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98.二人の出会い
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「ここが図書室です。国内で発行されている書物の多くが収蔵されています」
「ほう、なかなか立派なものだ」
マーティンがノアに案内を願ったので、仕方なく説明する。ドルセラ伯爵令息は相変わらず申し訳なさそうにしながらも、マーティンがノアに近づきすぎないように警戒しているのか、間に立ってくれていた。
「――おや、珍しいお客様ですね」
「ハミルトン殿。騒がせてしまってすみません。マーティン殿下が、図書室をご覧になりたいようで……」
「構いませんよ。図書室は全ての学生に開放されている場所ですから」
受付のカウンターにいたハミルトンと話す。マーティンの意識がハミルトンに向かったのを感じた。
(そういえば、ハミルトン殿はサミュエル様と関係があるはずだけれど……マーティン殿下のことはどこまでお聞きになっているのかな……? マーティン殿下を警戒している感じはないけれど)
マーティンがBLゲーム同様に国盗りを考えているならば、ハミルトンとの関係は重要なはずだ。
王家の血を引きながらも、隠されて育った子ども。国を乗っ取ろうとするならば、利用価値は大きい。マーティンがこの国の王になるならば、ハミルトンと結婚して血筋の正当性を確保するのが最もてっとり早いだろう。
(そもそも、マーティン殿下がハミルトン殿の出生の秘密を知っているとは思えないけど……)
高位貴族であるノアさえ知らなかった事実だ。噂でも全く聞いたことがない。恐らく、王とグレイ公爵、それと限られた数人だけが知る真実のはずだ。
それを他国の王子が知る術があるとは思えない。
(あ、でも、王妃殿下がもしそのことを知っていたら……? 母国の王家に、密かに伝えている可能性があるかも?)
王と王妃の間で、どのようなやりとりがされているかなんてノアには知りようもない。だから、全ては推測するしかない。でも、マーティンがハミルトンの出生の秘密を知っている可能性があるという前提で動いた方が良いだろう。
「ハミルトン……ディーガー伯爵家の?」
「はい。ですが、この学園では教職のみならず、関連する従事者も爵位や家名を名乗らないことになっています。ハミルトンとお呼びください」
面白そうに笑んだマーティンに対し、ハミルトンが穏やかに答える。
ノアは必死に動揺を隠した。マーティンがハミルトンの出生について知っている可能性が高いと分かったからだ。その上で、それをノアが知っていると悟られるのはまずいと思った。
普通、ハミルトンという名を聞いただけで、どこの家の出身かなんて分からない。ノアだって、全貴族とその令息令嬢まで名前は憶えているけれど、顔を合わせたことがなければ家名と合致はしないのだ。ハミルトンの出身の家を知ったのも、サミュエルたちと話したときである。
それなのに、他国の王子であるマーティンがハミルトンの家を言い当てた。それは不自然なことだ。
事前に主要な貴族や令息令嬢は絵姿を確認していたかもしれないけれど、ディーガー伯爵家の次男はそれに含まれていないだろう。ハミルトンが王の隠し子という事実を知らなければ、ごく普通の田舎の貴族の子息でしかないのだから。
(あ、でも、マーティン殿下はサミュエル様に憧れているらしいし、グレイ公爵家の縁戚ということで、ディーガー伯爵家に注目していた可能性も……?)
考えるべきことが多すぎて頭が混乱しそうだ。一度、サミュエルと話をして、情報を整理すべきだろうか。
ノアはそう考えながら、ハミルトンとマーティンの会話に集中した。
「ハミルトン殿か……。よろしく」
「はい、よろしくお願いいたします。図書室でしかお会いすることはないと思いますが」
「そう言わないでほしいな。ぜひゆっくりあなたの話を聞いてみたい」
「私の、ですか? 殿下にお話しするほどの話題は持っていないのですが」
ハミルトンは「困りましたねぇ……」と呟きつつ微笑んでいる。さりげなくこれ以上の接触を拒否しているように見えた。
やはりサミュエルから十分に注意は受けているのだろう。警戒心を一切表に出さずに堂々としているのは凄い。ノアがハミルトンの立場だったならば、マーティンの意味深な笑みに動揺して、余計なことを口走ってしまいそうだ。
「話題か? それならば、俺の方から聞きたいことがあるが――」
「あ、殿下。図書室は基本的に私語禁止ですので。お喋りはまたの機会にいたしましょう。図書室の利用規則の説明は必要ですか?」
マーティンの言葉を笑顔で遮り、ハミルトンが司書としての仕事を始める。ノアはこれ以上ハミルトンにマーティンを任せきりになるのも良くないだろうと、口を挟むことにした。
「説明は僕の方からしておきます」
「では、お願いしますね。ランドロフ侯爵令息がお好きな作家の、新しい詩集が入ってきておりますが、借りていきますか?」
「っ、はい……!」
マーティンを連れて行こうと思ったら、思いがけない情報がもたらされた。最近マーティン関連で少し鬱屈とした気分だったから、さらに喜ばしく感じてしまう。
「……ノアは詩集が好きなのか」
ハミルトンとの会話に少し未練を残した様子のマーティンだったが、ノアとハミルトンが楽しく詩集の話を始めると、今は諦めてくれたようだ。
ノアはマーティンに頷き返事をしつつ、ハミルトンに密かに視線を向ける。
ハミルトンは『マーティンの注意を逸らすために利用した』と言いたげで少し申し訳なさそうだった。ノアは『厄介事を持ち込んだのは自分の方だから気にしないで』と視線で告げたけれど、果たして伝わっただろうか。
「ほう、なかなか立派なものだ」
マーティンがノアに案内を願ったので、仕方なく説明する。ドルセラ伯爵令息は相変わらず申し訳なさそうにしながらも、マーティンがノアに近づきすぎないように警戒しているのか、間に立ってくれていた。
「――おや、珍しいお客様ですね」
「ハミルトン殿。騒がせてしまってすみません。マーティン殿下が、図書室をご覧になりたいようで……」
「構いませんよ。図書室は全ての学生に開放されている場所ですから」
受付のカウンターにいたハミルトンと話す。マーティンの意識がハミルトンに向かったのを感じた。
(そういえば、ハミルトン殿はサミュエル様と関係があるはずだけれど……マーティン殿下のことはどこまでお聞きになっているのかな……? マーティン殿下を警戒している感じはないけれど)
マーティンがBLゲーム同様に国盗りを考えているならば、ハミルトンとの関係は重要なはずだ。
王家の血を引きながらも、隠されて育った子ども。国を乗っ取ろうとするならば、利用価値は大きい。マーティンがこの国の王になるならば、ハミルトンと結婚して血筋の正当性を確保するのが最もてっとり早いだろう。
(そもそも、マーティン殿下がハミルトン殿の出生の秘密を知っているとは思えないけど……)
高位貴族であるノアさえ知らなかった事実だ。噂でも全く聞いたことがない。恐らく、王とグレイ公爵、それと限られた数人だけが知る真実のはずだ。
それを他国の王子が知る術があるとは思えない。
(あ、でも、王妃殿下がもしそのことを知っていたら……? 母国の王家に、密かに伝えている可能性があるかも?)
王と王妃の間で、どのようなやりとりがされているかなんてノアには知りようもない。だから、全ては推測するしかない。でも、マーティンがハミルトンの出生の秘密を知っている可能性があるという前提で動いた方が良いだろう。
「ハミルトン……ディーガー伯爵家の?」
「はい。ですが、この学園では教職のみならず、関連する従事者も爵位や家名を名乗らないことになっています。ハミルトンとお呼びください」
面白そうに笑んだマーティンに対し、ハミルトンが穏やかに答える。
ノアは必死に動揺を隠した。マーティンがハミルトンの出生について知っている可能性が高いと分かったからだ。その上で、それをノアが知っていると悟られるのはまずいと思った。
普通、ハミルトンという名を聞いただけで、どこの家の出身かなんて分からない。ノアだって、全貴族とその令息令嬢まで名前は憶えているけれど、顔を合わせたことがなければ家名と合致はしないのだ。ハミルトンの出身の家を知ったのも、サミュエルたちと話したときである。
それなのに、他国の王子であるマーティンがハミルトンの家を言い当てた。それは不自然なことだ。
事前に主要な貴族や令息令嬢は絵姿を確認していたかもしれないけれど、ディーガー伯爵家の次男はそれに含まれていないだろう。ハミルトンが王の隠し子という事実を知らなければ、ごく普通の田舎の貴族の子息でしかないのだから。
(あ、でも、マーティン殿下はサミュエル様に憧れているらしいし、グレイ公爵家の縁戚ということで、ディーガー伯爵家に注目していた可能性も……?)
考えるべきことが多すぎて頭が混乱しそうだ。一度、サミュエルと話をして、情報を整理すべきだろうか。
ノアはそう考えながら、ハミルトンとマーティンの会話に集中した。
「ハミルトン殿か……。よろしく」
「はい、よろしくお願いいたします。図書室でしかお会いすることはないと思いますが」
「そう言わないでほしいな。ぜひゆっくりあなたの話を聞いてみたい」
「私の、ですか? 殿下にお話しするほどの話題は持っていないのですが」
ハミルトンは「困りましたねぇ……」と呟きつつ微笑んでいる。さりげなくこれ以上の接触を拒否しているように見えた。
やはりサミュエルから十分に注意は受けているのだろう。警戒心を一切表に出さずに堂々としているのは凄い。ノアがハミルトンの立場だったならば、マーティンの意味深な笑みに動揺して、余計なことを口走ってしまいそうだ。
「話題か? それならば、俺の方から聞きたいことがあるが――」
「あ、殿下。図書室は基本的に私語禁止ですので。お喋りはまたの機会にいたしましょう。図書室の利用規則の説明は必要ですか?」
マーティンの言葉を笑顔で遮り、ハミルトンが司書としての仕事を始める。ノアはこれ以上ハミルトンにマーティンを任せきりになるのも良くないだろうと、口を挟むことにした。
「説明は僕の方からしておきます」
「では、お願いしますね。ランドロフ侯爵令息がお好きな作家の、新しい詩集が入ってきておりますが、借りていきますか?」
「っ、はい……!」
マーティンを連れて行こうと思ったら、思いがけない情報がもたらされた。最近マーティン関連で少し鬱屈とした気分だったから、さらに喜ばしく感じてしまう。
「……ノアは詩集が好きなのか」
ハミルトンとの会話に少し未練を残した様子のマーティンだったが、ノアとハミルトンが楽しく詩集の話を始めると、今は諦めてくれたようだ。
ノアはマーティンに頷き返事をしつつ、ハミルトンに密かに視線を向ける。
ハミルトンは『マーティンの注意を逸らすために利用した』と言いたげで少し申し訳なさそうだった。ノアは『厄介事を持ち込んだのは自分の方だから気にしないで』と視線で告げたけれど、果たして伝わっただろうか。
113
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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