内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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101.とんだ藪蛇

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 王太子と一緒の馬車は恐れ多いとノアは固辞したけれど、ノアが城に出入りしていることを見られるのもあまり喜ばしくないということで、サミュエルの馬車に同乗することになった。ノアもサミュエルと落ち着いて話をしたいと思っていたから大歓迎だ。

「城でのお話とはなんでしょうか?」

 馬車に揺られて暫くしてから問いかけると、微笑みながらノアを見つめていたサミュエルがパチリと瞬きをした。

「ああ、説明し忘れていたね」
「完全にノア様に見惚れていたせいですね」
「うるさいよ、ザク」

 ぼそりと呟いたザクを黙らせ、サミュエルがノアの手を掴む。
 隣り合って座ったノアとサミュエルの正面には、ザクとロウがいる。本来なら、ロウはランドロフ侯爵家の馬車で追いかけてくるべきだけれど、前回のことがあるから仕方ない。サミュエルのことを警戒しているのだろう。

(結局、お父様はお母様に窘められてしまったようだけど……ロウには何か言ってるんだろうな……)

 学園の新年度初日。サミュエルに抱き上げられて部屋に送り届けられたノアのことは、当然両親の耳に入った。
 ノアの予想通り頬を染めて「若いっていいわねぇ」と喜んでいた母はともかく、父は嫌そうに顔を顰めた後、サミュエルを一定期間ノアの傍に近づけないように命じようとした。
 母がそれを止め、父も不承不承納得した様子だったけれど、ロウに密かに監視を強めるよう命じていてもおかしくない。

 そのことにサミュエルは気づいているのかどうか。
 ノアは繫がった手の温もりと、注がれる厳しい眼差しのどちらにこたえるべきか少し迷ってしまった。

「……サミュエル様、それ以上は許されませんよ」
「ロウ、分かっているよ。侯爵からも散々苦言を呈された」
「あ、父はサミュエル様に連絡を……?」

 サミュエルが頷く。少し面倒くさそうな雰囲気だったけれど、ノアの父親からの言葉を無視するつもりはないらしい。
 母に止められ、納得した素振りを見せながらも、密かにサミュエルに話をしていた父のことを知り、ノアは苦笑してしまう。

 最近ノアは気づいたのだけれど、父はサミュエルに対して複雑な心境であるらしい。婚約の話が出た当初は歓迎していたはずだけれど、徐々に実感が湧いてきて、少し拒否感が出てきてしまったようだ。

 サミュエルはちょっと婚約者という立場から羽目を外したような振る舞いをするとはいえ、家としては歓迎するべき能力の持ち主だと、父も分かっているはずだ。それでも、どこか納得しがたい思いがある様子なのはなぜだろうか。

「侯爵が可愛いノアをとられると思って、複雑な気持ちなのは理解できるからね。正式に婚姻を結ぶまでは、あまり刺激しないように我慢するよ」
「僕をとられるって……」

 我慢すると口にしたすぐ後に、握ったノアの指先にキスを落とすサミュエルを見て、ノアは頬を熱くした。散々指で遊ばれたことを思い出してしまったのだ。挨拶のキスには慣れても、まだそれ以上の振る舞いに慣れられる気がしない。

「私の方が婿入りするとはいえ、親としては気になる部分もあるということだよ」
「そうなんですか……?」

 ノアよりもよほどサミュエルの方が父のことを理解しているようだ。でも、ザクとロウが頷いているところを見るに、ノアが鈍感というのが正しいのかもしれない。
 サミュエルがクスッと笑い、ノアの頬を指先で撫でる。

「想像してごらんよ。将来僕たちに息子が生まれたとして――」
「えっ!?」

 突然の言葉に、ノアは思いっきり動揺してしまった。それをどう感じたのか、サミュエルが揶揄するように軽くノアの頬を抓む。

「なんだい? 当然考えられることだろう?」
「そ、そうなんですけど……」

 子どもができるとは、その前段階に行為が必要で、それを考えてしまって恥ずかしい――なんて説明をサミュエルにできるわけがない。ノアは顔を真っ赤にして口籠もった。
 そもそもサミュエルはその行為自体は一切示唆していなくて、ノアが勝手に想像してしまっただけである。それがさらに恥ずかしい。

「何を考えて動揺したか凄く興味はあるけど……これ以上は怒られそうだからやめておこう」

 ロウをちらりと見たサミュエルが、軽く肩をすくめてノアの頬から手を離した。ノアは追究を逃れられて心底安堵する。

「――侯爵の心情を簡単に言うと、可愛い我が子が男の手で可愛がられるのが心底気に入らない、ということだね」
「……自分の子どもが愛されるのは、喜ばしいことではありませんか?」

 ノアは説明されてもやはり理解できなかった。自分に子どもができるという想像を頑張ってしてみたけれど、結果は変わらない。

 サミュエルがザクやロウと視線を交わした。三人とも少し苦笑したような、微笑ましそうな、不思議な表情をしている。

 そんな三人の様子にノアが首を傾げると、サミュエルがスッと近づいて来た。耳に温かな息がかかり、ノアは首をすくめる。

「……我が子が男に抱かれることを想像しても、そう言える?」

 囁き声で今度ははっきりと行為を示唆されて、そして父からそんな想像をされていることを理解して、ノアは顔を真っ赤にした。
 恥ずかしさに耐え切れず、目の前のサミュエルの肩に額をぶつけるようにして凭れる。今は顔を見られたくなかった。

「――ノアはやっぱり可愛いね」

 サミュエルが髪を梳くようにノアを撫でる。なんだかとても楽しそうな声だ。
 自分だけが恥ずかしがっているのが悔しくて、ノアはぐりぐりと額を押し付けてみたけれど、サミュエルはさらに楽しそうに笑い声をもらすだけだった。

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