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89.街の人たちの反応
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街開発計画については、後ほどグレイ公爵とランドロフ侯爵双方で協議してもらうことにして、ノアたちは街の視察という名のデートを始めた。
領都の街の中でも、一際賑わう地域で馬車を降りた瞬間から、好奇心いっぱいの視線を注がれる。
ノアは少したじろいだけれど、サミュエルは慣れきったように堂々としていた。
「……ここが中心街です。基本的には商店が並んでいて、住居になるのはこの通りより奥の方ですね」
「建物自体は昔のままの感じだね」
「そうですね。敵が街に侵攻して来ても、最後まで戦えるようにと、堅牢に造ってあるので……。建て替えるのも難しいようですから」
行き交う人たちが避けてくれるのを有り難く思いながら、ゆったりと通りを歩いて眺める。
サミュエルが感心したように街並みを楽しんで眺めているのが、ノアは嬉しかった。この街は領民だけでなく、ノアにとっても誇りなので。
建物の多くは石積みで造られ、重々しい雰囲気だ。その印象を和らげるためか、色とりどりの布や花々で装飾されている。染色技術や生花産業もランドロフ侯爵領で有名だ。
「ここまで古い歴史を残している街は珍しいよね。グレイ公爵領の街は、領都を何度か移動させているから、洗練されてはいるけどこんな重厚な雰囲気はないよ」
「そうなんですね。僕は王都以外の街を見たことがないので、グレイ公爵領の街も気になります」
「新たな街づくりの参考に?」
婚約者とのお出かけの最初の目的地が新たな街の予定地だったことを揶揄っているのか、サミュエルがノアを横目で見て小さく微笑む。
事前にお出かけの予定を教えた執事から、「あまりに色気がない……」なんて言われていたので、ノアもそれがデートに相応しくないことには気づいていた。
だからといって、それならどこがいいのかなんて分からない。ノアはデートだと思って楽しんでいるけれど――。
「……それもありますけど、サミュエル様がお育ちになったところを見てみたい、というのは駄目ですか……?」
自分が恋人として世間一般からズレたことをしているのかとか、サミュエルはつまらないと思っているのだろうかとか、少し不安が湧く。自然と声のトーンが下がってしまった。
「全然駄目じゃないよ。むしろ嬉しい」
力強く答えたサミュエルが、ノアの腰に腕を回してそっと抱き寄せる。ノアは驚いて目を見開いた。
まだ婚約を公表していない段階だから、領内を出歩く時は友人を装うのだと思っていたのに、サミュエルの振る舞いは普段と変わらない。婚約公表まであと少しだから、隠す必要もないと思っているのだろうか。
ノアたちから少し距離をとって見守っていた街の人たちが、密かに興奮した様子を見せていることに気づいて、ノアは顔が熱くなった。
これは確実に、商人以外にも婚約の話が領内で広がるだろう。それも、尋常じゃない速度で。
「――じゃあ、今度はグレイ公爵領に招待するよ。次の長期休暇にでも」
「嬉しいです。……問題なく、学園生活を過ごせるといいですね」
ふと、ここ最近の忙しさで忘れていた問題が頭を過る。学園の新年度まであとひと月を切っていた。
「あぁ……そうだね。私がルーカス殿下のお守りで多少時間を割かないといけないのは決まっているけど、ノアは気にせず、何かあったら相談して。というか、何かがなくてもたくさん話すつもりだけど」
「ふふっ、ありがとうございます。でも、ルーカス殿下にお守りという言葉は失礼では?」
「殿下はそんなこと気にしないよ」
少し不安で翳っていた心も、サミュエルが傍にいればそれだけで和らぐ。ノアは、今は共に街歩きを楽しもうと、思考を切り替えて微笑んだ。
◇◇◇
デートを楽しんだ後は、ランドロフ侯爵邸での夕食になったけれど、ノアが面食らうくらい豪勢な食事が並んでいた。
「今日は、何かお祝いごと……?」
「私の歓迎の食事は昨日だったよね?」
サミュエルも理由が分からないらしく、首を傾げている。
そんなノアたちに、執事が微笑みながら近づいて来た。
「街の人たちから、お祝いだとあれやこれやと食材が贈られてきましてね。いやー、さすがノア様。領民から好かれていますね。ですが、まだ、婚約を正式に公表していないことは、お忘れなく。ご当主様に叱られますよ」
「……うん、ごめん」
「いや、私が悪かったね。気をつけるよ」
久しぶりのデートにテンションが上がって、完全に恋人同士として寄り添って観光していた自覚がある。キスとかはさすがにしなかったけれど。
執事に笑顔で咎められて、ノアは眉尻を下げて反省しながら、サミュエルと視線を交わした。
ノアと同じように謝ったサミュエルが、全く反省した素振りを見せていないので、もしかしたら外出禁止令が出されるかもしれない。
領都の街の中でも、一際賑わう地域で馬車を降りた瞬間から、好奇心いっぱいの視線を注がれる。
ノアは少したじろいだけれど、サミュエルは慣れきったように堂々としていた。
「……ここが中心街です。基本的には商店が並んでいて、住居になるのはこの通りより奥の方ですね」
「建物自体は昔のままの感じだね」
「そうですね。敵が街に侵攻して来ても、最後まで戦えるようにと、堅牢に造ってあるので……。建て替えるのも難しいようですから」
行き交う人たちが避けてくれるのを有り難く思いながら、ゆったりと通りを歩いて眺める。
サミュエルが感心したように街並みを楽しんで眺めているのが、ノアは嬉しかった。この街は領民だけでなく、ノアにとっても誇りなので。
建物の多くは石積みで造られ、重々しい雰囲気だ。その印象を和らげるためか、色とりどりの布や花々で装飾されている。染色技術や生花産業もランドロフ侯爵領で有名だ。
「ここまで古い歴史を残している街は珍しいよね。グレイ公爵領の街は、領都を何度か移動させているから、洗練されてはいるけどこんな重厚な雰囲気はないよ」
「そうなんですね。僕は王都以外の街を見たことがないので、グレイ公爵領の街も気になります」
「新たな街づくりの参考に?」
婚約者とのお出かけの最初の目的地が新たな街の予定地だったことを揶揄っているのか、サミュエルがノアを横目で見て小さく微笑む。
事前にお出かけの予定を教えた執事から、「あまりに色気がない……」なんて言われていたので、ノアもそれがデートに相応しくないことには気づいていた。
だからといって、それならどこがいいのかなんて分からない。ノアはデートだと思って楽しんでいるけれど――。
「……それもありますけど、サミュエル様がお育ちになったところを見てみたい、というのは駄目ですか……?」
自分が恋人として世間一般からズレたことをしているのかとか、サミュエルはつまらないと思っているのだろうかとか、少し不安が湧く。自然と声のトーンが下がってしまった。
「全然駄目じゃないよ。むしろ嬉しい」
力強く答えたサミュエルが、ノアの腰に腕を回してそっと抱き寄せる。ノアは驚いて目を見開いた。
まだ婚約を公表していない段階だから、領内を出歩く時は友人を装うのだと思っていたのに、サミュエルの振る舞いは普段と変わらない。婚約公表まであと少しだから、隠す必要もないと思っているのだろうか。
ノアたちから少し距離をとって見守っていた街の人たちが、密かに興奮した様子を見せていることに気づいて、ノアは顔が熱くなった。
これは確実に、商人以外にも婚約の話が領内で広がるだろう。それも、尋常じゃない速度で。
「――じゃあ、今度はグレイ公爵領に招待するよ。次の長期休暇にでも」
「嬉しいです。……問題なく、学園生活を過ごせるといいですね」
ふと、ここ最近の忙しさで忘れていた問題が頭を過る。学園の新年度まであとひと月を切っていた。
「あぁ……そうだね。私がルーカス殿下のお守りで多少時間を割かないといけないのは決まっているけど、ノアは気にせず、何かあったら相談して。というか、何かがなくてもたくさん話すつもりだけど」
「ふふっ、ありがとうございます。でも、ルーカス殿下にお守りという言葉は失礼では?」
「殿下はそんなこと気にしないよ」
少し不安で翳っていた心も、サミュエルが傍にいればそれだけで和らぐ。ノアは、今は共に街歩きを楽しもうと、思考を切り替えて微笑んだ。
◇◇◇
デートを楽しんだ後は、ランドロフ侯爵邸での夕食になったけれど、ノアが面食らうくらい豪勢な食事が並んでいた。
「今日は、何かお祝いごと……?」
「私の歓迎の食事は昨日だったよね?」
サミュエルも理由が分からないらしく、首を傾げている。
そんなノアたちに、執事が微笑みながら近づいて来た。
「街の人たちから、お祝いだとあれやこれやと食材が贈られてきましてね。いやー、さすがノア様。領民から好かれていますね。ですが、まだ、婚約を正式に公表していないことは、お忘れなく。ご当主様に叱られますよ」
「……うん、ごめん」
「いや、私が悪かったね。気をつけるよ」
久しぶりのデートにテンションが上がって、完全に恋人同士として寄り添って観光していた自覚がある。キスとかはさすがにしなかったけれど。
執事に笑顔で咎められて、ノアは眉尻を下げて反省しながら、サミュエルと視線を交わした。
ノアと同じように謝ったサミュエルが、全く反省した素振りを見せていないので、もしかしたら外出禁止令が出されるかもしれない。
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