103 / 277
103.甘い雰囲気への諦念
しおりを挟む
ノアがサミュエルにマーティンやハミルトン、アダムの話をしていたら、いつの間にか城に着いていた。久しぶりにサミュエルとゆっくり過ごせる時間だったので、少し残念に思ってしまう。
そのノアの思いが顔に出ていたのか、それともサミュエルが甘い雰囲気を漂わせたままだったせいか、わざわざ待ってくれていたらしいルーカスが呆れた顔をした。
「いくら婚約者とはいえ、馬車に乗っている間くらいは大人しくしていられないものか?」
「何をおっしゃるのです。私は大人しくノアを愛でていただけですよ」
「お前のデレデレな顔と、ノア殿のいつもより色っぽい顔を見て、俺が気づかないと思うのか? 侍従も共にいたようなのに……お前は欲望に正直だな……」
サミュエルに向けられたルーカスの視線は呆れを通り越して感心しているように見えた。サミュエルが肩をすくめて言葉を受け流すと、ルーカスはため息をついて歩き始める。
ルーカスは案内までしてくれるようだ。王子らしくない振る舞いだけれど、アシェル同様前世の知識があるからだろうか。
「色っぽい……?」
ノアはルーカスの言葉が気にかかり、首を傾げながら後に続いた。頬に手を当て揉む。自分では分からないが、だらしない顔でもしているのかと不安になったのだ。
ロウをちらりと見ると、目を逸らして「……大丈夫ですよ」と言われた。少しも大丈夫のように思えない返事の仕方だ。
「ノア、気にしなくていいよ。私のことが好きだって伝わってくる表情なだけだから」
「なっ……!?」
やはり少しも大丈夫じゃなかった。ノアは頬を両手で押さえて僅かに俯く。マナー違反だろうけれど、今は見逃してほしい。幸い人目は少ないから問題にはならないだろうし。
それよりも今ノアにとって衝撃なのは――。
(サミュエル様を好きだって公言して歩いているなんて、恥ずかしすぎる……!)
呻きたい気持ちをグッと堪えて歩くノアの背に、サミュエルの手が添えられた。横目で窺うと、サミュエルは随分とご機嫌な様子だ。
ルーカスがノアたちを時々振り返ってそれを目撃し、「砂糖吐く。ブラックコーヒー飲みてぇな……」なんて呟いている。ルーカスはたまに口調が変になるようだ。
「――おい、入れ。くれぐれも部屋では大人しくしてくれよ。人目がないからって、何をしてもいいわけじゃないからな」
「分かっていますよ、それくらい」
辿り着いた応接用の部屋に招き入れられ、ノアたちはそう念を押された。サミュエルはまた肩をすくめて受け流すので、ルーカスの目が胡乱げになっている。
ノアは暴れたことなんてないけれど、ルーカスが言いたいことはなんとなく分かる。婚約者同士の過度な触れ合いは慎め、ということだろう。ノアもそれは心から望むことだ。
(サミュエル様と二人きりなら問題ないけれど……ルーカス殿下がいらっしゃる場所では恥ずかしいもの……)
そう考えたところで、まずサミュエルと二人きりになることが、婚約者のマナーとしてまずいと思い出した。なんだかサミュエルの規則ギリギリを狙う性質が移ってしまった気がして、ノアはなんとも言えない複雑な気分になる。
「……人払いを」
ノアたちがソファに腰を下ろしたところで、ルーカスがお付きの侍従に指示を出す。頷いて出ていく侍従に伴い、ロウとザクも立ち去った。王太子の命があるため、一介の貴族の侍従がこの場に留まることはできない。
ノアは心配そうな表情のロウを安心させるように、微笑んで頷き見送った。
「それで、お話とはなんでしょうか?」
ひと気がなくなったところで、サミュエルが口火を切る。ノアは傍に用意されていたティーセットで紅茶を淹れながら、サミュエルとルーカスの様子を見守った。
高貴な二人に紅茶を淹れることになったので、緊張で手が震えそうになっているのは秘密である。せめてお茶の用意を終わらせてから侍従を外に出してほしかった。
「サミュエルには事前に話したが、マーティン殿下のことだ」
「ゲームシナリオの話ですか? それでしたらアシェル殿に連絡を取った方が正確だと思いますが。それとも、マーティン殿下がノアに以前婚約を打診しようとしていたことですか?」
サミュエルがルーカスの真意を探るように問いかける。サミュエルに詳細を話さないまま、ノアを呼んで話をする場を設けたことを、疑問に思っているのが伝わってきた。
ルーカスが何かを躊躇うように口を噤む。
(いったい、なんの話だろう……)
俄かに込み上げてきた不安感を抑え、ノアは二人に紅茶を渡した。味は保証しない。……習った通りに淹れてはみたけれど。
「――美味しいよ、ノア」
「……それなら、良かったです」
とろりと蕩けるような笑みと共にサミュエルがノアを見つめる。本当に紅茶そのものに対しての感想なのかは少し疑問だけれど、喜んでもらえたなら良かった。
ルーカスがサミュエルを半眼で見据えているのがノアの視界に入っていたけれど、努めて気づかない振りをした。どうせまた「いちゃつくな。砂糖吐くだろうが」なんて考えているのだろう。
「まぁ、普通に美味い。……というのは、どうでもよくて……。はぁ……お前たちと話すと気が抜ける……」
「勝手に私たちのせいにしないでくださいよ」
ルーカスが疲れたようにため息をついた。サミュエルがシレッとした顔で抗議するけれど、この状況で正しいのはルーカスの方だとノアは思う。言わないけれど。
