内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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99.必然的邂逅

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 結局、図書室の案内はサミュエルに助けてもらうことなく、なんとかクリアできた。後で顔を合わせたサミュエルは少し心配そうな顔をしていたけれど、ノアが微笑んで見せると、僅かに表情を和らげて微笑み返してくれる。
 ノアも少し自立できた気がして、ホッとしていた。


 そうしてやっと迎えた放課後。
 何かと話しかけて来ようとするマーティンを躱すため、ノアはそそくさと裏庭までやってきた。
 本当はサミュエルと落ち着いて話をしたいけれど、放課後もルーカスと忙しいようだった。後でマーティンについての報告書を送るべきか。

「婚約発表のパーティーの話もしなくちゃ……」

 サミュエルと既に話をして、パーティーはランドロフ侯爵邸ですることを決めている。大体の招待客への招待状の準備も進めているけれど、まだ決まっていないのがルーカスの参加についてだ。

 王太子を一貴族の婚約発表のパーティーに呼ぶことは普通あまりない。でも、サミュエルはルーカスの唯一の側近で、かつ現在の王家がライアンの騒動により貴族たちと微妙な関係にあることから、王家と貴族家の関係改善のために、ルーカスの招待を考えているのだ。

 パーティー開催日時もルーカスの予定に合わせるつもりで、今は返答待ちの状態だった。


 不意に心地よい風が吹く。
 ノアは目を細めて受け止めながら、借りたばかりの詩集を開いた。

 昨年度はライアンに関する騒動で落ち着かない日々だったけれど、新年度になってからもなかなか騒がしい。
 美しい詩の世界に没頭することは、ノアにとって心の安らぎだった。

 ――にゃーん。

「昼寝に来たの?」

 ここを縄張りにしている猫がやって来て、ノアの癒しが増えた。
 本より自分を見ろ! と主張するかのように、膝上に乗り上げてくる猫を撫でながら微笑む。

 すぐにうとうとと微睡み始める猫を撫で、ノアは再び詩集に視線を落とした。



 詩集に集中してどれほど経った頃か。
 不意に草を踏む音が聞こえた気がして、ノアは息を潜めた。

 サミュエルや見回りの騎士とは違い、軽い足音だと瞬時に感じたのだ。

 この場所を知るのは、騎士たち管理者を除けば、ノアとサミュエルだけ。でも、立ち入りが禁止されているわけではないので、誰でもここに来ることができる。

(迷子かな……?)

 今は学園に慣れていない者も多い時期だ。学園内の散策の結果、ここに迷い込むことは十分に考えられる。

(それなら、声をかけるべきか……。でも、ここが僕の憩いの場だと知られると、困ったことになるかもしれないしなぁ)

 ノアは多くの生徒から注目を浴びているようなので、情報が知られた途端、ここに多くの者が押し寄せて来る可能性がある。配慮してくれる者も多いとは思うけれど。

「――ここ、どこ……? まだ道に出ない……」

 少し途方に暮れたような幼い声が聞こえて、ノアはすぐに立ち上がった。
 声の主は本当に迷子のようだ。それならば出るのを躊躇っている場合じゃない。学園内だと分かっていても、一人で道に迷うのは心細いことだろう。

 様子を窺っていた猫がついてくるのを感じながら、ノアは声の方へと歩を進めた。
 木々の合間から、淡い金の髪が光る。ノアと同じくらいの背丈の少年だ。幼い声から考えても今年の入学生だろう。

「……迷子ですか?」
「ひえっ!?」

 背後から声を掛けたら驚かせてしまった。少年は身体を飛び上がらせた後、勢いよく振り向く。

「――おわっ! 天使が出た!」
「は……?」

 ノアを見た途端、少年がさらに驚いた様子で後退りする。怖がられているみたいでノアは少し悲しくなるのと同時に、『天使』発言に混乱した。

(天使? この子は何か目に見えないものを見ているのかな……?)

 さりげなく周囲を見渡しても、見慣れた木々があるばかり。ノアにとっては足元にいる猫は天使みたいなものだけれど、少年は確実に猫には気づいていない。

「ち、違うんです! 別に、あなたのことを普段から天使と呼んでいるわけでは……! 大変、失礼いたしました……」
「……あ、僕のことだったんですか」

 謎が瞬時に氷解する。
 まさか自分が天使という神聖な存在と同一視されているとは思わなかった。しかも、ノアのことをまださほど知らないだろう新入生に。

(この子の方が、天使みたいだけど……)

 ノアはまじまじと少年を見つめて、少し感嘆する。
 非常に可愛らしい少年だった。淡い金の巻き毛が小さな顔を縁取り、明るい青の瞳はぱっちりと大きい。宗教画から飛び出てきたような、まさに天使と呼ぶべき美しさがあった。まだ幼いから、可愛らしい印象が強いけれど。

「す、すみません。僕はアダム・ディーガーと申します」
「っ……僕はノア・ランドロフです」

 まさか、という思いのまま動揺を表してしまいそうになるのを必死に堪えた。

 今年入学のディーガー伯爵家の子息アダム。彼はおそらく、アシェルが言っていたBLゲーム第二弾の主人公だ。
 一日の間に、マーティンとハミルトン、アダムに出会うとは、どういうことだ。これでルーカスにも会えば、第二弾の主要人物コンプリートである。全く嬉しくない。

(――とはいえ、迷子を放っているわけにもいかないからなぁ)

 ノアは心の内でため息をついて、笑顔を取り繕った。心臓が激しく主張してきているのは無視する。

「……迷子なのでしたら、校舎の方へ案内しましょうか?」
「うぐっ……大変申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします……」

 アダムは恥ずかしそうに頬を掻いて答えた後、深々と頭を下げた。

 足元で猫が呆れたように「にゃーん……」と鳴いて、サッとどこかに駆けていく。

(あ、僕の癒しが……)

 ノアは思わず名残惜しく見つめてしまった。

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