内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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93.ファーストコンタクト

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 式典の後には全学年揃ってのパーティーだ。これは貴族として社交界での振る舞いを覚えるために、授業の一環にもなっている。

 全学年の生徒が揃う機会はあまりないので、誰もがこれまで話したことがない相手と話そうと、そわそわした雰囲気だった。

 人気はサミュエルやルーカス、マーティンだろうか。

 サミュエルの周りは、婚約解消の影響か、新たな婚約者に名乗りをあげたそうな人が多いように見える。幼い顔立ちばかりなので、今年入学した子だろう。

 それを見て、ノアもそわそわしてしまう。人混みに割って入る勇気はないので、外側から眺めるしかないのだけれど――。

「……寂しい」

 せっかく話をできる距離にいるというのに、領地と王都で分かれていた時よりも、サミュエルを遠い存在に感じる。

 手の中でグラスを握りしめ、ノアはサミュエルから視線を逸らした。見ているのも嫌になってきたのだ。

「……ルーカス殿下は、さすがに社交上手だなぁ」

 サミュエルの近くにできている人の輪は、ルーカスを囲んだものだ。

 ルーカスは長く第二王子として社交を行ってきたものの、これまではライアンが王太子だったから、注目度は高くなかった。
 それが急に王太子になったことで、貴族たちは早急にルーカスとの関係を構築する必要が生まれたのだ。
 おそらく、どの家の子も、ルーカスについての情報収集と顔を覚えてもらうという役目を任されているはずだ。家のアピールは欠かせない。

 その点、ノアはサミュエルを通じて既に関係を構築しているから、少し気楽である。今も壁際でみんなの様子を眺めているだけでいい。

 ノアに近づこうとする者もいるが、途中で他の人に話しかけられて足止めされている。
 これまで気づいていなかったけれど、どうやらノアを気遣って人の整理をしてくれる者たちがいるらしい。
 間断なく話しかけられることがなくて、とても助かっているので、いつかお礼を伝えたい。

「う~ん……たぶん、ストル伯爵家のご令息かな……」

 人の整理を主導している人を見つけて呟く。家としての繋がりがあまりないから、どうしてそこまでしてくれるのか分からない。でも、好意からなのは分かるので、目が合った瞬間に微笑み掛けてみる。

 ……すると、真っ赤な顔で固まられてしまった。なんだか面白い。

「――ふっ、面白い状況だ」

 不意に声が聞こえて、ノアはピシリと固まった。大きなざわめきとたくさんの視線を感じる。
 先ほどの式典で、多くの者を魅了した声の持ち主は――。

「……マーティン殿下」
「はじめまして。俺のことを知っていてもらえて嬉しいな」

 壁際にいるノアの元まで歩みより、マーティンがにこりと笑って握手を求める。ノアはおずおずとそれにこたえながら、マーティンの表情を窺った。

 ノアは人混みを避けて、会場の隅にいたのだ。マーティンがここに来たのは、ノアに話しかけるためだとしか思えない。

(まさかこんなに早く話すことになるとは……。サミュエル様が心配しそう)

 あまりマーティンに接触しないようにと言っていたサミュエルのことを思い出し、ノアは密かに眉尻を下げた。
 ノアも積極的にマーティンと話すつもりはなかったけれど、相手の方から近づいてこられたら逃げるわけにはいかない。

「お初に、お目に、かかります。ランドロフ侯爵家の、ノアと申します……」
「ああ、知っている。君に会いたいとずっと思っていたからね」

(ずっと……ということは、やっぱり、僕のことを知っていたのか……)

 マーティンはノアに興味を抱いているらしい。
 表情も声音も好意的な雰囲気に感じられる。でも、貴族や王族が社交の場で負の感情を露にすることは基本的にないので、その印象はあまり意味がない。

「――ノアと呼んでもいいかな?」
「……ええ、もちろんです」
「俺のことは、マーティンと呼んでほしい」
「……マーティン殿下」
「もっと軽い感じでいいんだけどね。親しくなってからかな」

 マーティンは昔からの友人かのように、友好的に話しかけてくる。
 ノアは握手の後も掴まれたままの手に意識が向きながら、なんとか顔が引き攣らないよう気をつけた。

(こんなに最初から遠慮なく話しかけてくる人、初めて……)

 ノアが苦手なタイプだ。
 挨拶の後、カールトン国のことや、この国に来て感じたことなどを話し始めるマーティンに相槌を打ちながら、ノアは心の中でサミュエルに助けを求めた。マーティンはノアの拙い社交が通用する相手ではない。

(――というか、手、離してほしい……)

 握手とは思えない。これは少し無理やりでも、手を引いていいものか。
 マーティンの大きな手に包まれているのが、なんとも言えず居心地が悪かった。

(サミュエル様……助けて……)

 ノアの必死の祈りが通じたのか、ざわめきと共に慣れ親しんだ気配が近づいてくるのを感じる。

「マーティン殿下。このような壁際でどうされたのですか。ドルセラ伯爵令息が探しておりましたよ」
「サミュエル様……!」

 ノアとマーティンの間に立ったサミュエルが、繋がれたままの手を見下ろし僅かに眉を寄せる。
 サミュエルがノアの手を引くと、マーティンの手はあっさりと離れた。

「それは悪いことをしたな。だが、こんなに美しい壁の花がいる方がおかしいと思わないか? 話しかけないのは、男としての沽券に関わる」
「好きで壁の花になる者もいるのです。殿下が気になさる必要はございませんよ」

 にこりと笑むマーティンとサミュエルの視線がぶつかった。二人とも目が笑っていない気がする。

 サミュエルが来てさらにややこしい状況になったように思えて、ノアは困りきってしまった。

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