そのノアの思いが顔に出ていたのか、それともサミュエルが甘い雰囲気を漂わせたままだったせいか、わざわざ待ってくれていたらしいルーカスが呆れた顔をした。
「いくら婚約者とはいえ、馬車に乗っている間くらいは大人しくしていられないものか?」
「何をおっしゃるのです。私は大人しくノアを愛でていただけですよ」
「お前のデレデレな顔と、ノア殿のいつもより色っぽい顔を見て、俺が気づかないと思うのか? 侍従も共にいたようなのに……お前は欲望に正直だな……」
サミュエルに向けられたルーカスの視線は呆れを通り越して感心しているように見えた。サミュエルが肩をすくめて言葉を受け流すと、ルーカスはため息をついて歩き始める。
ルーカスは案内までしてくれるようだ。王子らしくない振る舞いだけれど、アシェル同様前世の知識があるからだろうか。
「色っぽい……?」
ノアはルーカスの言葉が気にかかり、首を傾げながら後に続いた。頬に手を当て揉む。自分では分からないが、だらしない顔でもしているのかと不安になったのだ。
ロウをちらりと見ると、目を逸らして「……大丈夫ですよ」と言われた。少しも大丈夫のように思えない返事の仕方だ。
「ノア、気にしなくていいよ。私のことが好きだって伝わってくる表情なだけだから」
「なっ……!?」
やはり少しも大丈夫じゃなかった。ノアは頬を両手で押さえて僅かに俯く。マナー違反だろうけれど、今は見逃してほしい。幸い人目は少ないから問題にはならないだろうし。
それよりも今ノアにとって衝撃なのは――。
(サミュエル様を好きだって公言して歩いているなんて、恥ずかしすぎる……!)
呻きたい気持ちをグッと堪えて歩くノアの背に、サミュエルの手が添えられた。横目で窺うと、サミュエルは随分とご機嫌な様子だ。
ルーカスがノアたちを時々振り返ってそれを目撃し、「砂糖吐く。ブラックコーヒー飲みてぇな……」なんて呟いている。ルーカスはたまに口調が変になるようだ。
「――おい、入れ。くれぐれも部屋では大人しくしてくれよ。人目がないからって、何をしてもいいわけじゃないからな」
「分かっていますよ、それくらい」
辿り着いた応接用の部屋に招き入れられ、ノアたちはそう念を押された。サミュエルはまた肩をすくめて受け流すので、ルーカスの目が胡乱げになっている。
ノアは暴れたことなんてないけれど、ルーカスが言いたいことはなんとなく分かる。婚約者同士の過度な触れ合いは慎め、ということだろう。ノアもそれは心から望むことだ。
(サミュエル様と二人きりなら問題ないけれど……ルーカス殿下がいらっしゃる場所では恥ずかしいもの……)
そう考えたところで、まずサミュエルと二人きりになることが、婚約者のマナーとしてまずいと思い出した。なんだかサミュエルの規則ギリギリを狙う性質が移ってしまった気がして、ノアはなんとも言えない複雑な気分になる。
「……人払いを」
ノアたちがソファに腰を下ろしたところで、ルーカスがお付きの侍従に指示を出す。頷いて出ていく侍従に伴い、ロウとザクも立ち去った。王太子の命があるため、一介の貴族の侍従がこの場に留まることはできない。
ノアは心配そうな表情のロウを安心させるように、微笑んで頷き見送った。
「それで、お話とはなんでしょうか?」
ひと気がなくなったところで、サミュエルが口火を切る。ノアは傍に用意されていたティーセットで紅茶を淹れながら、サミュエルとルーカスの様子を見守った。
高貴な二人に紅茶を淹れることになったので、緊張で手が震えそうになっているのは秘密である。せめてお茶の用意を終わらせてから侍従を外に出してほしかった。
「サミュエルには事前に話したが、マーティン殿下のことだ」
「ゲームシナリオの話ですか? それでしたらアシェル殿に連絡を取った方が正確だと思いますが。それとも、マーティン殿下がノアに以前婚約を打診しようとしていたことですか?」
サミュエルがルーカスの真意を探るように問いかける。サミュエルに詳細を話さないまま、ノアを呼んで話をする場を設けたことを、疑問に思っているのが伝わってきた。
ルーカスが何かを躊躇うように口を噤む。
(いったい、なんの話だろう……)
俄かに込み上げてきた不安感を抑え、ノアは二人に紅茶を渡した。味は保証しない。……習った通りに淹れてはみたけれど。
「――美味しいよ、ノア」
「……それなら、良かったです」
とろりと蕩けるような笑みと共にサミュエルがノアを見つめる。本当に紅茶そのものに対しての感想なのかは少し疑問だけれど、喜んでもらえたなら良かった。
ルーカスがサミュエルを半眼で見据えているのがノアの視界に入っていたけれど、努めて気づかない振りをした。どうせまた「いちゃつくな。砂糖吐くだろうが」なんて考えているのだろう。
「まぁ、普通に美味い。……というのは、どうでもよくて……。はぁ……お前たちと話すと気が抜ける……」
「勝手に私たちのせいにしないでくださいよ」
ルーカスが疲れたようにため息をついた。サミュエルがシレッとした顔で抗議するけれど、この状況で正しいのはルーカスの方だとノアは思う。言わないけれど。
123
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる