内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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95.不安の後の

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 マーティンとルーカスが去った後に、サミュエルもすぐに社交に戻った。だから、ノアはその後静かにその様子を遠くから眺めていたけれど、その内心は少し荒れ模様だ。

 その原因はサミュエルが離れる際にノアに残した言葉。

(「後で話があるからね。……逃げないように」って……ちょっといつもと違う雰囲気だったなぁ……)

 不安が忍び寄る。
 サミュエルが理不尽にノアを怒るとは思わないけれど、少し苛立たしげだったのは伝わってきた。
 ノアのマーティンへの対応が駄目だったのか。

(――駄目だったんだろうなぁ……)

 自省して僅かに肩を落す。
 ノアが人への対応力が低いことはサミュエルも了解しているだろう。でも、マーティンに上手く対応できなかったことは、咎められても仕方ないことだ。
 ノアも貴族である以上、サミュエルに助けを求めるばかりなのは情けない。

(それに、僕のせいで、サミュエル様がルーカス殿下に叱られちゃったし……)

 サミュエルはルーカスに飄々とした雰囲気で返事をしていたけれど、その内心がどうだったかなんて、ノアには分からない。ノアに不満を抱いていたとしても、粛々と受け入れて、改善を誓うしかないけれど――。

(助けてくれたお礼を伝えて……もうちょっと自分で対応できるように頑張るって言って……言うだけじゃなくて、ちゃんと実行しないと……)

 ここまで落ち込むのは久しぶりだ。
 サミュエルやアシェルとの出会いを通じて、ノアはちょっとは成長した気がしていたけれど、まだまだ足りなかった。

(――サミュエル様に、嫌われたくない……)

 ノアが人と話すこと以上に今恐れているのは、サミュエルに見限られることだ。


◇◇◇


 パーティーが終わると、それぞれ馬車に乗って帰宅することになる。その人波を避けて会場の隅に残るノアに、度々視線が向けられた。でも、ノアはそれを気にするどころではない。

(逃げるつもりはないけど……どこで待っていたらいいんだろう……)

 サミュエルはルーカスを送るため、一足先に会場を離れている。送った後はここに戻ってくるのか、それとも講義室などに向かうのか、あるいはよく使っていた裏庭のベンチか。
 指定がなかったから、ノアは移動することもできず、ぼんやりと立ち尽くす。

 華やかなざわめきが消えたホールは、なんだか寂しげな雰囲気だった。片づけを始める者たちから視線を受けて、ノアはやはり離れた方がいいかと出入り口へ歩き出す。

 その足がピタリと止まったのは、扉を潜ってすぐだった。サミュエルが真っ直ぐ歩いてくる姿が見えたのだ。

 これからの話があまり喜ばしいことではないと察していたのに、サミュエルを見るだけで、ノアの心が和らいでいく。さらに微笑みかけられてしまえば、ノアの我慢がきかなくなった。

「サミュエル様……!」
「おっと……珍しく、積極的だね」

 ノアは思わず駆け寄り、胸元に縋るように抱きついてしまう。それを揺らぐことなく受け止めたサミュエルが、嬉しそうに囁くのを聞いて、ずっと抱いていた不安が溶けていくようだった。

(良かった。僕は、まだ嫌われてない……)

 ホッと吐息を零すノアの背中に腕が回った。力強く抱き締められて、うっとりと浸りたくなるくらいの安心感が満ちてくる。

 まだ完全に人気がなくなったわけではない。それなのに抱き合っているなんて良くないと分かっている。
 でも、ノアは今サミュエルから離れられる気がしなかった。

「――待たせてしまったね。ルーカス殿下がさっさとお帰りになってくれないものだから……。さぁ、ノアの家に帰ろう。私の馬車でいいよね?」
「……はい」

 暫く体温を確かめ合った後、サミュエルに促されてしまったので、ノアは渋々離れる。サミュエルの腕はノアの腰に回され、ほとんど密着しているようなものだったけれど。

 サミュエルの声音が優しくて愛おしげで、なんだか叱られる雰囲気ではなさそうだと、ノアは内心で首を傾げた。パーティーで離れた時の苛立たしげな様子はどこにいったのか。

 サミュエルの馬車に共に乗り、手をぎゅっと握られたところで、その疑問は氷解することになる。

「……ノア、私以外に手を握られるなんて、駄目だよ」
「え……あ、あぁ……マーティン殿下の……」

 一瞬なんのことかと思ってしまったが、やはりノアの対処が悪いと叱られる流れかと納得した。でも、サミュエルの雰囲気は、どうもノアの考えから少しずれている気がする。

「私の嫉妬心を煽るつもりだった? そんなことをしなくても、私の心はノアにしか向かないのに」
「え……?」

 よく分からないことを言われた。握られた手にちゅっと軽くキスを落とされたかと思うと、指先に硬いものが触れる。

「――ぁ、サ、サミュエル様っ……どうして……!?」

 まさか指先を噛まれるなんて思いもしなかったノアは、動揺しながらサミュエルを見据えた。でも、自分の手がサミュエルの唇に食まれているのを見て、すぐに視線を逸らす。

 いけないものを見てしまった気分だ。自然とサミュエルに遊ばれている指先に意識が集まる。

 唇の柔らかさ、時々甘噛みしてくる歯の感触、熱い息。
 それらを意識しないでいるなんて無理で、ノアは顔だけでなく身体まで熱くなるのを感じて、ぎゅっと目を瞑った。

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