内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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103.甘い雰囲気への諦念

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 ノアがサミュエルにマーティンやハミルトン、アダムの話をしていたら、いつの間にか城に着いていた。久しぶりにサミュエルとゆっくり過ごせる時間だったので、少し残念に思ってしまう。

 そのノアの思いが顔に出ていたのか、それともサミュエルが甘い雰囲気を漂わせたままだったせいか、わざわざ待ってくれていたらしいルーカスが呆れた顔をした。

「いくら婚約者とはいえ、馬車に乗っている間くらいは大人しくしていられないものか?」
「何をおっしゃるのです。私は大人しくノアを愛でていただけですよ」
「お前のデレデレな顔と、ノア殿のいつもより色っぽい顔を見て、俺が気づかないと思うのか? 侍従も共にいたようなのに……お前は欲望に正直だな……」

 サミュエルに向けられたルーカスの視線は呆れを通り越して感心しているように見えた。サミュエルが肩をすくめて言葉を受け流すと、ルーカスはため息をついて歩き始める。
 ルーカスは案内までしてくれるようだ。王子らしくない振る舞いだけれど、アシェル同様前世の知識があるからだろうか。

「色っぽい……?」

 ノアはルーカスの言葉が気にかかり、首を傾げながら後に続いた。頬に手を当て揉む。自分では分からないが、だらしない顔でもしているのかと不安になったのだ。
 ロウをちらりと見ると、目を逸らして「……大丈夫ですよ」と言われた。少しも大丈夫のように思えない返事の仕方だ。

「ノア、気にしなくていいよ。私のことが好きだって伝わってくる表情なだけだから」
「なっ……!?」

 やはり少しも大丈夫じゃなかった。ノアは頬を両手で押さえて僅かに俯く。マナー違反だろうけれど、今は見逃してほしい。幸い人目は少ないから問題にはならないだろうし。
 それよりも今ノアにとって衝撃なのは――。

(サミュエル様を好きだって公言して歩いているなんて、恥ずかしすぎる……!)

 呻きたい気持ちをグッと堪えて歩くノアの背に、サミュエルの手が添えられた。横目で窺うと、サミュエルは随分とご機嫌な様子だ。

 ルーカスがノアたちを時々振り返ってそれを目撃し、「砂糖吐く。ブラックコーヒー飲みてぇな……」なんて呟いている。ルーカスはたまに口調が変になるようだ。

「――おい、入れ。くれぐれも部屋では大人しくしてくれよ。人目がないからって、何をしてもいいわけじゃないからな」
「分かっていますよ、それくらい」

 辿り着いた応接用の部屋に招き入れられ、ノアたちはそう念を押された。サミュエルはまた肩をすくめて受け流すので、ルーカスの目が胡乱げになっている。

 ノアは暴れたことなんてないけれど、ルーカスが言いたいことはなんとなく分かる。婚約者同士の過度な触れ合いは慎め、ということだろう。ノアもそれは心から望むことだ。

(サミュエル様と二人きりなら問題ないけれど……ルーカス殿下がいらっしゃる場所では恥ずかしいもの……)

 そう考えたところで、まずサミュエルと二人きりになることが、婚約者のマナーとしてまずいと思い出した。なんだかサミュエルの規則ギリギリを狙う性質が移ってしまった気がして、ノアはなんとも言えない複雑な気分になる。

「……人払いを」

 ノアたちがソファに腰を下ろしたところで、ルーカスがお付きの侍従に指示を出す。頷いて出ていく侍従に伴い、ロウとザクも立ち去った。王太子の命があるため、一介の貴族の侍従がこの場に留まることはできない。
 ノアは心配そうな表情のロウを安心させるように、微笑んで頷き見送った。

「それで、お話とはなんでしょうか?」

 ひと気がなくなったところで、サミュエルが口火を切る。ノアは傍に用意されていたティーセットで紅茶を淹れながら、サミュエルとルーカスの様子を見守った。
 高貴な二人に紅茶を淹れることになったので、緊張で手が震えそうになっているのは秘密である。せめてお茶の用意を終わらせてから侍従を外に出してほしかった。

「サミュエルには事前に話したが、マーティン殿下のことだ」
「ゲームシナリオの話ですか? それでしたらアシェル殿に連絡を取った方が正確だと思いますが。それとも、マーティン殿下がノアに以前婚約を打診しようとしていたことですか?」

 サミュエルがルーカスの真意を探るように問いかける。サミュエルに詳細を話さないまま、ノアを呼んで話をする場を設けたことを、疑問に思っているのが伝わってきた。
 ルーカスが何かを躊躇うように口を噤む。

(いったい、なんの話だろう……)

 俄かに込み上げてきた不安感を抑え、ノアは二人に紅茶を渡した。味は保証しない。……習った通りに淹れてはみたけれど。

「――美味しいよ、ノア」
「……それなら、良かったです」

 とろりと蕩けるような笑みと共にサミュエルがノアを見つめる。本当に紅茶そのものに対しての感想なのかは少し疑問だけれど、喜んでもらえたなら良かった。

 ルーカスがサミュエルを半眼で見据えているのがノアの視界に入っていたけれど、努めて気づかない振りをした。どうせまた「いちゃつくな。砂糖吐くだろうが」なんて考えているのだろう。

「まぁ、普通に美味い。……というのは、どうでもよくて……。はぁ……お前たちと話すと気が抜ける……」
「勝手に私たちのせいにしないでくださいよ」

 ルーカスが疲れたようにため息をついた。サミュエルがシレッとした顔で抗議するけれど、この状況で正しいのはルーカスの方だとノアは思う。言わないけれど。

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