内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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97.新たな日常

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 ノアはサミュエルにマーティンと極力接触しないようにと改めて言われ、きちんと従おうと思っていた。でも、同じ講義室にいて、避けるというのはなかなか難しい。相手の方から話しかけてくるならばなおさらだ。

「ノア、ここの話がよく分からなかったんだが――」

 傍付きとなったドルセラ伯爵令息がいるのに、マーティンはわざわざノアに話しかけてくる。それも、サミュエルがルーカスに関して用事があって、傍にいない時を狙っているとしか思えないタイミングで、だ。

 ノアはマーティンを無視するわけにもいかず答えながら、どうするべきか考えていた。

 幸い、ドルセラ伯爵令息は役目を横取りされたと恨むことはなく、むしろ申し訳なさそうにしている。そればかりか、なんとかマーティンの興味をノアから逸らそうともしてくれているようだ。でも、一切効果はない様子なのが残念である。

 サミュエルは後からマーティンがノアに付きまとっていたと聞く度に、少し不機嫌になるから、ノアは早いところ対応策を見つけたいけれど。極力傍にいてくれようとするサミュエルに申し訳ない、という思いもある。

「――あ、僕、この後用事があるので……。まだ分からないことがありましたら、ぜひドルセラ伯爵令息にお尋ねください。彼も優秀な方なのですよ」

 ある程度答え終わったところで席を立つ。
 正直用事なんてないけれど、嘘も方便だろう。これからは、少しばかり手間だけれど、サミュエルがいない時間は講義室からすぐに離れるようにした方がいいかもしれない。

「彼が優秀なことは知っているが……ちなみに、ノアはどこへ?」

 マーティンが朗らかに微笑む。そこまで聞かれるとは思っていなかったノアは、一瞬口籠もってしまった。

「……図書室へ」

 結局出てきた言葉は、マーティンを退けるには弱いもの。でも、さほど行動範囲が広くないノアの頭に咄嗟に浮かぶのはそこくらいしかなかった。せめて、教師に話を聞きに行くくらいのことを言えば良かったと後から悔やんでしまう。

「ほう、図書室。俺は行ったことがないな。良ければ同行させてもらえないか?」

 断られるなんて頭になさそうな様子のマーティンを見て、ノアは本格的に『しまった……』と思った。
 というのも、アシェルが話してくれたことを今さら思い出したのだ。

 BLゲーム第二弾の話として、攻略対象に挙げられたのは三人。マーティンとルーカス、そしてハミルトンだ。
 ハミルトンは第二弾の主人公の義兄であり、王の隠し子であり、学園の図書室で司書をしている人物。

 つまり、マーティンを図書室に連れて行くことは、BLゲームの展開を進めるきっかけになりかねない。マーティンが留学してきた理由はまだ掴めていなくて、極力関係者同士を会わせない方がいいだろうと考えていたのに、まさかこんなミスをしてしまうとは。

「あの、今は利用している学生も多いでしょうから、見学なら他の時間を選んだ方が――」
「だが、それではノアが付き合ってくれないだろう? 俺は君と一緒に図書室に行きたいんだ」

 にこりと笑うマーティンに気圧される。他国といえども、王子にここまで言われて、一介の貴族子息が固辞できるわけがない。
 ノアは後で粛々とサミュエルからのお叱りを受け止めようと諦め、静かに頷いた。

 正直、サミュエルに言葉で叱られたことはあまりない。でも、甘々な空気感で妖しい色気と共に迫ってくるので、お説教よりもよほどノアの身にしみるのだ。
 自分の心臓を安らかに保つためにも、できる限りその展開は回避したかったけれど……今回は無理そうだ。

 マーティンがハミルトンに会って、事態が悪化しないことを願うしかない。これでマーティンの思惑が掴めたら、多少は成果として認めてもらえるかもしれないと、期待してしまう部分もある。

 ノアはマーティンを連れ、図書室へと向かった。
 その道中、あまりに多くの人の注目にさらされたので、さらにげんなりしてしまう。
 でも、サミュエルの耳にこの騒ぎが入る可能性が高くなったので、良しとするべきか。たぶん話を聞きつけたら、図書室に来てくれるだろう。

(――サミュエル様の助けがあるのを前提にしてしまうのは、少し情けないな……)

 いつまでも成長がないのは駄目だと、ノアは気合いを入れ直した。

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