切にしよう」と呟いているサミュエルを宥めることだと思う。
「……ノア殿に関して、お前は本当に揺るぎないな……」
達観したのか、ただの諦念か。ルーカスはぽつりと呟いて、「俺は知らなかったことにするから、実行するならバレないようにしろ」と指示する。
ノアは思わず目を見開いて驚愕した。
サミュエルを止められる人間が、ここにはノアしかいないようだ。サミュエルならば、本当に実行してしまいそうなのが怖い。他国にある絵に手を出すなんて、国際問題になりかねないだろう。
ルーカスもそのことを分かっているはずなのに、黙認するとはどういうことだろう。……やはり諦念の可能性が高いか。もしくは、サミュエルが秘密裏にそれをこなせると信用しているのか。
(他国に対してそれができてしまうのは、それはそれでちょっと怖い……。全力で気づかなかった振りをしたい……)
ノアは現実逃避したい自分を叱咤して、サミュエルに向かい合った。
「サミュエル様」
「なんだい? 絵のことは心配いらないよ。可及的速やかに回収してくるからね」
一点の曇りもない笑みが返ってきた。既にサミュエルの中で、ノアの姿絵の回収は決定事項のようだ。
ノアは少し決意が鈍ってしまった。こうなったサミュエルを止められる気がしない。というか、どう止めたらいいのか分からない。拙い操縦術でどうにかなるようには思えなかった。それをしても、サミュエルの甘い攻撃で誤魔化されてしまいそうだ。
「……外交関係に、ヒビが入るようなことは、まずいと思います」
なんとかそれだけを言ってみる。やはり笑顔で「分かっているよ。そんな下手は打たないから、心配しなくていい」と返ってきた。
ノアは困ってしまって、ルーカスに視線を向ける。
ルーカスは意図の読めない微笑を浮かべ、「大丈夫だ。サミュエルはやるとなったら完璧にこなすから」と言った。ノアにとって、全く安心できない断言だ。
視線でどうにかしてほしいと嘆願してみると、ルーカスの微笑みが崩れた。どうやらノアの願いが叶いそうな気配だ。
でも、代わりにサミュエルの機嫌が悪化した。
「ノア、私以外の男をそんな目で見つめるなんて、悪い子だね」
ノアの顎にサミュエルの指が掛かり、クイッと顔の向きを変えさせられる。サミュエルの眼差しは真剣で、本気で言っていることが伝わってきた。
「……サミュエル様が、僕の意思を受け入れてくれそうにないから、ですよ。関知しない絵が存在することは、ちょっと嫌ですけど、でもそれをきっかけに国際問題が生じることの方が、もっと嫌です」
拗ねた口調を繕って告げる。ついでに、少し甘えた目を見せる。でも、普段のサミュエルには効果的だけれど、今回については効果がいまいちのようだ。
「あぁ……君の意思を無視するつもりはないんだよ?」
少し機嫌を直した様子で、サミュエルが甘い微笑みを浮かべて囁く。「機嫌を直して」と言うように、頬にキスをしてきた。
それを受け止めながら、横目でルーカスを窺うと、生気のない目をしていた。なんだか申し訳なくなる。
「――ただ、君の絵が、マーティン殿下だけでなく、他の方々にも影響を与える可能性を考えると、放置できないからね。早いうちに処理しておかないと」
「……他の方々にも?」
ノアが理解できない理由だったけれど、ルーカスが頷いているから、おそらくサミュエル限定の見解ではないのだろう。
「そう。そもそも、その絵を誰が描き、誰が入手し、現在どこにあるか探る必要がある。何を目的として、他国にノアの絵が渡されたのか……もしかしたら、ランドロフ侯爵家への陰謀が隠れているかもしれないんだよ?」
「……それは、確かに」
ランドロフ侯爵家に何か問題が起きるかもしれない、と聞いた瞬間に、ノアの思考が切り替わった。
自分一人が気味悪く思うだけなら受け流すべきだと思っていたけれど、家に関わる問題になりかねないと聞けば、対処すべきの一択しかない。
冷静に考えると、非常に不気味な話だった。
ノアはこれまで公に婚約者の選定などはしてこなかった。つまり、見合い代わりに姿絵を他家に送ることもなかったのだ。
これまで公式に描かせた絵は、ランドロフ侯爵邸に飾られている家族の絵くらい。カールトン国にあるというノアの絵は、誰かが勝手に描いたものだということだ。
本人にそっくりな姿絵を描くならば、普通は長時間観察する必要がある。でも、ノアはそのように誰かに観察された覚えなんてない。
いったい誰がどうやって、ノアの絵を描いたというのか。
「すぐに調査させるからね。あまり不安にならないで」
サミュエルの行動を止める気は一切なくなっていた。
ノアは頬を撫でられながら、こくりと頷いて、サミュエルに「よろしくお願いします」と頼んだ。
ルーカスも信頼する手腕で、サミュエルはきっと秘密裏にことを成してくれるだろう。ノアもそう信頼するしかない。
でも、今優先するべきなのは、「焼きに行こう。いや、ノアの絵だから、回収して私が大切にしよう」と呟いているサミュエルを宥めることだと思う。
「……ノア殿に関して、お前は本当に揺るぎないな……」
達観したのか、ただの諦念か。ルーカスはぽつりと呟いて、「俺は知らなかったことにするから、実行するならバレないようにしろ」と指示する。
ノアは思わず目を見開いて驚愕した。
サミュエルを止められる人間が、ここにはノアしかいないようだ。サミュエルならば、本当に実行してしまいそうなのが怖い。他国にある絵に手を出すなんて、国際問題になりかねないだろう。
ルーカスもそのことを分かっているはずなのに、黙認するとはどういうことだろう。……やはり諦念の可能性が高いか。もしくは、サミュエルが秘密裏にそれをこなせると信用しているのか。
(他国に対してそれができてしまうのは、それはそれでちょっと怖い……。全力で気づかなかった振りをしたい……)
ノアは現実逃避したい自分を叱咤して、サミュエルに向かい合った。
「サミュエル様」
「なんだい? 絵のことは心配いらないよ。可及的速やかに回収してくるからね」
一点の曇りもない笑みが返ってきた。既にサミュエルの中で、ノアの姿絵の回収は決定事項のようだ。
ノアは少し決意が鈍ってしまった。こうなったサミュエルを止められる気がしない。というか、どう止めたらいいのか分からない。拙い操縦術でどうにかなるようには思えなかった。それをしても、サミュエルの甘い攻撃で誤魔化されてしまいそうだ。
「……外交関係に、ヒビが入るようなことは、まずいと思います」
なんとかそれだけを言ってみる。やはり笑顔で「分かっているよ。そんな下手は打たないから、心配しなくていい」と返ってきた。
ノアは困ってしまって、ルーカスに視線を向ける。
ルーカスは意図の読めない微笑を浮かべ、「大丈夫だ。サミュエルはやるとなったら完璧にこなすから」と言った。ノアにとって、全く安心できない断言だ。
視線でどうにかしてほしいと嘆願してみると、ルーカスの微笑みが崩れた。どうやらノアの願いが叶いそうな気配だ。
でも、代わりにサミュエルの機嫌が悪化した。
「ノア、私以外の男をそんな目で見つめるなんて、悪い子だね」
ノアの顎にサミュエルの指が掛かり、クイッと顔の向きを変えさせられる。サミュエルの眼差しは真剣で、本気で言っていることが伝わってきた。
「……サミュエル様が、僕の意思を受け入れてくれそうにないから、ですよ。関知しない絵が存在することは、ちょっと嫌ですけど、でもそれをきっかけに国際問題が生じることの方が、もっと嫌です」
拗ねた口調を繕って告げる。ついでに、少し甘えた目を見せる。でも、普段のサミュエルには効果的だけれど、今回については効果がいまいちのようだ。
「あぁ……君の意思を無視するつもりはないんだよ?」
少し機嫌を直した様子で、サミュエルが甘い微笑みを浮かべて囁く。「機嫌を直して」と言うように、頬にキスをしてきた。
それを受け止めながら、横目でルーカスを窺うと、生気のない目をしていた。なんだか申し訳なくなる。
「――ただ、君の絵が、マーティン殿下だけでなく、他の方々にも影響を与える可能性を考えると、放置できないからね。早いうちに処理しておかないと」
「……他の方々にも?」
ノアが理解できない理由だったけれど、ルーカスが頷いているから、おそらくサミュエル限定の見解ではないのだろう。
「そう。そもそも、その絵を誰が描き、誰が入手し、現在どこにあるか探る必要がある。何を目的として、他国にノアの絵が渡されたのか……もしかしたら、ランドロフ侯爵家への陰謀が隠れているかもしれないんだよ?」
「……それは、確かに」
ランドロフ侯爵家に何か問題が起きるかもしれない、と聞いた瞬間に、ノアの思考が切り替わった。
自分一人が気味悪く思うだけなら受け流すべきだと思っていたけれど、家に関わる問題になりかねないと聞けば、対処すべきの一択しかない。
冷静に考えると、非常に不気味な話だった。
ノアはこれまで公に婚約者の選定などはしてこなかった。つまり、見合い代わりに姿絵を他家に送ることもなかったのだ。
これまで公式に描かせた絵は、ランドロフ侯爵邸に飾られている家族の絵くらい。カールトン国にあるというノアの絵は、誰かが勝手に描いたものだということだ。
本人にそっくりな姿絵を描くならば、普通は長時間観察する必要がある。でも、ノアはそのように誰かに観察された覚えなんてない。
いったい誰がどうやって、ノアの絵を描いたというのか。
「すぐに調査させるからね。あまり不安にならないで」
サミュエルの行動を止める気は一切なくなっていた。
ノアは頬を撫でられながら、こくりと頷いて、サミュエルに「よろしくお願いします」と頼んだ。
ルーカスも信頼する手腕で、サミュエルはきっと秘密裏にことを成してくれるだろう。ノアもそう信頼するしかない。
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◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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