104 / 277
104.青天の霹靂
しおりを挟む
本題に入るまでに少し脱線してしまったけれど、ルーカスは気を取り直した様子で口を開いた。
「マーティン殿下がノア殿に興味を持った理由が分かった……かもしれない」
「かもしれない?」
曖昧な言葉尻を捕らえて、サミュエルが片眉を上げる。ルーカスが軽く両手を挙げてひらひらと振った。
「本人に確かめたわけじゃないから、確実ではないな」
「では、どこからそんな情報を得たのですか?」
不思議そうに尋ねるサミュエルは、『私も入手できなかった情報なのに』と言いたげな表情だった。ノアもてっきりルーカスがマーティンと話した結果得られた情報なのだろうと思っていたので、首を傾げてしまう。
「王妃殿下だ」
ノアは息を飲んだ。サミュエルが少し雰囲気を硬くして、ルーカスを真剣な眼差しで見据える。
王妃はカールトン国出身だ。マーティンの叔母にあたる。だから、王妃がマーティンに関して情報を持っていてもおかしくはない。
でも、ライアンに関しての王妃の噂を知っている者として、王妃の名に少し身構えてしまうのも仕方なかった。
「――知っているだろうが、王妃殿下はカールトン国王家の出身だ。個人的にそちらの国の者と連絡をとってもいる。そのやり取りの中で、ノア殿の名を出したことがあったようだ」
「僕の名を、ですか? 僕自身は王妃殿下とお会いしたことは、数えるほどしかありませんし、親しく会話したこともありませんが……」
ノアは困惑しながら呟いた。
王妃が国元との連絡の中で、ノアの名前を出す状況が理解できない。
「……もしや、あの問題になった女性に関して、ですか?」
サミュエルが嫌そうな雰囲気を漂わせてルーカスに問いかける。それだけで、ノアにもなんのことを言っているかがすぐに分かった。
幼いノアを監禁状態にして襲おうとした王女のことだ。確かに、ノアにはカールトン国との表沙汰にできない繫がりがあった。
「そうだ。王妃殿下にとっては、あの王女は末の妹にあたる。問題を起こした当初に、王族籍を剥奪すべき、という我が国の要求を抑え込んだのは王妃殿下だったらしい。そのくらい可愛がっている妹御のようだな」
「その話は私も存じ上げておりますよ。……なんともふざけた話だと思いましたが」
「当時、グレイ公爵家はランドロフ侯爵家と共に、厳罰を訴えていたようだな……」
不快そうに呟くサミュエルに、ルーカスが少し申し訳なさそうに目を伏せた。
当時のルーカスは、まだ物心もつかない頃だっただろうから、彼に責任は一切ないとノアは思う。でも、王族としての責任感からか、ルーカスはノアに謝罪したがっている様子だった。頭を下げることは、その立場上不可能だけれど。
(一国の王女が幽閉という時点で、僕は随分と厳しい罰だと思っていたのに……)
ノアはほとんど覚えていない事件だ。確かに恐怖は心に刻み込まれているけれど、問題を起こした王女に対して厳罰を求めるほどの恨みはない。
でも、おそらく事件の詳細を知る二人は深刻そうな表情だ。事件の現場がグレイ公爵邸だったことも、貴族の名誉を傷つけられたようなものだから、厳罰を求めた理由なのかもしれない。
「――その事件に関して僕の名がカールトン王家に伝わり、マーティン殿下の耳にまで届いたということですか?」
サミュエルとルーカスが黙り込んでしまったので、ノアが話を進めた。ノアを気遣ってくれるのは嬉しいけれど、このままでは話の終わりが見えそうになかったから。
「……ああ、そうだな。事件自体は多くの者に伏せられているんだ。王女は病により表に出られないということになっているしな。だが、その状況を疑問に思ったマーティン殿下は、独自に調査をしたらしい。第三王子は気楽な立場だから、面白半分だったんだろう」
ルーカスの言葉には少し毒があるように感じられた。
双方の国がなんとか妥協して辿り着いた状況を、第三王子なんて中途半端な立場でほじくり返すんじゃない、と言わんばかりの表情だ。
サミュエルが同意するように肩をすくめながらノアに視線を向けるので、ノアは苦笑を返しておく。マーティンと少なからず交流をしているため、面白がって藪をつつくような真似をする様子が目に見えるように想像できた。
「それで、ノアに興味を持ったということですか。婚約を打診する理由としては、弱いように思いますが」
「僕も同感です。確かにマーティン殿下は少し享楽主義な傾向があるように感じられますが、賢い方でもあると思いますよ。事件を知っていたなら、婚約が難しいことも理解されるはずです」
サミュエルに続いてノアがマーティンについて話すと、ルーカスは興味深げな表情で頷いた。
「なるほど。マーティン殿下はそういうタイプか。俺はまだあまり話せていないんだが……。二人の言う通り、事件を知っただけでは、ノア殿に多少関心を抱く程度だったんだろう。だが――」
ルーカスが意味深に言葉を切るので、ノアはなんだか嫌な予感がした。
「――どうしてだか、向こうの国にノア殿の姿絵があるらしい。王妃殿下曰く、マーティン殿下はそれを見て一目惚れしたのではないか、と……」
「なんですって……?」
低い声が横から聞こえた。サミュエルの不機嫌そうな様子が見なくても分かる。
ノアは予想外の情報に混乱するより先に、サミュエルの機嫌をどう直せばいいかと頭を悩ましてしまった。
「マーティン殿下がノア殿に興味を持った理由が分かった……かもしれない」
「かもしれない?」
曖昧な言葉尻を捕らえて、サミュエルが片眉を上げる。ルーカスが軽く両手を挙げてひらひらと振った。
「本人に確かめたわけじゃないから、確実ではないな」
「では、どこからそんな情報を得たのですか?」
不思議そうに尋ねるサミュエルは、『私も入手できなかった情報なのに』と言いたげな表情だった。ノアもてっきりルーカスがマーティンと話した結果得られた情報なのだろうと思っていたので、首を傾げてしまう。
「王妃殿下だ」
ノアは息を飲んだ。サミュエルが少し雰囲気を硬くして、ルーカスを真剣な眼差しで見据える。
王妃はカールトン国出身だ。マーティンの叔母にあたる。だから、王妃がマーティンに関して情報を持っていてもおかしくはない。
でも、ライアンに関しての王妃の噂を知っている者として、王妃の名に少し身構えてしまうのも仕方なかった。
「――知っているだろうが、王妃殿下はカールトン国王家の出身だ。個人的にそちらの国の者と連絡をとってもいる。そのやり取りの中で、ノア殿の名を出したことがあったようだ」
「僕の名を、ですか? 僕自身は王妃殿下とお会いしたことは、数えるほどしかありませんし、親しく会話したこともありませんが……」
ノアは困惑しながら呟いた。
王妃が国元との連絡の中で、ノアの名前を出す状況が理解できない。
「……もしや、あの問題になった女性に関して、ですか?」
サミュエルが嫌そうな雰囲気を漂わせてルーカスに問いかける。それだけで、ノアにもなんのことを言っているかがすぐに分かった。
幼いノアを監禁状態にして襲おうとした王女のことだ。確かに、ノアにはカールトン国との表沙汰にできない繫がりがあった。
「そうだ。王妃殿下にとっては、あの王女は末の妹にあたる。問題を起こした当初に、王族籍を剥奪すべき、という我が国の要求を抑え込んだのは王妃殿下だったらしい。そのくらい可愛がっている妹御のようだな」
「その話は私も存じ上げておりますよ。……なんともふざけた話だと思いましたが」
「当時、グレイ公爵家はランドロフ侯爵家と共に、厳罰を訴えていたようだな……」
不快そうに呟くサミュエルに、ルーカスが少し申し訳なさそうに目を伏せた。
当時のルーカスは、まだ物心もつかない頃だっただろうから、彼に責任は一切ないとノアは思う。でも、王族としての責任感からか、ルーカスはノアに謝罪したがっている様子だった。頭を下げることは、その立場上不可能だけれど。
(一国の王女が幽閉という時点で、僕は随分と厳しい罰だと思っていたのに……)
ノアはほとんど覚えていない事件だ。確かに恐怖は心に刻み込まれているけれど、問題を起こした王女に対して厳罰を求めるほどの恨みはない。
でも、おそらく事件の詳細を知る二人は深刻そうな表情だ。事件の現場がグレイ公爵邸だったことも、貴族の名誉を傷つけられたようなものだから、厳罰を求めた理由なのかもしれない。
「――その事件に関して僕の名がカールトン王家に伝わり、マーティン殿下の耳にまで届いたということですか?」
サミュエルとルーカスが黙り込んでしまったので、ノアが話を進めた。ノアを気遣ってくれるのは嬉しいけれど、このままでは話の終わりが見えそうになかったから。
「……ああ、そうだな。事件自体は多くの者に伏せられているんだ。王女は病により表に出られないということになっているしな。だが、その状況を疑問に思ったマーティン殿下は、独自に調査をしたらしい。第三王子は気楽な立場だから、面白半分だったんだろう」
ルーカスの言葉には少し毒があるように感じられた。
双方の国がなんとか妥協して辿り着いた状況を、第三王子なんて中途半端な立場でほじくり返すんじゃない、と言わんばかりの表情だ。
サミュエルが同意するように肩をすくめながらノアに視線を向けるので、ノアは苦笑を返しておく。マーティンと少なからず交流をしているため、面白がって藪をつつくような真似をする様子が目に見えるように想像できた。
「それで、ノアに興味を持ったということですか。婚約を打診する理由としては、弱いように思いますが」
「僕も同感です。確かにマーティン殿下は少し享楽主義な傾向があるように感じられますが、賢い方でもあると思いますよ。事件を知っていたなら、婚約が難しいことも理解されるはずです」
サミュエルに続いてノアがマーティンについて話すと、ルーカスは興味深げな表情で頷いた。
「なるほど。マーティン殿下はそういうタイプか。俺はまだあまり話せていないんだが……。二人の言う通り、事件を知っただけでは、ノア殿に多少関心を抱く程度だったんだろう。だが――」
ルーカスが意味深に言葉を切るので、ノアはなんだか嫌な予感がした。
「――どうしてだか、向こうの国にノア殿の姿絵があるらしい。王妃殿下曰く、マーティン殿下はそれを見て一目惚れしたのではないか、と……」
「なんですって……?」
低い声が横から聞こえた。サミュエルの不機嫌そうな様子が見なくても分かる。
ノアは予想外の情報に混乱するより先に、サミュエルの機嫌をどう直せばいいかと頭を悩ましてしまった。
123
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる